第11話 天使もびっくりの子猫系ヒロイン
「話は全部聞いた。絶対に、あなたたちを許さないから」
俺のピンチは水越によって救われた。
まさか俺とクソ陽キャ女子軍団の絡みが見られていたとは。
俺、なんか変なこと言ってないよね?
水越の真剣な表情を見ながら、俺はそんなことを考えていた。誰の悪口も言ってないし、セーフ。
少なくとも、水越の前での俺は悪い奴の仲間じゃない。
――あれ?
でもよく考えれば、これは嫌われるチャンスだったのかもしれない。水越に嫌われてしまった方が、意図的に避けることよりも確実に付き合う可能性を下げられる。
「風野君、ありがと」
「……え、あ、うん」
水越は俺の前に立ち、6人から守るように両腕を広げていた。
それだけでもキュンとするのに、名前+ありがと……。
ダメだ。
嫌われるなんて絶対できない。
クッソ!
なんて可愛い後ろ姿なんだ!
付き合いたい!
おっと失礼。つい暴走してしまった。あくまでも心の中で思っていただけで、現実世界には何の影響も及ぼしてないから心配しないでくれ。
それにしても、水越の『ありがと』に対して、『え、あ、うん』はないだろ! しばらく自分に幻滅しそうだ。
「なになに? ヒーローの登場?」
「逆に都合良くない? この場で水越も一緒に潰せるってことでしょ?」
「それな!」
とりあえずソレナをぶっ飛ばしたい。
「どーする? せっかくゲストが来てくれたんだしさ、ちょっとわからせてやりたいよね?」
リーダー格の女子Aが、リュックからハサミを取り出した。
何をするのかは想像しやすい。
そのハサミで水越の髪を切るつもりだ。
いや、そのハサミで水越の大事なものを切るとか……それとも水越の心臓を刺すとは……いろいろ使い道はあるな。
どうやって使うつもりだろ。
正直なところ、俺はこれ以上彼女たちに関わりたくはなかった。せっかくヒーローみたいに飛び出してきたのに申し訳ないが、それは水越も同じこと。
本当に自分ってクズだなって思う。
ごめんね。
「それじゃあ、俺はこれで」
この声もミジンコにしか聞こえないほどの音量。
ついでに存在感も限界まで消しておいた。普段モブとして生きているからか、存在感を消すのが異様に上手い俺。
これも一種の才能じゃなかろうか。
というわけで、俺は密かにこのメインイベントから離脱した。
スピーカーを抱えながら、荷物運びモブを忠実に演じて。
***
「シロ、今日少し遅かった」
「少しメインイベントに巻き込まれたんだ」
「イベント? どこ?」
猫みたいに大きな目をきょろきょろさせながら、図書室を見渡す猫音子さん。
うん、図書室でイベントはやってないよ。
「イベントっていうか、女の醜い戦争を見てきた感じ」
俺はあの修羅場から退場した後、スピーカーをしっかりと視聴覚室に届けて図書室に向かった。
あの場に残されてしまったマイクは知らん。
俺はやることやったし、仕事を放棄した奴らが責任を取ってくれるだろう。
「ふぇ? 戦争? 日本で?」
「戦争なんて、どんな国でもどんな地域でも行われているのさ。規模の大きさなんて関係ない。結局国と国の大きな戦争も、取るに足らない小さな喧嘩から巻き起こっているのだから」
なんか深いこと言っちゃった。
モブにしてはあり得ないほど長いセリフ。
だが、どうせ本編では丸々カットされるので心配ない。
俺が世界の真理について語っている間に、猫音子さんは手のひらサイズの小さな弁当箱を取り出していた。
中には焼き魚、レタスやトマトといった野菜、いちごが入っていた。
どこか質素な感じで、加工食品が一切ない。これが本当の意味での健康的なお弁当なのかもしれない。
「その弁当、どうしたの?」
「猫が食べられるものを入れてみた。意外と食べられるの多い」
「……猫になりたいっていうの本気だったんだ……」
「食事は重要」
ドヤ顔だ。
どうだと言わんばかりのドヤ顔。
可愛すぎるな。付き合いたい。
「猫音子さん、箸は――」
「いらない。猫は箸を使わない」
じゃあせめてスプーンを使ってくれ。
残念ながら、そんなことはしない。猫音子さんはやる時はやる女なのだ。
手も使うことなく、猫が食べるように直接弁当に口を近付けていく。そしてそのまま、パク。
絶対に真似しちゃいけないが、彼女はやってしまった。
そして最も驚くべきことは、その姿は一切下品でなく、むしろ上品だということ。
こぼさないし、変な音を立てない。
口の周辺に食べカスも付いてない。
その食べる様子はまさに猫。
子猫が必死にご飯を食べている様子に似ていた。それでいて、綺麗なのだ。
だが、俺はそれどころじゃない。
――なんだ、この可愛い生き物は!
それは子猫を超えていた。
人間を超えていた。
天使にも届くほどの、尊さがあった。
猫音子さんだからできること。
良い子は絶対に真似してはいけません。繰り返す。良い子は絶対に真似してはいけません。
「美味だった」
「……」
そこまで量が多かったわけではないものの、猫音子さんの食べ終えるまでのスピードは速かった。
そしてその5分間。
俺はまばたきをしたかどうかも忘れるくらい、猫音子さんに見惚れていた。
「ちょっとだけ、恥ずかしい」
その恥じらう姿っ!
付き合いたい!