第4話 メインヒロインのヤンデレ因子
昼休みを終えてから始まる5時間目の授業。
教科は英語だ。
なにやら隣の席の水越からの強烈な視線を感じる。でも、気にしない気にしない。
多分だが、今日もあの空き教室で俺に会おうと思っていたんだろう。
悪いな。
残念だけど、俺は君を避けなくてはならない。もしこのまま距離が縮まれば、メインヒロインパワーですぐにメロメロにされてしまうだろうから。
「ねえ、風野君」
「……」
得意の無表情を装い、水越の声を無視する。
「ねえ」
「……」
「聞こえてるんでしょ?」
「……」
なんか可哀そうになってきた。
これ、ただのいじめでは?
さすがにここまで無視を続ければ怪しまれるだろうし、そもそも俺の良心が悲鳴を上げている。
「ごめん、今授業中だから」
「でも、今はペアワークの時間なのよ」
「ん?」
気付かなかった。
無視することに集中しすぎて、今授業で何が行われているのか把握しそびれていた。
恥ずかしくて死にそう。
「ちょっと眠たかったんだよね」
「そうなんだ……」
うわー、やっぱ顔綺麗だな!
つい隣に視線を送ってしまった。
眠いとかいう適当な言い訳をしながら。
「ここ、風野君から読んで」
どうやらペアワークは教科書の英文をペアで読み合うというものだったらしい。
1人がブライアン役で、もう1人がジェシカ役。
この教科書に出てくるブライアンとジェシカは恋人だ。
なんで高校生の教科書に恋人設定が出てくるのか。
ちなみに、最後の方まで教科書を読んでいるからわかるが、最後のユニットでブライアンとジェシカは別れることになる。
ユニット10ではお泊りデートまでしてるのにね。
不健全でけしからんよ、これの教科書会社。
そうして、水越の顔を見ないように意識しながら、恋人同士の英語での会話を演じていく。
水越は演技力も高い。
幼い頃から美人で、小学生の頃はなんか芸能演技スクールみたいなところに通わされていたらしい。
本人はさほど演技にもモデルにも、芸能界にも興味がなかったようで、中学に入ると同時に辞めたそうだ。
だとしても、水越はやはり天才だった。
演技のことなんてよくわからない俺でも、彼女にセンスがあることくらいわかる。
さすがはパーフェクトヒロイン。
将来ヤンデレになって頭がおかしくなること以外、本当に完璧だね。羨ましいよ。
ちなみに、水越の小学生時代の話は例の昼食時に本人から聞いたものだ。
「風野君って、英語の発音いいよね」
「そんなことないって」
鋭いところを突いてくる。
確かに俺の英語の発音は悪くない。
それは頻繁に洋画を観るからだと思う。やっぱりリアルなネイティブの発音に触れると、自分もそれっぽく発音してみたくなっちゃうのだ。
そういう水越は、もう帰国子女だよねっていうくらいに英語の発音がいい。
いい、とかいう問題じゃないね。
もはやネイティブだ。
「水越さんこそ、ネイティブみたいな発音で――」
しまった。
つい話題を広げようとしてしまった……。
慌てて口を押さえる。
メインヒロインと距離を取らなければ……。
「中学3年生の時にアメリカに半年留学してたことがあるから。それで発音はいいのかも」
「留学!? 水越さんってやっぱり帰国子女――」
ダメだ!
これ以上会話を広げるな、俺!
しかし、その抵抗は虚しく、会話が楽しくなっていく。てか、水越が帰国子女って情報、前世で観たドラマではカットされてたよ!
「まだ全然ペラペラじゃないけどね」
「いやいや、俺からしたらもうペラペラの域だと思うよ」
歯止めが利かない!
誰か俺を止めてくれ!
「そういえば、風野君、今日のお昼ご飯はどこで食べたの?」
水越から放たれた決定的な一言。
頬は笑っているが、目は笑っていなかった。
宝石のように美しい瞳の奥に、漆黒の闇が蠢いているのを、俺は見逃さなかった。
クッ、まさかこれが、ヤンデレ因子!
もうこの時点で兆候が見られるじゃないか!
しかしどうする?
ここで素直に、図書室で食べてましたえへへ、なんて言ってしまえば、明日は図書室がメインヒロインに支配されてしまうかもしれない。
そしたら俺は、メインヒロインの魅力に抗うことはできない!
『はい、ストップ、トーキング』
救世主!
ありがとう先生!
俺たちは先生の一言で引き離される。
今は授業中だ。
クラスメイトたちが話し合いをやめ、先生に注目する。
これで水越からの尋問も強制的に中断された。まさに、九死に一生を得たという感じだな。
***
休み時間になると水越と顔を合わせないようにして教室を出る。
向かう先はトイレだ。
男子トイレに逃げ込みさえすれば、さすがの水越も俺を捕まえることはできない。まあ、この段階でそこまで大胆なことをするとは思えないけどね。
「――って、え!?」
超絶慌ててトイレに入った俺。
しかし、そこには女子生徒が。
といっても、中性的な容姿に加え制服もスラックス。男子に見えなくもない。
もちろん、俺が間違って女子トイレに入ったわけじゃないぞ! そこ大事!
「なんで男子トイレにいるの?」
この状況に最適な質問をする俺。
「ボ、ボクは男だ!」
「いや、君、女子だよね……」
なんでここまで自信を持って言えるかって?
そう。
この娘こそ、3人目のサブヒロイン、空賀栗涼だからだ!