第12話 避けられると加速するヤンデレヒロイン
時は放課後。
昼休みを終えてからも水越の様子は普通だったので、あのクソ軍団に酷いことをされてないと思いたい。
俺はモブという立場を利用して修羅場から逃げ出したクズなので、その後の授業中、隣の席の水越を直視することができなかった。
だが、それでいいのだ!
一応、メインヒロインを頑張って避けて接点を減らそう作戦は継続している。
ついかっとなって庇ってしまったものの、結局は逃げて好感度を落としたので、プラスマイナスの結果いい感じにマイナスになっているはず。
「風野君、待って」
作戦順調だと思い、自分を褒めながら教室を出ようとした時だった。
ほとんどのモブクラスメイトは、部活や帰宅のために教室を出て、放課後の青春に身を捧げている。
「……」
「昼休みのこと、話したい」
水越はクラスメイトが一桁に減ったこの段階で、俺を呼び止めてきた。
悲しいことに、俺は今日、日直だ。
2年B組の場合、戸締りをするのは学級委員の役割だが、黒板及びホワイトボード消し&学級日誌の記入は日直がやるべき任務である。
それで黒板を消したりなんだりしていたら、遅くなってしまった。
世界史の先生の筆圧が濃すぎて黒板消しを投げ捨てたくなった話は割愛しておく。
「あー……昼休みのことね……」
曖昧な返事で水越の様子をうかがう。
逃げたことに対して怒ってはないみたいだ。
俺があまりにモブを極めすぎていて、逃げたことに気付かなかった可能性もある。
「その……ありがと。先生を呼んでくれたの、風野君だよね?」
「……まあ一応は」
そういえばそうだった。
逃げ出すだけじゃなんか申し訳なくなった俺は、すぐに職員室の先生に報告しにいっていた。
所謂、チクリである。
かっこ悪いけど確実だよね。
ついさっきまで自分が先生にチクったことを忘れていた。
あの時はいかにモブっぽく退場するかということに命を懸けていたし、その後は図書室での猫音子さんとの戯れもあった。
忘れるのも仕方ない。
「あの後、先生が来て、あの人たちが注意されてた。もし先生が来なかったら、私にはどうすることもできなかったと思う」
「それは先生に感謝した方がいいと思うよ。俺は大したことしてないし」
だって逃げたもん。
なんか気まずいんだが。
「先生を呼んだのは風野君でしょ。それに……私のこと、庇ってくれたから」
「あーね」
「それで、その……少し気になったことがあるんだけど……」
なんだろう。
ここで、君、途中で逃げてたよね?とか言われたら終わりだ。
正直に認めるしかない。
水越はすっと深呼吸をして、落ち着いた瞳で言った。
「どうして最近、あの教室に来ないの?」
一瞬寒気がした。
普通に見るといつもの水越だが、目を細めて見ると狂気の水越なのだ。
自分でも何が言いたいのかわからないね。
「昼休みは少し忙しくて、別のところで食べてるんだ」
「どうして、そのことを私に教えてくれなかったの?」
おー始まった。
瞳に危険を感じる。
今すぐここから非難したい。
ただ、このメインイベントに巻き込まれているのは、何を隠そう俺自身。ここでモブになりきることは不可能だ。
メインキャラっていうのはなかなかハードな人生を送っている。
どう答えるべきか……。
この選択で、俺の今後のルートが決まるような気がした。
答え方を間違えれば、メインヒロインと付き合う路線に入る可能性もありそうだし、逆に成功すれば、もう今後彼女と関わることはなくなるだろう。
正直めっちゃ美人だしいい人だから関わりがなくなってしまうのは嫌なんだが、ヤンデレから身を守るためにはその犠牲をいとわない精神が必要だ。
そこで、俺は突き放す作戦を実行した。
「別に君には関係ないことだし……それだけなら、もう帰るね。それじゃあ、気を付けて」
流れは完璧。
愛想笑いで言うことも大切だ。
特に悪気はない。それを暗に示しつつも、相手に興味がないことをはっきりと伝える。
さっと背を向け、教室を去る――ことができれば最後まで完璧だった。
「風野君」
まだ顔は見てない。
あの綺麗で女神のようなビジュアルを見たら惚れてしまうからね。そういうところも気を付けていかないと。
「ん?」
「こっち見てよ」
一応振り返ってみる。
そこには、軽く微笑んだ水越の姿が。
え、ちょっと怖いんですけど。でもやっぱり可愛いな! 付き合いたい。
「夏休みに入る前のこと、覚えてないの? お昼は一緒にご飯食べてたよね? それなのに急に距離を取るのは違うと思う」
「それはごめん。でもこっちにも事情があって……」
「事情? そういうのいいから、明日からは一緒に食べようね。だって昼休みの風野君は、私の所有物だから」
あのですね。
事情って言うのはまさに、こういうことなんです。