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外野がなんだかうるさいです

作者: 遠真エマ


『ダグラス公爵夫妻は仮面夫婦である。』


それはソルティア王国の貴族たちの間では事実であるとされていた。

公式行事や夜会はもちろん二人そろってやってくるのだが、お互いに視線を合わせず、エスコート以外では触れることもなく、愛称で呼ぶこともなく。

つかず離れずの距離を常に保っていた。

結婚式ですら互いに視線を絡め笑い合うことはなかったと、二人の結婚式に出席した人々はそう証言した。

ダグラス公爵家の使用人たちですら二人の仲睦まじい姿を見掛けたことはないと言う。

だから二人の間には愛などなく、体裁を保つための政略結婚なのだろうと貴族たちは噂していた。

そんな二人の間に後継者が生まれるわけがない。そう思い、少しでも血縁関係のある貴族たちは自分の子を養子に、とダグラス公爵に持ちかけていた。

しかし公爵は、子宝に恵まれなければ考えるが、今は少なくとも考えていない、と断り続けていた。





二人の結婚から数年の後。少なくとも夜会には二人で出席していたダグラス公爵夫妻だったが、あるときから公爵夫人の姿を見掛けなくなった。

公爵は、夫人は体調を崩し欠席していると言っていたが、貴族たちがその言葉を信じるわけがなかった。


『とうとう仮面すら保てなくなったのだ』


誰が言わずともそう噂された。

ある貴族の使用人が、公爵家の使用人からこう聞いてきた。

ダグラス公爵夫人はずっと部屋に引きこもっており、執事と侍女長、それから実家から連れてきた専属の侍女以外寄せ付けないのだ、と。

たまに主治医が部屋を訪れるそうだが、体調不良を真にするためなのだろうとも言われていた。

以前は食事を共にすることも少しはあったそうだが、今では夫人の食事は部屋に運ばれるのだという。

そんな噂をきいた貴族たちは、自分の娘を側室にしようと、まずは夜会のパートナーにどうかと話を持ちかけた。

だが公爵は誰にも靡かず、夜会に夫人以外を伴うこともなかった。

やがて誰かがこう言った。


「ダグラス公爵は女に興味がないのか?」

「なにをおっしゃっているのですか、殿下」


アシュレイ・ダグラスは、この国の第二王子、レオングラス・フォン・ソルティアにとある夜会に呼ばれていた。

しかし、夜会というにはあまりにも砕けた雰囲気であり、戸惑うアシュレイにレオングラスはワインを差し出した。


「違うのか?」

「私はエルベルティーナと結婚しておりますが」


エルベルティーナとはアシュレイの妻であるダグラス公爵夫人である。


「それは誰もが知っている。

だか、ずっと夫人を伴っていたのに最近は見掛けないだろう?

だからといって他の女性をエスコートするわけでもない。それで様々な憶測が流れていてな」


面白そうに笑うレオングラスにアシュレイは眉をひそめる。

なぜそのような噂が立つのが、アシュレイには全く理解出来ずにいる。


「なぜそのような憶測が?」

「なぜって……君たちの間に愛などという感情があるように見えないからだろう?」

「は?」


アシュレイの口から思わず間抜けな声が出た。

そんなアシュレイを見ながらレオングラスは続ける。


「結婚式のときから視線を絡めることもなく、夜会のときも必要最低限のエスコートとダンスのみでつかず離れずの距離だ。仲睦まじい姿など見たことがないのに、それで誰が君たちの間に愛があると思うんだ?」

「それはっ……」


レオングラスの言葉を受けてアシュレイは頭を抱えたくなった。

確かに他人の目がある場所ではそのように振る舞っている。

しかしダグラス夫妻にも理由がある。

言葉を続けようとしたアシュレイを遮り、レオングラスはこう続けた。


「だからこの夜会に呼んだのだよ。男でも女でも、好みの者を選べばいい。

ああ、気安い雰囲気とはいえ皆弁えてるさ。ここであったことは他言無用。たまには君も羽を伸ばしたらどうだ」


アシュレイは自他共に認めるほどの堅物だ。

この国では王族も貴族も側室を持つことが認められている。

しかしアシュレイはその制度を嫌っており、仮面夫婦の噂と共に有名な話であった。

にも関わらずこの男はアシュレイに所謂不倫を勧めてきたのだ。

この男が王太子ではなくて良かったと、アシュレイは心の底から安堵し、同時にこの男を嫌悪した。

自分が側室を持つことはあり得ないが、他人が側室を持つことを止める権利はアシュレイにはない。

しかし、勧めてくる人間には嫌悪感を抱く。

第二王子だからと呼び出しに応じたのは間違いだったとアシュレイは心底後悔した。


「殿下。そのような理由で呼ばれたのであればもう二度と応じません。これで失礼させていただく」

「公爵!?」


サッと一礼し、足早に去って行くアシュレイの背中にレオングラスは声を掛けたが、アシュレイは振り向くことなくその場を後にした。









「お早いお帰りでございますね」


自宅に戻ると執事のガーランドがアシュレイを迎えた。

ガーランドはアシュレイが小さい頃からダグラス家に仕えており、アシュレイの良き理解者でもある。

第二王子に呼ばれ夜会に出掛けた主の随分早い帰宅に少しばかり驚いたものの、様子からなにか不愉快なことがあったのだろうと察し、黙って自室に向かうアシュレイの後を追う。

自室に入り、入浴を済ませるとアシュレイが口を開いた。


「不名誉な噂が流れている」

「あぁ……仮面夫婦のことでございますか?」

「知っていたのか……」


ガーランドの言葉にアシュレイは驚きを隠せなかった。


「はい。当家内部の噂も流れておりましたので。そちらは奥様にお伝えして適切に処理しております。

旦那様には聞かれない限りお伝えしなくて良いと奥様がおっしゃいましたので」

「そうか……わかった、下がって良い」


着替えを済むとガーランドを下がらせ、アシュレイは寝室に続くドアを開いた。

そこには大きなベッドと、入ってきたドアとは別のもう一つのドアがある。

そのドアの前に立つとコンコンとノ

ックをした。

ガチャリとドアが開かれるとそこにはダグラス家の侍女長コーデリアが立っていた。


「まぁ、お早いお帰りですこと」


ふふふ、と笑いながら言うコーデリアにアシュレイはバツの悪そうな顔を浮かべた。


「……ティーナは?」

「今はご気分が宜しいようですよ」


その言葉を聞いてアシュレイは部屋へと足を踏み入れた。

ソファにはゆったりと腰を掛ける人物がいた。

エルベルティーナ・ダグラス。

ダグラス公爵夫人である。


「お帰りなさいませ、レイ」

「ただいま、ティーナ」


エルベルティーナの額に唇を寄せ、アシュレイは隣に腰を掛けた。

そして、エルベルティーナの少し膨らんだお腹にそっと触れ、愛おしそうに微笑んだ。

そんなアシュレイを見て、エルベルティーナも微笑む。

そこには噂の仮面夫婦など存在しておらず、視線を絡ませ寄り添い合う、仲睦まじい夫婦がいた。


「君は噂のことを知っていたんだな」

「まぁ……第二王子殿下となにかありましたの?」


エルベルティーナの肩を寄せ、噂のこと、ガーランドから聞いたことをアシュレイは伝えた。

エルベルティーナの顔には苦笑いが浮かんでいた。


「まさか男色の噂までとは……」

「なぜそんな憶測が流れるのか理解に苦しむ。私は今も昔もティーナだけだ」

「ふふ、わたくしもです。でもわたくしたち、部屋を出たら他人行儀になってしまいますものね」


どうしたものかと考えるが、自分たちの性格のせいで中々噂を打ち消すようなことが出来ない。

悩んでいると隅に控えていたコーデリアが大丈夫ですよ、と声を掛けた。


「そのうち別の話題で持ちきりになりますとも」


コーデリアの言った言葉は数ヶ月後、本当になった。









数ヶ月の後、ダグラス公爵夫妻の間に子どもが生まれた。

あの仮面夫婦の間に子どもが!?とソルティア王国の貴族たちは驚いた。

そしてもう一つ。

ダグラス公爵家では二人の仲睦まじい姿が度々見られるようになったと噂が流れ始めた。

赤子を抱え、散歩をする姿が使用人たちに目撃されるようになったのだ。

二人の雰囲気はとても仲睦まじい様子であるという。

以前は無言だった食事中も楽しそうに会話をしているようで、そんな様子を初めて見る使用人が大多数であった。

ダグラス公爵家に出入りしている商人たちも、二人が並んで品物を選んでいる姿にとても驚いた。

そんな様子が次々と噂され、以前の仮面夫婦はなんだったのかと疑問に思われるほど、二人の仲は良好であった。

子どもが生まれてしばらくの後、エルベルティーナは王妃主催のお茶会に招待され、王宮を訪れていた。

その際途中までアシュレイがエスコートしていたため、王妃だけでなく他の招待客も驚いていた。

お茶会が始まり少し経ったころ、王妃がエルベルティーナに尋ねる。


「ダグラス公爵と夫人はとても仲睦まじいのね。なにか心境の変化がおありだったのかしら」


その問いに、エルベルティーナは素直に答えた。


「はい、実は夫もわたくしもとても恥ずかしがり屋で……ですが子どもが、アーヴィングが生まれましたでしょう?夫も産後のわたくしをとても気遣ってくださり、アーヴィングのことも可愛がってくださって、いつの間にか仲良くしている姿を見られることに抵抗がなくなりましたの」

「……恥ずかしがり屋……?今までは、仲が良いところを見られることに抵抗があったの?」

「? はい、そうです」


そうですが、他になにか?と言わんばかりのエルベルティーナに、王妃も他の夫人たちも思わず唖然としてしまう。

そんな様子を気にもとめず、エルベルティーナはお茶を堪能し、愛する夫と息子のことを考えていた。





実はお互いとても恥ずかしがり屋で、他人に仲の良い様子を見られるのが恥ずかしかっただけであり、元々とても仲が良い夫婦である。

見られても平気な人物が、執事のガーランド、侍女長のコーデリア、エルベルティーナが実家から連れてきた専属侍女の3人だけであり、そのため他の使用人の前でも他人行儀であったのだ。

お互いの自室と寝室以外では手も繋げない様子であったが、子どもが生まれて変化が起こった。

三人で庭を散歩したり、夫婦でアーヴィングのものを選んだりすることが楽しく、またコーデリアに、夫婦が仲睦まじい姿を見せることが情操教育に良いと言われたため、少しずつ抵抗がなくなり、今では以前の様子がまるで嘘のようである。




やがて二人は二男一女の子宝に恵まれ、国一番の相思相愛の夫婦と呼ばれるようになるのであった。





Fin


初投稿です、拙い文章ですが読んでいただけて嬉しいです。

ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
かわいい二人ですね! 多分仲は良いのだろうけど、何で他人行儀なのかな〜と楽しみながら読めました。 ありがとうございました。
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