第30話 ヤンデレヒロインの着替えシーン
犬織は今までに見たことがないほど怖い顔で俺を睨んでいた。
「そういうことね……」
「今日の俺は危険なんだ。だから犬織を巻き込むわけにはいかないと思って、1人で帰った」
自分でもわけのわからない冗談で、凍り付いた場を和ませようとする。
だが、俺は馬鹿だった。
こんなので場が和むなんて、そもそも思ってない。
ただ2人のヤンデレが出す重い空気に耐えきれなくなっただけ。
「お姉さん、こんにちは。お邪魔してます」
「ちょっとあんた! 白狼のベッドに座らないでくれる?」
「白狼君には許可をもらっているので」
さらっと言う水越。
許可をやった覚えはないけど、まあいいでしょ。
むしろベッドに座ってくれてありがとうって感じだしね。
犬織に厳しい視線を向けられてもなお、俺のベッドから動こうとしない水越。夏服のスカートから覗く瑞々しい太ももが、布団にしっかりと当たっている。
あの部分だけは二度と洗濯しないぞ。
「聞きなさい白狼、水越さんは今後、この家に立ち入り禁止だから」
「それは横暴だと思うよ」
「違うの。あんたのためを思って言ってるのよ。あの狂気に満ちた目……いつか刺される日が来るかもしれない……」
犬織は水越の瞳の奥にあるヤンデレの狂気を感じ取った。
さすがはヤンデレ予備軍。
ヤンデレ因子の放出に関して敏感だ。
「私は白狼君を刺したりしません。それに、白狼君が私を招待してくれたので、立ち入る権利があります」
招待した覚えはないし、勝手に来るって言い出したのは水越だけど、まあいいでしょ。
むしろ来てくれてありがとうって感じだね。
今後も定期的に――じゃない。
本来の目的を見失うところだった……。
俺の使命はヤンデレメインヒロインを回避し、他の3人のサブヒロインの中から誰か1人を彼女にすること。
水越が魅力的すぎてつい正気を失ってしまう。
――俺は忘れない。コイツはヤンデレだ……コイツはヤンデレだ……。
「白狼があんたを招待するわけないでしょ。勝手なこと言わないで?」
「確かに招待されたというのは嘘です。でもクラスの方針で仕方ないことだったので」
息を吐くように嘘をつく女だ。
「それに、今日はメイドの練習のために来たので、そろそろ着替えます」
「ん?」
水越がいきなりスカートを脱ぎ始めた。
理解が追い付いていない俺と犬織は、顔を背けることも忘れて水越の着替えを見守る。
スムーズに下ろされたスカート。
そうして露になったのは白のパンツ――。
「白狼、危ない!」
銃の弾が飛んできたんじゃないかっていうくらいの必死さで、俺の方に跳びかかってくる犬織。
その勢いに押し潰され、姉弟一緒に床に転がる。
下から見上げる水越の下着。
俺にこうしてガッツリ見られているとわかっていながらも、堂々と着替え続けるところがもはや狂気だ。
それをガン見し続ける俺もどうかと思うが。
ついに水越は完全に下着になった。
ほんのりと頬を赤らめているところが、クールな姿とのギャップでまあ可愛い。
付き合いたい。
――ダメだダメだ……このままだと、脳が壊れてしまう……。
まさかの着替えイベント。
犬織の着替えとはまったく違う。
犬織は一応姉なので、昔から見ていて慣れてしまっている。
だが、メインヒロインの水越は違うのだ。
ただのクラスメイトには絶対に見せない姿。
それを人畜無害モブの俺が凝視してしまっている。
何も起こらなければ、目を逸らしたり別の部屋に移動したりすることはしないつもり。
どうか何も起こらないでいてくれ。
「白狼!」
起こってしまった。そして犬織は怒っている。
「あんたはこの部屋から出てなさい!」
「でもここ俺の部屋なんだけど――」
「いいから! 早く!」
「あ、はい」
残念だ。
せっかくのイベントを途中で破棄してしまった。
最後までやりきりたいこっちとしては、屈辱的な結末。
まあでも、水越の抜群のスタイルと、白くて透き通った下着を目に焼き付けることができたから、ミッションコンプリートということにしようではないか。