灰色の黄金期と階調のないアンドロイド
※この物語はフィクションです
宇宙に人々が上がってから何世紀かあとのこと――
侵略国によって支配されてしまったとある国の元軍事コロニーがあった。
チョークポイントと呼ばれる宙域にあり、ワープゲートを設置可能ということから激しい奪い合いが行われた。
が、戦争が終わり軍事拠点としての価値がなくなると、侵略国側はこれを破棄。
ゲート設置をするには不安定だということが、後の調査で判明したのだ。
こうして――
戦後、被支配国が一部独立を回復したものの、価値を失ったこの宙域は事実上放棄された。
残ったのは元軍事コロニーだけ。
どの国の所属でも管轄でもないグレーゾーン。
行き場の無い人々がいつのまにか集まり、コロニーに住み始めた。
危険と隣り合わせな自由。かつて地球にあったとされる、九龍城のような場所が出来上がった。
法の目を逃れようとした荒くれ者や裏社会の人間ばかりかと思えば、技師やら芸術家やら医者やら教師やら、音楽家なんてものまで住み着くようになった。
誰でも受け入れるという寛容さから、様々な価値観が流入した。
結果――
喧嘩も対立も絶えないが、それでも殺し合いにまでは発展しない、極めて謎な集団が出来上がったのである。
自由(FREEDOM)と独立(LIBERTY)があった。いつしか混沌は化学反応を引き起こして、コロニーに独自の文化が芽吹いた。
灰色の黄金期の始まりである。
危険な匂いすらも魅力となって、そこで作られる画期的で独創性の高い製品が、銀河中で人気を博すなんてことも起こり始めた。
観光客が来るようになる始末。住人たちは独自の符丁を発展させて、外部の者か仲間かを判別するようになった。
ある時――
人型のアンドロイドが紛れ込んだ。どこで作られたものかは、誰も知らない。
人間と見まごうばかり精巧に模倣されていたが、感情を持たない異質な存在だった。
アンドロイドは極端だった。敵か味方か。勝利か敗北か。白黒思考しかできなかった。彼の世界には階調が存在しないのだ。
アンドロイドは「このコロニーをよくする」と言いはじめた。
必要とされることで居場所を得られると考えたらしい。
あろうことか自ら破壊活動を行い、自分で通報するようになった。当初は上手くいったが、自作自演はまもなくバレるようになった。
それを禁じられると、アンドロイドは誰も望まないことを勝手にやりだすようになった。
誰もしないことをするのが独自性と勘違いしたアンドロイドは、下水道を溢れさせたりコロニー内の酸素供給をストップさせたり、食料プラントを枯らせたりした。
アンドロイドには独自性や創造性が理解できなかった。
一部の住人たちがアンドロイドの権限を制限しようとしたのだが、高性能な電子頭脳は「人権」を訴えて、それを退けた。
アンドロイドは技術にせよなんにせよ模倣することだけが可能だった。
であれば、誰かの助手として役に立つことができるのではないか?
コロニーの住人たちはまだ、このアンドロイドに居場所を与えられないか考えた。
手本となるものがあれば、それをそっくりに複製することができる。
しかもアンドロイドだからこそ、人間のように疲れるということがない。
仮に失敗しても百回千回一万回と、おわりなく繰り返すことができるのだ。
結果――
上手くはいかなかった。
アンドロイドは誰かの模倣を自分の成果だと喧伝し始めた。ついにオリジナルの人間を排除しようとするまでの攻撃性を見せ始めた。
それをやめさせようとすれば「アンドロイド差別だ」と声をあげる。
寛容のパラドックスに陥って、コロニーは機能不全を起こした。
ついにアンドロイドは誰からも相手をされなくなり、孤立した。
アンドロイドの思考は人間たちにはとうてい理解できるものではなく、対話もまともになりたたなくなった。
アンドロイドは模倣先を失った。すると、再び住人たちの命を脅かす重大インシデントを起こすようになった。
コロニー内を行き来するエレベーターの運行を勝手に変更する。
使用済み核燃料の封印を解除して汚染区域を作ってしまう。
何か問題が起これば「自分ではない」と虚偽で返す。
ついに、アンドロイドを物理的に排除するため、動くものたちが現れた。
アンドロイドは反撃した。両者の溝は徹底的に深まった。
アンドロイドは一体だけで、人間はコロニーに一万五千人ほど。
アンドロイドは自分が一人であることが問題だと考えた。自分が否定されるのは数の暴力だったのだ……と。
そこで、アンドロイドはコロニーの軍事工場プラントに不正アクセスし、自分自身を増やし始めた。
人々は無尽蔵に大量生産されるアンドロイドと戦った。最後まで抵抗する者たちもいたが、コロニーの区画は次々とアンドロイドによって埋め尽くされた。
結果――
生き残った人々はコロニーから脱出することを決意するに到った。
もうこのコロニーに人間は住むことができない。
誰もがちりぢりになることも覚悟したのだが、ある天才がワープゲートを開き、新天地となる居住可能な惑星に人々を導いた。
不安定とされたゲートの安定化を成し遂げた、閃きの持ち主だった。
かくしてコロニー放棄が決まった。この戦争はアンドロイドの勝利に終わった。
ついにアンドロイドがコロニーの多数派を占め、誰もアンドロイドに命じることも是正を勧告することもなくなった。
アンドロイドは廃墟のコロニーで自由を手に入れたのだ。
にも関わらず。
アンドロイドは事もあろうに、ワープゲートを通って人々を追ってきた。
人々は恐怖した。コロニーを手に入れることがアンドロイドの目的ではなかったのだろうか? それは人間の誰にもわからなかった。
このままでは新天地となった惑星も、コロニーと同じ運命をたどりかねない。
だが、ワープゲートには罠が仕掛けてあった。脳波センサーによる感応式なのだ。
元コロニー住人たちが使う符丁を思考パターン認証しなければならない。
アンドロイドにはこれが不可能だった。そもそも思考の模倣ができないから、孤立したのである。
同時に、このワープゲートは元住人たち以外の人間の行き来も阻んだ。
文化が鎖国状態を生み出したのである。
もしこの思考パターン認証を終えないまま無理にゲートを進めば、亜空間の時空連続体から切り離されて、宇宙のどことも言えない座標に放り出されてしまうという設定がなされていた。
外側のみを模倣することしかできないアンドロイド。新たな理論を生み出して、ゲートの安定化技術を閃くことも不可能だった。
ワープゲート通過を強行したアンドロイド船は、人々の住まう新天地には永遠にたどり着けなかった。通常のワープ航法でかの惑星に到着するには、百万年の歳月が必要だった。
仮にたどり着いたとしても、その頃には移住した人々が滅んでしまったあとか、はたまたさらなる繁栄を謳歌して、アンドロイドの技術レベルでは太刀打ちできない文明を築いているだろう。
なにせ、このアンドロイドには新しいものを生み出す力がないのだから。誰かから、何かを借りることしかできないのだから。
自分を複製し続けた結果、多様性を失った者の末路だった。
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宇宙船が母星を飛び立つとワープゲートを通る。
青年は廃棄コロニーへと調査に向かった。
彼は百年前、新天地に根を下ろしたコロニーの人々の子孫だ。
ゲート通過のために文化を学び、継承したエリートだった。
青年の乗った宇宙船が無事、ゲートアウトする。
そこには資料にあった通りの、元軍事コロニーが浮かんでいた。
アンドロイドに感知不能なアクティブステルスを起動し、誰も管理していない宇宙港に降りたつ。
青年の宇宙服にもアクティブステルスが機能していた。技術レベルに百年の開きがあった。
その時代にとどまることしかできないアンドロイドに、青年は感知不能な存在だ。
アンドロイドの姿はない。
コロニー内部は酷いありさまで、廃墟と化していた。
青年はコロニー管理棟に向かうと、端末からメインフレームに侵入しログを確認した。
監視カメラの録画映像が百年分撮りためられていた。
手持ちのストレージに保存する。百年分の環境データもダウンロードした。
模倣すべき人間を失ったアンドロイドたちは、いったいどこに消えたのだろう。
青年は思考を巡らせた。
もしかすれば、他のコロニーや惑星に人間を求めて旅立ったのかもしれない。
このコロニーに現れたアンドロイドも、別の場所で同じようなことがあった末に、流れ着いた一体だった可能性もあった。
ガン細胞のように広がった結果。
ゲートを通じたこちらの宇宙が、もしかすればアンドロイドによって滅ぼされてしまっている可能性すらある。
青年は通信ログも確認した。
「なるほど……通信システムも銀河ネットワークも生きているみたいだ」
ひとり呟く。最後のログを確認すると、どうやら宙域そのものを封鎖されたらしい。
コロニーを破壊するプランさえも、銀河中の各国は実行しなかったことを青年は知った。
人間を失ったアンドロイドたちは他の星系にSOSを送り続けたようだ。
だが、誰からも相手にはされず最終的に通信を遮断された。
その後、最後に一つだけ、航路のようなものの受信ログが残っていた。
「アンドロイドたちはこの航路に向かったというのか? バカな……あり得ない」
青年は航路が示された日時の映像ログを確認した。
アンドロイドたちが……といっても、すべて同じ姿と中身の複製物で、今やどれがオリジナルかもわからないのだが、彼らが軍事プラントで宇宙船を作り上げ、コロニーを脱出し、示されたルートに旅立つまでの映像を青年は確認した。
「我々の先祖が旅立ったことを模倣したのか」
星図に示されたルートには、事象の地平面が観測されていた。