第16話 ヒロイン挟みの映画タイム
今日は複数のイベントが立て続けに起こる。
ヤンデレへの道を順調に歩み始めているメインヒロインを回避したかと思えば、今度は映画館でオタクヒロインと遭遇。
俺はアレだ。
ヒロインを引き寄せる磁石。
罪な男だなぁと勝手に思うも、そういえば俺ってラノベの主人公だったなぁと勝手に思い出す。
「知り合い?」
またか、とでも言うように、左の犬織が怪訝な顔をした。
凄く嫌そうだ。
まあ、本来は俺と2人きりのデートのはずだもんね。
ツンデレな犬織は決して口にしないだろうが、俺にはわかってるから安心してほしい。
これは嫉妬です。
「同じ学年の……友達……かな」
一瞬、『友達』と呼ぶことに抵抗を感じた。
だって、右の空賀栗涼とはこの前初めてちゃんとしゃべったような関係だから。
あの時は男子トイレだった。
あの因縁の場所で何が起こったのかは、時を戻して確かめてみてほしい。
Q:どうして女子であるはずの栗涼が男子トイレにいたのか。
答えは単純かつ意味不明だった。
A:男子トイレにいても女子だとバレないと思ったから。
いかにも馬鹿っぽいが、本気である。
彼女は中性的な顔立ちで、髪も女性にしては短め。美少年のような見た目をしているので、女子人気が高い。
コアなファンが多いサブヒロイン。
だが、そういうヒロインは勝ちヒロイン率が低いという弱点を持つ。やっぱり最終的には、最初からメインで出ていたよねっていうヒロインが勝利の座を手に入れちゃうのだ。
近年はそのメタ考察も通じなくなってきているので、よりラブコメのドキドキハラハラ感が増している。
俺が今体験しているこの人生も、まったくその通りだよね。
「もしかしてあんた、今日お姉ちゃんとデートするってこと、クラス中に言いふらしたんじゃないでしょうね?」
「どうしてそんなことすると思う?」
犬織はなぜかジト目でこちらを疑ってくる。
このデートで水越と栗涼に会ったのは偶然だ。
強いて言うなら、偶然という名の必然。
悪いのは俺ではなく、俺にヒロインを近付けようとしてくる謎の勢力だ。完全にコントロール外のことである。
「わたしとのデートが嬉しかったんでしょ。それで――」
「誰にも言ってないよ」
「……わたしとデートできることが嬉しくなかったって言ってる?」
「いや、むしろ『嬉しい』なんていう未熟な言葉で表現するのがおこがましい話だよ」
「ふぅーん、わかってるのね。今度からわたしとデートすることが決まったら、クラスメイトにお姉ちゃんとのデートは邪魔するなと言っておいて」
犬織、嬉しそう。
鼻先を赤く染め、プイっと俺とは反対方向に首をやる。
なんだよその可愛い仕草は!
付き合いたい!
「さすがにそれは無理かな。クラスメイトとそんな仲良くないし」
「さっきの水越さんは……?」
なんだろう。
犬織からも水越と似た系統の怖さを感じるんだが。
これってもしかして……。
「本当に今日はたまたまだったんだ」
「ねえ、白狼。そのポップコーンって全部白狼の?」
犬織に弁解している最中、空気を読まない栗涼がラージサイズのポップコーンを指さして聞いてくる。
「良かったら食べる? 1つ余分だから――」
「白狼? お姉ちゃんは白狼のためにそのポップコーンを――」
犬織の瞳には闇が浮かんでいた。
その中では多くの人が苦しんでいる。
うわぁ。
犬織、やっぱりメインヒロインと似たような怖さを持っている気がする。今回は間違いない。
「いやいや、冗談だよ。ごめんね」
命の危機を感じて前言撤回する。
「別にボクはポップコーンが食べたかったわけじゃないから気にしないで。ポップコーンアレルギーだし」
爽やかに言ってくるが、多分、そんなアレルギーはない。
もし本当にあったらごめん。
「なんか気遣ってくれてありがとね」
絶対に犬織には聞こえないくらいの声量で、栗涼に感謝の気持ちを伝える。
すると、栗涼は――。
「え、そんなつもりなかったけど……アレルギーなのかは調べてないけど、ボク昔から、ポップコーンを食べると深刻な症状が出るんだ」
「深刻な?」
「手が止まらなくなるっていうか、そんな感じの」
「え、それってどういう……?」
「ポップコーンを食べる手のことだよ。気付いたら5人分食べてた時もあった……」
それは確かに深刻な症状だ。
「でもそれって、ポップコーンが好きってことでしょ?」
「そりゃあそうだよ。世界にポップコーン嫌いな人なんているの?」
何人かはいると思うよ。
「とにかく、ポップコーンはボクを狂わせるんだ。ダークサイドに誘われてるような気がしてくる」
もしかしたら、この娘は想定以上にヤバい奴かもしれん。
まさかの中二病も含まれていた。
属性の大渋滞である。
「キャラメル味とうすしお味だったら、どっちがいい?」
こっそり分け与えることくらいできそうだと思って、小声のまま聞いてみる。
「チェダーチーズ味かな」
第三の選択肢。
「えーっと……二択だったらどっちがいい?」
「ソルティキャラメル味だったら両方いけるよ」
それな!
「でも、ここには『うすしお』味か『キャラメル』味しかないんだ。で、どっち?」
「ボクがここで答えたら、白狼は無料でくれるんだよね?」
「うん、まあ、そんな感じかな」
「じゃあキャラメルで」
「キャラメルの方が好きってこと?」
「いやぁ、タダで食べられるなら、キャラメルの方がお得な気がしたんだ。塩よりキャラメルの方が高いよね?」
コイツがサブヒロインである根拠は意外にも多そうだ。
もはやただの馬鹿である。
だが、平常運転の俺は、そんな栗涼を見て困惑しつつも、メロメロに見惚れていた。
ぜひともお付き合いしたい。