第18話 メインヒロインの不可避イベント
憂鬱な月曜日がやってきた。
いつもはこんなに憂鬱じゃない。
なんと今日は、炎天下のグラウンドにて、本格的に競技の練習を行う。
体育館の中でさえ暑くて死にそうだっていうのに、外に出たら熱中症続出するでしょ。
近年の異常気象は馬鹿にできない。
『今から、それぞれ出場する競技をクラスで話し合ってもらうぞー。日陰に集まって話し合えよー』
モブ体育教師Aが全体に声をかける。
今から話し合いが始まるなら、体育館スタートでも良かったじゃん。
B組は体育倉庫裏の、1番日陰の面積が多いポジションを確保した。
それは例の陽キャ女子軍団の力だろう。
残念ながら、陽キャ女子軍団に大きなダメージは加わっていない。一時的に注意されただけであり、それ以来モブの俺やメインヒロインの水越にちょっかいをかけては来ないものの、場を取り仕切るだけの権力は相変わらず持っていた。
その陽キャ女子軍団は、B組に所属する女子の割合の方が僅かに多い。
陽キャの数の差でこちらが天国を手にした。
「ウチ、100メートル走ね。他100メートル走りたい人いる?」
競技の話し合いは基本的に男女別で行われる。
女子は当然のようにあの軍団が仕切っていたが、もう最初から独裁政治が行われてるらしい。
女子って怖いね。
100メートル走はさほど疲れないし、ただ直線に走るだけなので最も人気な競技だ。
人気というか、ましな競技というか。
というわけで、100メートル走は例の陽キャ女子軍団が文句を言わせないまま確保している。
そのすぐ隣で進行している男子の話し合いは、実に平和だった。
聖人君主系モブA君が、男子全員の意見を聞きつつ、争いが巻き起こらないように平和に場を収めたのだ。
「それじゃあ、200メートル走に出たい人いる?」
聖人A君が聞く。
俺はできるだけ目立たないように、ほんのりと腕を曲げた感じで挙手した。
シナリオ通りに行こうと思えば、俺は本来、障害物競走を希望することになっている。
だが、その結果。
メインヒロインの水越も障害物競走にエントリーしていたことになっており、そこで『一緒に練習する』という謎の恋愛イベントが起きる。
放課後に2人きり。
どうしてそういうシチュエーションになったのかはわからない。作者の単なるご都合主義というヤツだと思うが、とにかく強引な恋愛フラグが立ってしまうわけだ。
だから俺は障害物競走を選ぶことはできない。
体育祭において、水越とダンスのペアになってしまう、という刺激の強いイベントは回避することができていた。
今回も上手くいくはずである。
200メートル走を希望したのは上限より僅かに足りない数だったので、俺は平和的に競技にエントリーすることができた。
***
全員のエントリー種目が決まったところで、実際に練習開始だ。
同じ種目にエントリーした人で集まっていく。
本気で走ればそれなりにきつい200メートル。
俺はモブらしく運動が得意というわけでもなければ、特別苦手というわけでもない。
50メートル走では7秒と少し。
決して遅くはないのだ。
ただ、集まってきたメンバーはそれなりに足が速そうな人ばかり。サッカー部のエース候補系モブとか、陸上部のモブとか。
女子も近くに集合し始めている。
水越は今頃、障害物競走の集団に加わって――。
「白狼君」
トントンと。
急に背中を叩かれた。
胸のときめきには逆らえず、期待を込めて振り返る。
「水越さん……」
「200メートルにしたんだね」
おやまあ。
話が違うよね。
水越と被らないように選んだのに……。
これが不可避イベント。
おかしいな。ペアダンスイベントはしっかり回避できたというのに。
「練習頑張ろうね」
「あ、うん」
自分が情けない。
避けようと思っていたのに、いざこうなってしまうとメインヒロインの魅力にすっかりハマってしまう。
可愛い。
頑張ろうね、だって? 俺は水越の笑顔が見られるんだったら、何メートルでも走る!
***
莉虎は種目選択の際、男子の話し合いの進行具合も横目で確認していた。
彼女の視線の先には白狼。
同じ種目にエントリーすることができれば、自然と接するタイミングも増えるはず。
場を仕切っていた陽キャ軍団は今、莉虎に対して強く出ることができない。
「少しだけ考えさせて」
そのため、莉虎のこの一言で、女子の種目選択は男子よりも遅れることになった。
そして――。
「私は200メートルに出る」
はっきりと言う莉虎。
メインヒロインがそう言ってしまえば、そこに意見を言うモブはいない。
莉虎を嫌っている陽キャ女子軍団も、今回は何も言わなかった。もし莉虎が100メートルを選んでいたら違っていたかもしれないが、結果的には平和に解決したわけだ。
莉虎の視線は白狼だけを向いていた。
いつ頃からかはわからない。
気が付けば、彼に惹かれていた。
まだはっきりと恋愛感情を抱いているとは言えないものの、彼女の中で、白狼に対して何か強い感情が芽生えていることは確かだった。