第29話 旧ヤンデレヒロインVS新ヤンデレヒロイン
待ちに待った水曜日。
犬織よりも先に家に帰ると、すぐさま部屋の片付けを始めた。
放課後、犬織はいつも下足室で俺を待っている。
だから今日は彼女に捕まらないよう、こそっと靴を回収した後、わざわざ校舎の裏側から出ることで学校を脱出。
〈しろー、今どこ?〉
ダッシュで家に着くと、まずスマホを確認する。
すると、犬織から100件もの通知が来ていた。
〈もう終わった?〉
〈ねえ〉
〈終わったでしょ〉
〈あんたの靴ないんだけど〉
〈まさか……〉
〈逃げた?〉
〈そんなはずないよね〉
〈別に、しろーといっしょに帰りたいって思ってるとかじゃないんだからね〉
〈勘違いしないで〉
〈未読〉
〈スルー?〉
〈お姉ちゃんに未読スルーとかしないはずよね〉
〈スマホみてない?〉
〈あんたのことなんか別に気にしてないんだから〉
〈調子乗らないで!〉
こんな調子で、100件。
今こうして見たことで、その100件のメッセージ全てが既読になったわけだ。
ってことは……。
〈やっと見たの?〉
〈ねえ〉
〈返信遅い〉
〈返信〉
〈おそい〉
〈今から3秒以内に返したら許してあげるから〉
〈早く〉
〈返信〉
〈しなさい〉
ポンポンポンポン通知が来る。
通知の波は止まらない。
〈もしかして〉
〈家帰った?〉
〈わたしを置いて?〉
ここでどう返信するのがいいんだろう。
想像の中で浮かび上がる、犬織の怒った顔。
普通に可愛いし付き合いたい。
〈ごめん〉
〈家に帰りました〉
とりあえずそう送ってみる。
謝罪と現情報告だ。
〈どういうこと?〉
〈まだ学校なんだけど〉
〈わたし〉
はい、知ってます。
〈とにかくごめんなさい〉
こういう時は何度も謝ることが大事だ。
相手に呆れられるまで、謝り続ければいい。そしたら相手も諦めて深い溜め息をつき、今日のことを水に流してくれる。
〈謝って済むことだと思ってる?〉
〈大間違いだから〉
〈それ〉
それもそう。
でもここで引くわけにはいかない。
〈本当にごめんなさい〉
〈反省しています〉
このあたりで諦めてくれないかなぁ。
〈本気で反省してるのね〉
〈まあ〉
〈あんたといっしょに帰れなくて嬉しいくらいだから〉
〈別にいいけどね〉
やっぱり犬織はツンデレであり、チョロインだ。
〈わかった〉
〈それじゃあ、明日からは1人で帰るね〉
ここで俺が攻撃に出る。
ツンデレにはなかなか当たりの強い攻撃だ。
正直、毎日犬織と帰ることができるのは凄く幸せだが、最近はヤンデレの警戒もあって少し距離を取りたい。
〈普通にダメだから〉
〈あんた1人で帰れないでしょ〉
〈お姉ちゃんが一緒に帰ってあげる〉
今日、俺は1人で家に帰ったんだが。
それに夏休み前までは普通に1人で帰ってたし……ツンデレだからといって、俺のレベルを下げるのはやめてほしい。
俺にも高校生としてのプライドがある。
〈いや普通に帰れるから〉
ここまで返して、ひとまずスマホを見るのをやめる。
こうして早く帰ってきたのは、部屋を片付けるため。
そもそもそんな散らかっているわけじゃないんだが、できればゴミ箱のゴミとか、本棚の上のほこりとか、あらゆる負の要素を取り除きたいところ。
部屋に入ってくるかはわからない。
だが、家にメインヒロインが来るのだ。
そう、犬織は水越に直接家に来るなと言いにいったものの、意外と頑固な水越はまったく聞いてくれなかったらしい。
残念だね。
俺としても、メインヒロイン回避作戦が失敗に終わってしまうことに対して、凄くがっかりしているよ……。
***
「お邪魔します」
可憐な声が玄関に響き、爽やかな香りを纏った水越が俺の家に入ってくる。
さらっとした、流れる髪。
体育祭のタイミングでバッサリ切ってショートになったわけだが、ロングの時もショートの今も、どちらも最高に似合っている。
――って、待て。
コイツはヤンデレだ。
デレデレしているわけにはいかない。
こうして家に来ることになったわけだけど、普通に考えてこれヤバくない? 間違いが起きないように全神経を集中させなくては。
「ここに白狼君が住んでるんだね」
「あ、うん」
「白狼君の部屋、良かったら見せてくれないかな?」
なんと。
ここでいきなり部屋紹介イベント。
ちゃんと掃除しておいて良かった。
というか、もうすぐ犬織が帰ってきそうなので内心ヒヤヒヤだ。
「お姉さんは?」
心の中を読まれた。
「まだ学校にいると思う」
「珍しいね。いつも一緒に帰ってるみたいだから」
「知ってるんだ」
「もちろん。白狼君の学校でのことなら、なんでも知ってると思うよ」
超能力でも使ってるのかな。
「そんなに面白くない部屋だけど」
そう言いながら、自室のドアをゆっくりと開ける俺。
匂い対策もしっかりしたので、少なくとも臭くはない。
「綺麗な部屋だね」
「そうでもないけど」
お世辞ってわけでもなさそうだ。
表情はいつものクールな感じだが、瞳孔は開いていて、興味がありそう。
水越は本棚と勉強机を確認すると、そのまま俺のベッドの方へと歩みを進めた。
ベッドに腰掛ける水越。
――水越が……俺のベッドに……座ってる……。
なんとも言えない感情の高揚に興奮を抑えられないでいると――。
「白狼!」
犬織が帰ってきた。