第26話 超人ヒロインのヤンデレ覚醒レベル3
3年生の応援合戦は大歓声と共に幕を閉じた。
特に男子の声援が大きい。
義理の弟だからというわけじゃないが、やっぱり犬織は大人気だと思う。
高校生とは思えない大人びたセクシーダンスに、世の中の男子は釘付けだった。
この調子だと、俺たち2年生のダンスはそこまで盛り上がらない気がする。
だって、犬織より魅力的に踊れる人、いないもん。
可能性があるとすれば、我らがメインヒロインの水越。
彼女もまた、男子とのペアダンスを断り、ソロで踊る。
選曲は陽キャ女子軍団の趣味なので、ほとんどK-POPだ。
さっきの応援合戦以上に挑発的なダンスがあるけど、大丈夫かな。てか、高校生がやっていいヤツ?
「にゃー」
次のプログラムに2年のダンスを控え、入場の準備をしていた時。
ちょうど俺のペアの女子がやってきた。
女子というか、メスの子猫である。
「猫耳はどうしたの?」
「先生に外すように言われた」
「そうだよね」
先生がまともで良かった。
「でも、猫耳がなくても猫になれるってこと、証明できる」
「頑張ってね」
猫音子さんはなんか知らんがやる気になっているようだ。
小さな拳をギュッと握り締め、俺の腕にふみふみし始める。
猫の習性っぽいし、気にしないでおこう。
「肉球ないけど、柔らかい?」
「うん、柔らかいよ」
「ふぇい」
それはどういう反応なのか。
猫は自由気ままだ。
この猫を見ていると、なんだか心が温かくなる。
荒んでいた心が、少しずつ浄化されていくような気がしていた。
やっぱり、夢に向かって一生懸命だからいいんだろうか。
猫音子さんの抱く夢はあまりに大きすぎる。人間には限界というものがあるし、猫にも当然限界はある。
だが、彼女は諦めてないのだ。
もしかしたら、猫音子さんは本当にやり遂げてしまうかもしれない。
もし彼女が猫になったら、飼い主になりたいと心から思う。
俺の今住んでいるマンションはペット禁止だけど、その頃にはきっとマイホームを買って、自由気ままな生活でもしているんだろう。
***
『続きましては、2年生によるダンスです。途中のペアダンスにも注目! 時にかっこよく、時に可愛く、時にエロく! 観客の皆さん、興奮しすぎて鼻血を出さないように気をつけてくださいねっ』
確実にアウトな放送部のアナウンスが流れた後、陽キャ女子軍団×3の甲高い掛け声に合わせ、フィールドの定位置に広がる。
練習ではほとんど2クラスでやっていたが、本番では全6クラス合同。
といっても、中心となってダンスするのは各クラスの陽キャ女子軍団くらいで、残りのモブたちは簡単なところ以外ほとんど踊らないというモブムーブをかます。
演技者でありながら、その8割は観客とほぼ変わらない。
それがモブだ。
文句はない。
例の陽キャ女子軍団がメインで踊り、特等席で見ている鼻の下伸ばすモブの男子生徒たちが、ヒューヒュー言っている。
もちろんいい人もいるんだろうけどさ、やっぱりまだ陽キャ女子軍団は怖い。
闇を見てしまったっていうのもあるよね。
しかし、そんな闇を知らない男子生徒及び後輩女子生徒らは、派手な軍団のダンスに夢中。
さっきの応援合戦くらいの盛り上がりに達する。
だが、ここで流れを一気に変える特別な存在が現れた。
「あ、あれは……」
水越だ。
陽キャ女子軍団以外からの熱い推薦でソロダンス枠を勝ち取った水越。
やっぱり華があるというか、才能があるというか。
とにかく上手いし、可憐。
体育祭仕様なのかポニーテールにした究極の髪型のおかげで、何もかもが爽やかに見える。
「格が違うな」
俺はそれを見て深く感心する。
さすがはメインヒロイン。モブとは華やかさがまるで違う。
「にゃー」
水越のダンスに見惚れていると、猫の鳴き声が俺を現実に引き戻した。
「もうすぐペアダンス」
「そっか」
猫音子さんの小さな手を握る。
これは公開イチャイチャなどではなく、ただのペアダンス。
猫音子さんの手は細いのにぷにぷにしていて、いつまでも握っていたい感触だった。やっぱり彼女には猫の才能がある。
こうして、俺はいつもの練習通り、猫音子さんとのペアダンスを終えた。
***
水筒に入った冷水を、グイグイと飲み込む。
俺と猫音子さんは応援席にいた。
もう集団でのダンスは終わり、休憩時間。
モブだとしても体は動かしたので、それなりに疲れてるし、そもそも暑くて死にそうだ。
「白狼君、少しいいかな?」
猫音子さんが水をペロペロ舐めているのを横目で見ていると、後ろからあのヒロインの声がかけられる。
周囲のモブから嫉妬の視線を食らった。
「前から思ってたけど、その女の子って、白狼君とやけに仲いいよね?」
「猫音子さんのこと?」
話題にされている本人は気付いてない。
水を飲むことに必死な猫ちゃんだ。
「もしかして……付き合ってる、とか?」
「いや……付き合ってないよ」
「にゃー」
やっと話が聞こえたのか、水越を見上げながら鳴き声を上げる猫音子さん。
「シロはネネの飼い主。そんな単純な関係とは違う」
「飼い主?」
水越がドン引きしたような視線を俺に向けてくる。
うん、猫音子さんは奴隷じゃないよ。
「ネネは猫になりたい。シロ、そんなネネの面倒見てくれる。優しい」
「つまり、白狼君にとってこの娘は、ペットみたいな存在ってこと?」
「……そう、なるかな」
恐る恐る答える俺。
どうして怖さを感じ取ってしまってるんだろうね。
「それなら良かった。もしかしたらって思ったから、一応確認しようと思って。でも、白狼君が私を裏切るはずないよね」
「え、裏切る?」
雲行きが怪しい。
「だって、白狼君は私のものだし、私以外の女とお話するなんて考えられないから。でも良かった。この娘、猫みたいで凄く可愛いね」