第22話 小悪魔が混じったヤンデレヒロインとチョロイン
衝撃は何よりも大きかった。
絶世の美少女であるメインヒロイン水越莉虎。
今日は彼女を中心にして世界が回っている。
「体育祭だから、髪型変えてみたけど……どうかな?」
「最高です」
――しまった……。
つい思っていることが反射的に出てしまった。
クールな切れ長の瞳はそのままに、なんとまあ、長かった髪をバッサリと切っている。
かつてポニーテールだった長髪は、今では肩にかからないくらいの長さのショートとなり、真ん中で分けていた前髪は、シースルー。
以前よりもさらに、爽やかさが増している。
犬織の髪型チェンジのインパクトを超える、強烈な変身。
これには他のモブクラスメイトたちも目を丸くして驚いていた。
女子はキャーキャー叫んでいるし、男子は言葉を失っている。
そして俺は、見事その罠に引っかかり、『最高です』なーんて言っちゃった。もうどうしよう。恥ずかしいので地面に潜りたい。
「少し髪が邪魔だと思ってたし、ちょうど良かった」
「体育祭だしね」
俺は一体何を言っているんだろう。
「そういえば、白狼君のお姉さんも髪型変えてたね」
「え、あ、うん」
よく知ってるな、メインヒロイン。
メインヒロインには主要キャラの重要な情報が自然と伝えられるようになっているのかもしれない。
自分から確認しにいかない限り、犬織の髪型を見ることは不可能だ。3年生は校舎裏で応援合戦の最終確認を行っている。
「犬織さんと私、どっちの髪型が好き?」
水越は罪深い。
初めて見せる悪魔のような笑みを浮かべながら、試すようにして聞いてきた。
ここはどう答えるのが正解か。
「比べられないかな」
無難な解答。
どちらか選べと言われるから混乱するわけであって、どちらも選んでしまえば問題なのだ。
俺って天才だね。
だが、そんな作戦なんて、相手が強敵であれば簡単に潰されてしまう。
「正直に答えてくれればいいから。だから、教えて」
「えーっと……」
「うん」
「水越さんの方が好きかな」
はい、俺チョロいわ。
正直に言いましたよ、言いました。
でもさ、これは水越が悪いよね。
俺はただ、二択で答えないといけない場面で、はっきりとした1つの答えを出しただけなんだ。
責められる筋合いはない。
「ありがと」
その言葉を聞くだけで、今日の体育祭は大成功だ。
今のところ、メインヒロインから距離を取ろう作戦は失敗に終わっている。
だが、体育祭イベントはもうすぐ終わりを迎え、次のイベントに移行する。
つまり、だ。
この体育祭イベントくらい、メインヒロインと素敵な思い出を作ってもいいよね。
***
開会式を終え、本格的に体育祭が開幕。
200メートル走はすぐに招集がかかる。
『200メートル走の人は体育倉庫前に集まってください』
招集係の呼びかけを聞き、応援席から徐々に生徒が動き始めた。
俺もそろそろ行かないと。
「白狼、待ちなさい」
「姉さん?」
2年B組の応援テントに、3年の犬織が現れる。
反射的に振り返ると、そこには厳しい表情をした犬織。
多分なんか怒ってるなと察してしまう。
「わたし、人脈広いの。知ってるでしょ?」
「一応は」
「それで聞いたのよね。あんたがわたしとあの女の髪型を比べて、あの女を選んだこと」
「……なんのことかわかんないや」
人脈広いってそういう意味だったのか。
ちなみにここに水越本人はいない。
もう200メートル走のスタンバイをしてるはずだ。女子は男子より先に走るため、招集がかかるのが早い。
「別に悔しくなんかないけど、わたしはあんたのお姉ちゃんなんだから、少しは贔屓とかしないさいよねっ」
「やっぱり悔しがってるじゃん」
「悔しくなんかないから!」
怒られた。
でも今は俺が話の主導権を握っている。なぜなら、朝から調子がいいから!
「ごめん、でも女性に恥をかかせるわけにはいかないって、いつも犬織言ってるじゃん。俺はその教えに従っただけだよ」
「白狼……」
「もちろん犬織の方が素敵な髪型に決まってるよ。でもこれは、水越さんには言わないでほしい。ここだけの秘密だから」
「水越さんも残念だったわね! 本当はわたしが選ばれたって知らないまま生きてるってことでしょ」
犬織には悪いことをしてる気がする。
でもいいんだ。
これは犬織がチョロいのに問題があるし、そもそも女性を比較させようとした水越が全ての元凶である。
俺はただ、2人とも満足させる立ち回りを華麗にこなしただけ。
むしろ称賛されるべきである。
「ていうか……あんたいつから『犬織』って……」
「ダメかな?」
今の俺、ちょっとあざといぞ。
「ま、まあいいんじゃない。これからは『姉さん』4割、『犬織』6割で呼びなさいよね」
「うん、わかった」
謎の呼び方の黄金比は置いておくとして、やっぱり犬織はチョロインということでいいよね。




