第1話 完璧ヒロインの落とし穴
高2の夏。
俺は気付いてしまった。
自分が今いる世界は、かつて前世で見た学園ドラマ『パーフェクトヒロインと平凡な俺が付き合うまでの物語』の中の世界で、俺はその主人公、風野白狼だということに。
平凡な見た目で、特に秀でた才能のない少年だ。
いわゆる、典型的なラノベの主人公。
原作がライトノベルだから仕方ない。
きっかけはない。
夏休みの最終日、目が覚めると断面的にだが前世の記憶を思い出していた。
しかしここで問題が発生する。
大きな問題だ。
実は今、俺はあるクラスメイトと恋愛フラグを立てている。どうやらこの世界の今までの出来事は全て、かつて観た学園ドラマの出来事そのままだったらしい。
――水越莉虎。
容姿端麗。頭が良く、運動神経もいい。
まさしくパーフェクトヒロイン。
要するにその王道ヒロインがメインヒロインで、俺に好意を持っている可能性があるわけだ。
なんだなんだ、最高じゃん。そう思うだろ?
でも、俺はもっと重要な情報を思い出してしまったんだ。
――パーフェクトヒロイン水越は、主人公と晴れて付き合うようになった後、ヤンデレヒロインへと変貌する。
うん、どうかな。
これで事態の深刻さをわかってくれただろうか。
俺がもしこのまま恋愛フラグを立て続け、最終的に彼女とゴールインしたとしよう。すると、そこにあるのはヤンデレに自由を奪われ、命まで狙われてしまうかもしれないという悲惨な未来。
無理だ。
俺には受け止められない。
というわけで、俺は現在までに立てているフラグ及び、今後の体育祭イベント、文化祭イベント、生徒会選挙イベント等々で立てるであろう恋愛フラグを全てぶち壊さなければならないのだ!
そして俺は考える。
この世界にはまだ可能性がある、と。
俺はラノベの主人公だ。
実はメインヒロインの水越以外にも、魅力的なサブヒロインを携えている。
夏休み最終日深夜。
俺はベッドの上にドカッと座り、ノートに3人の女子の名前を書き込んだ。
「火波猫音子、風野犬織、空賀栗涼――この3名のサブヒロインの中に、俺のニューガールフレンドとなる者が現れる!」
威勢よく言ったが、本来俺はそういうキャラじゃない。
学校に1人も友達がいない、哀れなボッチ高校生だ。
「まずは水越との接触を極力避け、サブヒロインへ接触することを第一に考えよう!」
作戦を立てる時は大きな声を出した方がいい。
やる気がみなぎる。
こんな俺でもやれるような気がしてきた。
「3人のうち、誰と付き合うのがベストなのか」
言っていることはクズだが、気にしない。
果たして平凡なモブ高校生に選ぶ権利はあるのか、という疑問はさておき、俺はラノベの主人公なのだ。
怖いものはない。
というわけで、明日から本格的に作戦を実行していこうと思う。
***
「今日から学校ね」
心底嫌そうな表情でぼやいたのは、俺の姉、風野犬織。
ご存知の通り、サブヒロインの1人だ。
姉とはいっても、俺と犬織は血が繋がっているわけじゃない。いわゆる、義理の姉弟。
12歳の時に親が再婚。そしてめでたく同居することになった。
「姉さんは受験勉強で忙しかったのか」
「そうよ。あんたみたいにダラダラした夏休みを過ごしてたわけじゃないの」
「はいはい」
俺の返事はいつも適当だ。
だって、本当に面倒だから。
姉さんは俺に対して文句しか言わないし、結構冷たい態度を取ってくる。
しかーし、実は姉さんはツンデレさんだ。
本当は俺のことが好きなのに、あえて冷たい態度を取ることによって平常心を保っている。
俺は別に勘違いしてるイタい奴ではない。
少なくともあの学園ドラマでは、水越と付き合うことになる前日、姉さんが俺の部屋に夜這いに来て、本当は男性として俺のことが好きだと告白するのだ。
なんとまあ、ラノベの主人公って感じ。
美人の義理の姉を持っちゃって。羨ましいぞ、俺。
姉さんは凄く魅力的だ。肩にかかる長い黒髪に、上品で整った顔立ち。スラっとしたスタイル。
身長は165センチで、168センチの俺とほぼ変わらない。
とはいえ、これは俺が昨日、自分の境遇に気付いたから言えることだ。
少なくとも昨日までは普通にちょっとウザいけど美人な姉としてしか見ていなかったし、血の繋がりはなくとも家族としてしか接してこなかった。
それも今日で終わり。
俺は今この瞬間から、姉さんを女として見る!
「ほら、白狼。学ランの第二ボタンが開いてる」
「姉さんに留めてほしいな」
「――え! ちょっ――急に言われても……」
動揺する姉さん。
顔が真っ赤だぞ。弟相手に、けしからんね。
「第二ボタンは、姉さんにしてもらいたいんだ」
「それって……その……そういうこと?」
どういうことかはわからんが、とりあえず頷いておく。
「まったく……甘えん坊なんだから」
トマトみたいに顔を赤くした姉さんが、しなやかな手でボタンを留めてくれる。
やっぱりツンデレじゃん。
「せっかくだしさ、久しぶりに学校一緒に行く?」
こう切り出したのは俺だ。
この調子だとオッケーしやすいだろうし。
「ちょっと、あんた、調子乗りすぎだから! でも……いいんじゃない、たまには」
「たまにはってことは、毎日一緒に行っちゃダメなの?」
「……そうね。そこまで言うなら、お姉ちゃんが毎日一緒に行ってあげてもいいけど?」
もじもじしながら言う姉さん。
最高に可愛いな!
そういう姿をもっと積極的に見せてほしい。
それにしても、我が姉はやっぱりチョロインだったな。