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狐の嫁入り

作者: ななこ

 のどかだな。空は広いし、深く息を吸い込んでも変な臭いがしない。僕は祖母の家にひと夏を過ごしにやってきた。


 都会の喧噪は僕には合わなかった。騒音と光。情報の洪水に溺れそうだった。


 クラスメイトに一緒に帰ろうと誘われても、僕の顔を見ないで携帯から流れる情報を、さも自分が体験したかのように読み上げる。気になっていた映画のあらすじから結末。レビューまで。もう観る気は起きない。


今野(コンノ)、聞いてる?」

「悪い。気分悪くなってきた。次の駅で降りる」

「大丈夫か? 今日の体育、外だったしな。スポドリ飲んどけよ」


 やっと一瞬、顔を上げたがまた下を向く。僕じゃなくAIと話せばいいのに。君の好みに合わせた話題を提供してくれるよ。僕の携帯はもう長らく電源を入れていない。


 もうすぐ終業式。夏休みの直前に、田舎で一人暮らしの祖母から電話があった。


「野菜送ったから」

「いつもありがとうございます。お義母さんのお野菜、いつも楽しみにしているんですよ」


 そう言って受話器を置いた母は箱が届くと、3人じゃ食べきれないから困ると言って、毎回ご近所にお裾分けしてしまう。祖母が丹精込めて作った野菜を僕はほとんど口にできなかった。


 今年は帰省どうする? 仕事休めないの。どうしようと母が父に話しているのを聞いて、迷わず僕1人で行きたいと願い出た。予備校の夏期講習はどうするのよと言われたが、今はオンライン授業もあるからと説得した。こういう時は便利だ。


 両親が心配してくれているのはわかっている。でも、良い大学ってどこ? 母が友人達に聞かせて、あーあそこね、すごいわ。それが良い大学らしい。それなら僕じゃなく自分で行けばいい。社会人でも入れるよって言い返したい。僕のやりたいことは聞いてくれないのに、他人の話は聞くんだよな。


(レン)、良く来たね。あおがり。麦茶冷えてるよ」


 祖母の春子さんは優しく僕を迎え入れてくれた。今日からお世話になりますと頭を下げると、遠慮するなと笑ってくれる。


 縁側で薄暗くなった空を眺めていると、台所から良い匂いと音がする。トントントン。ジューは僕の好きな茄子とカボチャの天ぷら。ゴリゴリはほうれん草のごま和え。きんぴらゴボウに、ポテトサラダ。他には何作ろうかねぇ。大きな薬缶(ヤカン)から、香ばしい麦の香りもする。


 いくら何でも食べきれないよ。残ったらお弁当にしてもらおう。明日から図書館に行かなくてはならない。それは両親との約束だ。


 小さな台所で向かい合って夕飯をとる。箸の持ち方が違うと直された。大人になって人前に出た時、恥をかくよ。そういう心配なら僕だって素直に聞ける。


「僕も手伝うから、明日はお稲荷さん作ってよ」

「なら、お使いを頼もうかね。お揚げさんとみりんもお願い」


 店の棚に並んだのじゃなく、春子さんのお稲荷さんは子どもの頃から好きだった。母だって以前は色々と作ってくれていたけど、今は母の勤めるデパ地下のお惣菜が多く並ぶ。


 実家では食べ終わると自分でお茶碗を食洗機にいれて、自室へ戻る。家族そろってリビングでテレビを観るなんてことはない。いつからかな。気づくとそれが当たり前になっていた。僕が幼い時は3人でよくクイズ番組を見ていたのに。


 春子さんがテレビの懐メロ特集を観ながら歌っている。その隣で僕は新聞を広げて爪を切る。なんてことない夜。だけど心地よかった。


 翌日、畑の水やりと雑草抜きをしていると春子さんが朝ご飯食べようと呼んでくれる。白飯がやけに美味しい。焼き鮭と漬物と味噌汁。卵をかけてお代わりしてしまった。ああ幸せだ。


「昨日着いた時は、なんや元気なかったけど、大丈夫そうだね。ここにいる間くらいゆっくりしなさい」


 春子さんは僕の顔をみて笑いかけてくれる。そう、顔を見て話してくれる。そういう友達もできたら最高なんだけど。


「図書館に行ってくる。帰りにお店に寄ってくるね」

「遅くならないうちに帰っておいで。迷子にでもなったら大変だよ」


 いくら不慣れな土地でも、迷子はないだろう。でも僕は不思議な体験をすることになる。


 図書館を出て、街の小さなスーパーで買い物をした。コンビニはないけど、大抵の物はそろうし、夜中に来る客はいない。店のおばちゃんにどこの子と聞かれ、少し話をしていたら、バスを逃してしまった。次のバスまで1時間以上ある。歩いて帰ることにした。


 途中、ぽつっと雨粒が頬に当たる。大急ぎで大きな木の下にある石段に座って通り雨が過ぎるのを待った。借りた本を濡らすわけにはいかない。


「あれ? 落とし物かな」


 足下に鈍く光る鍵を見つけた。錆びてはいないが相当古そうだ。くるりと回してみた。どこかの蔵の鍵かな。それとも異世界への扉とか? 映画で観たような、どこか知らない場所につながっていたら面白いのに。


 雨が上がって、立ち上がった僕は背に違和感を覚える。振り向くと、ボロボロだったはずの石段が綺麗になっていた。葉っぱ1枚落ちていない。その先に見える赤い鳥居もだ。遠目だが塗装がはげかかっていたように見えたけど。蝉の鳴き声がやけにうるさい。


 怖くなって、祖母の家まで全速力で駆け出した。


「蓮、どうした? 青い顔して。雨に当たって風邪でもひいたかしら。濡れた服を早く脱いでおいで。ついでにお風呂も入ってきなさい」

「そうする。はい、お揚げとみりん。塩豆大福は僕の小遣いで春子さんに。これ好きでしょう?」

「蓮は優しい子だね。お風呂上がったらお茶にしようかね」


 湯船につかり、思い返してみる。あの石段。きっと僕が最初に見間違えただけだ。明日もう一度行ってみよう。ついでに神社でお参りして帰ってくれば良い。


 翌朝、洗濯物を干していた春子さんが庭で何かを見つけたようだ。


「どうしたの?」

「ほら、ここ。狐の足跡だね。最近はこんな田舎でも姿を見なくなったのよ」

「また来ないかな」


 ここもいつか都会みたいになってしまうのだろうか。ひと夏と言ったがずっと住み続けたいと思っている。春子さんと2人で静かに暮らしたい。


「図書館に行ってくる」

「勉強ばっかしてると、馬鹿になるよ。たまには遊んでおいで」

「友達もいないのに?」

「1人でぶらぶらするだけでもいいじゃない。自転車で池にでも行ってごらん。朝なら蓮の花が咲いてるよ」


 僕の名『蓮』は祖父がつけてくれた。意味はいっぱいある。でもどれひとつ僕には当てはまらない。僕は一生、花を咲かせることなく、泥に埋まっているのかもしれない。


 大きくもない池だったが、町の人の憩いの場。誰かの手作りかな。木のベンチが置いてある。腰をかけて蓮の花を眺めていた。


「私も蓮の花は好きよ」

「!!!!」


 突然隣から話しかけられた。座った気配なんてなかったのに。いつからいたのだろう。そっと横を向いて確かめてみた。


 髪の長い、少しつり目の女の子と目が合った。赤いスカーフに、白いワンピース。派手ではないが目立つ。どうして気づかなかったのだろう。


「狐につままれたような顔してる」


 ふふと笑う笑顔が可愛らしい。


「僕は今野蓮。君は?」

「ささら。その包みに入っているのは何? 良い匂いがする」

「お弁当だよ。お昼にはまだ早いけど半分食べる?」


 風呂敷を広げ、弁当箱を開けると、昨夜春子さんと作ったお稲荷さんが詰まっていた。


「美味しそう。いただきます」


 半分でなく、全て食べられてしまった。次にささらはリュックに何が入っているか聞いてくる。おかしな子だ。本だとかペンケースくらいしか入っていないのに、全部出して並べさせた。だが携帯を見ると顔をしかめる。


「それは嫌い。ぞわぞわする」


 それを聞いて僕はほっとする。連絡先の交換をしてと言われたら、すぐに立ち去っただろう。文字やスタンプでなく僕はささらと直接話をしたい。


「珍しい物は何もないよ」

「ふーん。よくわからないけど、蓮がしんどそうに背負っていたから。何が入ってるんだろうって思ったの」


 歩いているのを見ていたのか。確かに重たい参考書も問題集も見るだけで嫌になる。勉強が嫌いとかではない。でもこの先の未来に必要かがわからない。


 そろそろオンライン授業の時間。Wi-Fiのある図書館に行かないと。でももう一度会いたい。初めて会った女の子に勇気を出して誘ってみた。


「良かったら、また明日ここで話をしようよ」

「明日は黄色いふわふわの卵焼き良いな。それと塩豆大福!」

「何だそれ。僕じゃなく弁当狙いか」

「ふふふ」


 きっと僕はささらに一目惚れしたのだろう。まださよならもしていないのに、今から明日が楽しみで仕方がない。


 リュックを背負うわずか一瞬目を反らしたすきに、ささらの姿は消えていた。


「あれ。本当に狐につままれたのかな」


 ささらの座っていた場所を触ってみた。まだ温かい。夢じゃない。でも不思議だった。


 それから毎日池に通って、ささらに会った。もう図書館には行っていない。蓮の花や泳ぐ魚を眺め、木陰で弁当を食べて過ごした。


 僕の話を聞くばかりで、ささらはあまり多くを話さないが、古くからの舞や田楽などの話しをしてくれる。ささらというのは木片を糸で一列に編み上げた和楽器だそうだ。


「昔はこのあたりでも豊穣を祈って田楽が舞われていたのに、廃れてしまって寂しいな」

「ささらは踊れるの?」

「私はささらだよ」


 両手を器用に動かし、こうするんだよと見せてくれた。


「また明日ね」

「またね」


 夕暮れ前には帰らないと春子さんが心配する。


「蓮、お帰り。なんだか楽しそうだね」

「友達ができたんだ」

「図書館なら同じ高校生がいるものね」

「そうなんだ。明日も行くよ」

「蓮は沢山食べるようになったし、顔色も良くなった。今日も大盛りの弁当が空だね」


 弁当箱を洗っていると、春子さんが嬉しそうにのぞき込んでくる。本当はささらと分けて食べているからなんだけど、何故か言えなかった。


「なんだかお腹空いちゃって。今夜のご飯は何? また残り物で良いからお弁当につめてよ」

「今夜は久しぶりにカレーにしようかと思ったの。残っても持って行けないね」

「じゃ、明日はおにぎりがいい。おかかと昆布ならあったよね」


 春子さんのカレーは肉は少なめだけど大きなジャガイモがゴロゴロ入っている。満腹になった僕は畳に寝転び、ささらを真似て腕を動かしてみる。ささらってどんな音色なんだろう。1度聞いてみたいな。


 翌朝もいつもと同じ時間に池に行ってみた。ベンチに座って待っていると、ささらが不意に現れる。


「おはよう。今日のお弁当はおにぎりなんだ。春子さんと僕で握ったんだよ」

「それは楽しみだわ」


 その日も僕たちはおしゃべりしながらベンチに座り池を眺めていた。


 ポツ。晴天なのに雨粒が落ちてきた。天気雨だ。


「大変! 急いで帰らなきゃ!」


 そう言うとささらは勢いよく立ち上がり、姿を消した。ベンチには鬼灯(ほおずき)がひとつ。ささらが落としたのだろうか。明日渡せるかな。


 1人で夕暮れまで池で過ごし、帰りは自転車を押しながらゆっくりと帰ることにした。


 ささらは人じゃない。でも怪しい者でもない。ここを離れるなんてもうできない。帰ったら父に電話しよう。ずっとここに住み続けたいとお願いする。高校は中退して春子さんの畑を手伝おう。今は休耕地になっている土地もあると聞いた。僕が受け継ぐんだ。平坦な道ではないとわかっているが、やりたいんだ。


 決めたら、なんだか楽しくなってきた。明日ささらにもずっと一緒にいようと話したい。


 石段の前にさしかかった。そういえばお参りしようと思ってすっかり忘れていた。自転車を置いて、石段を上った。あたりは暗くなってきたが、お賽銭だけあげてすぐ戻れば良い。


 半分ほど上ったあたりで胸ポケットにしまった鬼灯が淡く灯った。階段にそって植えられた鬼灯が次々にポッと灯る。淡く優しいオレンジの灯火はささらの鬼灯に反応しているかのようだった。


 立派な赤い鳥居を過ぎると、左右に石の台があった。あるはずの石像がない。狛犬? 狐? どっちだったのだろう。


 何か得体の知れないものの気配が後ろから迫ってくる。階段を見下ろすと提灯の明かりが見えた。長い列となって上ってくる。急いで台の後ろに隠れた。


 提灯を持った狐面の女の人を先頭に、白無垢の花嫁が通る。その後ろには大きな傘を持った男。大きな箱を担いだ男が続く。


 一行は目の前に現れた大きな社に入っていった。さっきまでなかったはずだ。見落とすなんて事はあり得ない。怖いけど、この中にささらがいるような気がする。鬼灯は灯ったままだ。近づくと、聞き慣れない音楽が聞こえてくる。そっと中へ入ってみた。


 中では狐面をつけた着物姿の男女が忙しそうにしていた。


「今日はめでたい嫁入り! あー忙し、忙し。手が足りぬ! 猫の手も借りたい」

「誰か知らぬが、あちらとこちらの扉を開けてくれた。祝いをしよう」

「酒だ! 酒を持ってこい!」


 誰にもぶつからないように廊下を壁伝いに歩き、端から襖を開けてのぞく。


 誰もいない真っ暗な部屋。酒宴で大盛り上がりの部屋にはお正月によく見る神様の絵に似た人がいたように思うけど、気のせいにした。とりあえず襖をしめて手を合わせておく。次は茶室。花で埋もれた部屋。錦鯉が空中を泳ぎまわる部屋! 凍りそうなほどの冷気が漏れてくる部屋は開けなかった。絶対に人が開けてはならないと直感した。


 いくつめかで大広間にでた。狐面の花婿と花嫁が奥の上座に座っている。中央では扇子を手に着飾った女の人が踊っていた。外まで聞こえた音楽はこの部屋からだった。


 楽隊の中にささらの姿を見つけた。手には見慣れぬ楽器を持っている。あれがささらかな。


 ささらも僕に気づいた。首を左右に振っている。こっちへ来るなと言っているような。つい、『ささら』と声に出してしまった。


「あれ、人の子だ」

「どこから来たのか。おや、その鬼灯から狐の匂いがする。入れたのは誰だ?」

「生かしては返せない」

「見られた。見られた」


 狐面達に囲まれ、もう少しで捕まりそうになった僕は大声で叫ぶ。


「ささら! ささら!」


 目の前にささらが現れ、手を引かれる。ものすごい早さで廊下を駆け抜けて連れ出された。


「ここから後ろを見ずに階段を下りなさい。そして鍵を閉めて。そうすれば助かるから。早く行って!」

「鍵? あれか! ささらは?」

「いいから。振り向かないで! 約束だよ!」


 言われた通りに駆け下りた。でも後ろで何か争っているような唸り声が聞こえる。ささらは無事なのか? 1人置いてはいけない。思わず振り向いてしまった。


 白い狐が、階段の上で他の狐たちを通さないようにしていた。食いつかれても、逃げようとしない。あれはささらだ。


「ささら!」


 僕は階段を駆け上がった。そしてジーンズのポケットから鍵を出す。


「ささら!」


 もう一度叫ぶと、僕は白い狐を抱きしめ、鍵を回した。


 気がつくと、石段の上に寝ていた。でも頭は柔らかいものの上に乗っている。見上げると大きく口を開けたささらがいた。


「蓮。おにぎり美味しいよ。全部もらっていい?」

「ささら。明日はお稲荷さんを作ってくる。一緒に食べよ」

「振り向かないでって言ったのに。私は神にお仕えする狐。怖くないの?」

「ささらに会えなくなる方が怖い。また会える?」

「鳥居の先にあった台にいるよ。あと鍵を返して。いたずらカラスに盗られて、探していたの」


 見つけたと思ったら先に人の子に拾われた。その上、あちらとこちらの扉を開けてしまった。取り返そうと家まで跡をつけたら、楽しそうな会話が聞こえてきた。私も話してみたくなったの。それで1人になったのを見て池で姿を現した。化けるのは得意なのよ。でももうため込んでいた力が尽きてしまったから、しばらくは動けない。


「もう片方は?」

「兄様がいたの。今夜は兄様の結婚式だったのよ。鍵を閉めた時に、嫁様を連れてあちらに行ってしまったようだわ。でも気にしないで。あちらに行けば兄様はまた神様のお役に立てるはずだから」


 今はもうここに神様はいらっしゃらない。でもいつかのためにお守りするのが私の役目。


「毎日僕はささらに会いに来る。いつかまた君と話せる日を待っているよ」

「ありがとう」


 ささらの姿が消えた。


 ひび割れ、枯れ枝や葉っぱだらけの石段を上り、色の褪せた鳥居をくぐると台の上に赤い前掛けをつけた狐が座っていた。口には鍵を咥えている。


「ささら、明日は塩豆大福も持ってくるよ」



 両親を説得して、この街に、春子さんの家に越してきた。高校だけは出なさいと転校になったけど。通いながら春子さんの畑とご近所の田んぼの手伝いをした。高校を出ると、本格的に農業を学んだ。仲間もできて、いつか日本一の米を作ろうと飲み明かす日もある。


 早くささらに僕の作った米で美味しいお稲荷さんとおにぎりを食べて貰いたい。


 毎朝、神棚に手を合わせる。そこにはささらの鬼灯が飾ってある。


「もう一度、ささらに会えますように」


 それから田んぼに行く前に石段を上り、ささらに会いに行く。収穫した野菜やおにぎり。時々お稲荷さんを置いておく。翌日にはなくなっているがカラスの仕業じゃない。そう信じている。そして境内を掃除してから農作業に行くのが日課になった。


 母は僕の送った野菜は誰にもあげずに食べきっているようだ。手紙に野菜ソムリエの勉強中と書いてあった。母がびっくりするくらい美味しい野菜を送れるといいな。両親の望む進路ではなかったが、今では応援してくれている。


 夕方。田んぼから帰ると、取り込んだ洗濯物を抱えた春子さんが、しゃがんでいた。


「どうしたの? また腰が痛むの?」

「腰なら大丈夫よ。ほら見て。狐の足跡だよ。珍しいね」

「ちょっと出かけてくる!」


 昼間に天気雨が降った。もしかしたら。良いことが起こる予感。通い慣れた石段を一気に駆け上がる。


 台の上に鍵を咥えた狐はいなかった。


「蓮。このおにぎり、すごく美味しいよ」

「ささら!」

「もうここをお守りしなくて良いって。蓮が綺麗にしてくれたお社に、新しい神様がお供を連れていらっしゃるの。鍵もお返ししたわ。蓮の家に行って良い?」


 僕のお嫁さんは白い狐。たまに人の姿になってお稲荷さんをこしらえてくれる。


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