第37話 結婚したいヤンデレヒロインたち
ついでにA組の教室に寄ってみよう。
そう思っていたら、なんと王子様に遭遇してしまった。
「えーっと……何してるの?」
その王子様とは、なんとボーイッシュ系ヒロインの空賀栗涼。
白のタキシードを着て、すっかり男装している。
髪も以前より短く切っていて、爽やかさが増していた。
「白狼! ボクがわかるの?」
「そりゃあ、わかるけど」
「今のボクはどこからどう見ても男だよね?」
自分の体を見渡し、焦ったように確認してくる栗涼。
そんなに男に見られたいのか。
その場合、俺としてもどう答えてあげるのが正解なのかわからない。男に見えるっていうのもアレだし、見えないって言ったら普通に悔しがりそうな気もする。
「俺は栗涼が女子って知ってるし、女子にしか見えないけど……初めて見る人だったらイケメンって勘違いするかもしれないね」
「あ、そうだよね! ボク男に見えるよね!」
どうやら俺の答えは正解だったらしい。
栗涼が俺の手を取って喜ぶ。
その姿は無邪気で、心が癒されるのを感じた。
さっきの猫カフェで感じたものとはまた違う、別の癒しだ。
「そういえば……A組はどんな出店だっけ?」
「見てわからない? ボクたちは劇をするんだ。白狼も見に来てよ」
「栗涼は……王子様役?」
「そうそう、シンデレラに出てくる王子をやるんだ」
「もうすぐ始まる感じ?」
「5分後には始まるから、早く入って」
5分後に始まるなら、メインキャラの王子はこんなところにいてはいけないと思うけどね。
こうして、ボッチの俺は、言われるがままにA組の教室に入っていった。
***
栗涼は本物の王子様だった。
なんだろうね。
ヒロインはみんな演技力が高い設定になっているんだろうか。
猫音子さんの猫の演技はアカデミー級だし、栗涼の王子様としてのビジュアルはそんじょそこらのイケメン俳優を軽く超えている。
『キャー。栗涼様かっこいいー!』
『あの人イケメンだね。シンデレラ役の人と付き合ってたりするのかな?』
『なんか中性的だけど、もしかして……いや、まさかね』
一般客だったり後輩だったりは、本気で栗涼のことを男子だと思っているっぽい。
まあ、俺もこの劇が栗涼初見だったら、間違いなく勘違いしてただろうし……仕方ない。
15分ほどの劇が終わると、王子様は大歓声を受けながら段ボールの裏にある控え室に帰っていく。
それを必死で引き留めようとする後輩女子の叫び声。
ガチじゃん。
よし、いいものを見たし、そろそろここを出るか。
「白狼」
「あれ?」
と思っていると、いつものボーイッシュ女子である栗涼がこそっと現れた。
着替えを済ませているからか、まだ周囲の熱烈な観客たちからは気付かれていない。
「ちょっと来て」
そうして、思いっきり腕を引っ張られる。
――なんか駆け落ちみたいだな。
なーんて、ロマンティックなことを考えていた。
***
「白狼、それでさ……あのプロポーズの返事はどうなったかな……って……」
「プロポーズって……」
なんか急に内容の重い話になったぞ。
そう、俺は先週の土曜日に告白ならぬプロポーズをされている。この見目麗しい王子様から。
「子供何人作るかもう決めた?」
「ん……」
「ご両親への挨拶はいつ行く?」
「ん?」
いつの間にか、オッケーしたことになっていた。
面白いね。
もう夫婦じゃん。
――って、笑って済まされるようなことじゃない。
「あ、そのことだけど……」
「待ちなさい!」
栗涼に連れられて避難してきた階段の踊り場。
こんなところに来客が現れるなんて、偶然だとは思えない。
「白狼、プロポーズってどういうこと?」
「犬織……これは……」
「全部聞かせてもらったわ! 白狼の様子を見にこようと思って4階に来たら、こんな人気のないところに――」
「そんな怪しいことじゃないから」
「お姉さん、お久しぶりです」
「あんたは黙ってて」
話の大渋滞。
乱入者犬織。
タイミングがいいのか、悪いのか。
プロポーズの返事には困っていたし、先延ばしにできるいい機会だったのかもしれない。
「実はボク、この前白狼にプロポーズしたんです」
「はぁ?」
「それで白狼、ボクと結婚してくれるよね?」
「ちょっと待って。話についていけないんだけど。白狼、説明しなさい」
俺も理解が追い付いていないんですけど。
「この前栗涼からプロポーズされたんだ」
「説明になってないわ。どうしていきなり結婚になるのよ?」
俺もそれは知らん。
「だって、ボクには白狼しかいないんです。白狼なら、ボクの全てを受け入れてくれると思うんです。ボクは変人だから……そんな返事を受け止めてくれるのは――」
「白狼、この女、ヤバいわよ。今すぐ離れた方が――」
「ボクはお姉さんが嫉妬してるようにしか見えません。白狼のこと、実は『好き!』って感じなんですよね?」
相変わらず言語化が下手だね栗涼さん。
「なっ――何を……そうよ。別に義理の弟だからいいでしょ! いい、白狼! わたしと結婚しなさい!」
「白狼はボクと結婚するんです!」
「いい加減にしなさいよね! あんたが――」
ちょっとヤバい状況だ。
2人が白熱している隙に、上手く逃げおおせようではないか。