第36話 ヤンデレヒロイン・パラダイス
文化祭当日。
例の陽キャ女子軍団を中心に、2年B組の雰囲気も徐々に盛り上がりつつある。
「白狼君、今日1日、私が専属メイドになるから」
そう言って、メイド服のまま俺に付き纏おうとするメインヒロイン。
本来水越がいるべき場所はメイド喫茶を開いた教室であり、俺の傍ではない。
だが、陽キャ女子軍団としては水越が教室にいない方が助かるのか、今のところ呼び戻しの声がかかっていなかった。
「仕事した方がいいんじゃない?」
「これが私の仕事だから――いや、仕事ですから」
「急にどうしたの?」
「私は白狼君のメイドですので。なんでもお申し付けください」
「え、なんでも?」
エロいことでもいいんだろうか。
せっかくだし、ここはお言葉に甘えて――。
「白狼、ここにいたのね。って、なんであんたまでいるのよ!?」
「私は白狼君専属のメイドです。一緒にいるのは当然です」
「いい加減にしなさいよね。白狼も嫌ならちゃんと――」
「別に嫌じゃないけど」
「白狼!」
「え、あ……」
頼むから今日1日、人生に疲れている俺のお世話をしてほしい。
できればえっちなこともしたい。
だから犬織に邪魔されるわけにはいかないのだ。
「俺はこのまま水越さんと――」
犬織からの鋭い視線。
今にも刺されそうな感じ。
その視線のおかげで、俺がすべきことを思い出す。
俺はメインヒロインとの恋愛フラグをぶち壊さなくてはならない。水越にメイド喫茶のメイドをするという本来の使命があるのと同じように、俺にも『ヤンデレヒロイン』を避けるという使命がある。
――よし、今からヤンデレヒロインを避けていくぞ!
***
ヤンデレを避けようとしたら、気付けば1人になっていた。
そもそも、俺に文化祭を一緒に回るような友達はいない。
別にもう慣れたことだからいいんだけどね。
1人で文化祭を楽しんでいる系モブの一員として、モブなりにこの文化祭を盛り上げようではないか。
「にゃー」
なんか適当に2年生の階を歩いていたら、聞き覚えのある猫の鳴き声が聞こえた。
なにやら、D組の教室では『猫カフェ』をやっているようだ。
本物の猫がいるのかもしれないと、期待半分で教室に入ってみる。
「にゃー」
「みゃーお」
「にゃにゃにゃ」
人工的な鳴き声。
そして、人工的な猫耳。
なんとその教室には、5匹ほどの人間猫ちゃんがゴロゴロしていた。
客が猫じゃらしをゆらゆらと揺らすと、猫役の生徒も本物の猫のように猫じゃらしに興味を示す。
なんだろう。少し危ない雰囲気の店だな。
5匹の猫を演じているのは全員女子生徒。
だが、その中でもひときわ目立っていたのが、我らが猫系ヒロインの猫音子さんである。
毎日猫の研究をしているだけあって、猫の再現率は99パーセント。
他の人間猫とは比べものにならないほどの圧倒的猫クオリティに、多くの客が息を呑んだ。
「にゃー」
どうやら今回は猫語しか話せないらしい。
俺を見ても『にゃーにゃー』と鳴くだけで、日本語で話してはくれない。
これもこれでいいこだわり。
役に入りきるってこういうことをいうんだろうね。もう女優になれるよ。猫役専用の。
猫じゃらしで猫音子さんとしばらく遊ぶ。
「にゃー、シロ」
――おや、なんか言ったぞ。
もしかしたら猫だって進化したら日本語を理解できるようになるのかもしれない。ふとそう思った。
「どうしたの?」
「にゃー。放課後。にゃー。5時に。にゃー。体育館の裏。にゃー」
いつもより鳴き声の頻度が高いので聞き取りにくかったものの、重要な部分のリスニングには成功する。
放課後の5時に体育館裏に来てほしいとのこと。
もしかして、告白かな。
正直なところ、一度ペット枠に降格したものの、猫音子さんとなら付き合いたいと思う自分がいるのも事実。
なんというか、なんでもお世話してあげたいというか、飼い主本能をくすぐるというか。それが彼氏としてなのか、飼い主としてなのか。
そんなに違いはないような気がしてきた。
問題は最近のヤンデレ傾向だけど……。
「絶対にゃー」
念押しする猫音子さん、可愛すぎる。
でも、その猫目の奥には水越と共通する闇を秘めていた。