第33話 おバカヒロインのヤンデレ覚醒レベル1
週末がやってきた。
ほんの少し緊張しながら迎えた土曜日。
今日はボーイッシュ系ヒロイン栗涼とのデートである!
「ちょっと待ちなさい。どこに行くつもり?」
「買い物にでも行こうかなと」
「わたしも行くから、準備するまで待ってて」
「いや、これは俺にしかできない買い物だし、姉さんにはいつもお世話になってるから、サプライズでネックレスでも買おうかと考えてたんだ」
ワックスをほんのりと付け、白いシャツに黒い長ズボンという無難な格好。
いつも以上に清潔感のある装いの俺に、犬織は警戒の姿勢を見せていた。
「わたしのことは犬織って呼びなさいよね」
「犬織」
「ま、まあ別に呼んでほしかったわけじゃないんだからね」
ツンデレだなぁ。
うん、可愛い。
付き合いたい。ヤンデレでなければ。
「とりあえずサプライズでネックレス買ってくるね。選ぶのに時間かかると思うから、しばらく帰らないと思うよ」
「ふーん、サプライズなら、わたしに似合いそうなネックレスにしないさいよね」
「犬織のビジュアルならどんなネックレスでも似合うよ」
「わかってるじゃない」
「まあ、これでも弟だからね」
果たしてサプライズとはなんぞや、という疑問が残ったところで、早速デートに行きましょう。
***
現地集合というのもアレなので、今日のデート相手とは映画館がある街の駅で待ち合わせをしている。
犬織とどこかに行く時は家から一緒なので、ちゃんとした『待ち合わせ』の経験はない。
初体験が奪われてしまった。
「あ、白狼! こっちこっち!」
俺に向かって元気良く手を振ってくる快活な美少女は、空賀栗涼。
私服姿を見るのは初めてじゃないが、今回は状況が違う。
栗涼が着ているのは爽やかなブルーニットに淡いデニム。
トップスの肌見せがどこかセクシーで、いつものボーイッシュさはどこに行っちゃったんですか?っていうくらいの衝撃だった。
青の爽やかさは短い栗涼の髪によく合っているし、健康的で少し色っぽい。
――まじか……。
美少女すぎる。
付き合いたい。
もうこのヒロインでいいじゃないでしょうか。
他のみんなも可愛いけど、ヤンデレとヤンデレと猫だよ?
もう一度言います。
ヤンデレとヤンデレと猫だよ?
「ごめん、待った?」
「いや、ボクもさっき来たとこだから」
デートでその言葉は信用できないと聞いたことがある。
別に俺は遅れたわけじゃない。
待ち合わせの時間は昼2時。今は1時48分。
10分前だし、問題ないよね。
でも栗涼はさらに前から来て、俺を待っていた。
最高だな。
付き合いたい。
「それじゃあ、まずは映画行こうか」
「うん!」
映画の時間もバッチリ。
2時20分から上映が始まるのでちょうどいい時間に着いて、ちょうどいい待ち時間で映画を楽しめるだろう。
今日はデート。
だが、俺たちは付き合ってるわけじゃないので手は繋がない。
それでも、並んで歩く二人の距離は、明らかに近付いていた。
***
「前はお姉さんと来てたよね」
「そうだね」
「今日一緒に行きたいって言われなかった?」
どうしてわかる?
「言われたね」
「なんて言って断ったの?」
「買い物に行くって言ったかな」
「へぇ、買い物」
顎に手をちょこんと当て、何かを考え出す栗涼。
おいおい。
今日はやけに可愛いな!
いつものかっこいい感じはどこ行ったよ? デートってこんなに人を変えるの?誰か教えてくれ!
「この前ちょっと思ったんだけど……」
「ん?」
隣を歩く栗涼の手がちょんと俺の手に当たる。
女の子のすべすべの手にドキドキしてしまう。
一応、ちゃんと車道側を歩けているし、今の俺の表情はニヤけてないし、キモくないぞ、俺。
「……白狼のお姉さんって、白狼のこと好きなの?」
「そりゃあ……家族だから好きなんじゃないかな」
「そういう好きじゃなくて……えーっと、その、好き!って感じの――」
言語化が下手だな。
「恋愛的にってこと?」
「そうそう、それ」
やっぱり馬鹿だ。
「それはないと思うよ」
それはあると思うけど、ここでは言わないでおく。
それに、できれば栗涼とのデートで犬織の話題を深掘りするのは避けたい。
「そうかなー」
「うんうん、そうそう」
「ボクの勘違いだったらごめんね」
「いやいや、謝ることじゃないと思うよ。普通に姉弟の距離感近い方だとと思うし」
「仲いいよね」
「まあね。それなりには」
なんだろう。
栗涼の方から犬織の話題を出してきているような気がする。
「あの……さ」
「どうしたの?」
今度は急にそわそわし始める栗涼。
おしっこでもしたくなったのかな。
ちゃんとトイレ休憩タイムを取っておけば良かった。まだ落ち合って数分だけど。
「できれば、アニメの映画は今後ボクとだけ、観てほしいなっていうか……」
「え、あ……」
「ボクにもよくわかんないんだ。変な気分……白狼が他の女とアニメを語り合ってるって思ったら……むしゃくしゃするっていうか……」
――おや?
「とにかく、白狼はボクとしかアニメの話したらダメっていうか……」
「……」
「……ごめんね、気にしないで。心の声が漏れただけだから」
あのさ……。
俺が言いたいことってわかるよね。
うん、まだアレが確定したわけじゃないから、とりあえずこのデートを成功させようか。