デュロの軌跡。
昔から、世界は闘争で満ちていた。
人族同士の、亜人族との、あるいは亜人同士の……何が起こっても、彼らは未来に目を向けようとはしなかった。
故に、彼は立った。
そうして、史上最も大きな闘争を巻き起こしたのだ。
『……征くぞ』
魔導と軍略の天才、カフリタ皇国第一皇子デュロ・パラディア。
その覇道の供に彼が選んだのは、アズライア自身と竜頭亜人の拳士ギメル。
たった三人。
デュロの真意を知る自分たちだけが、始まりだった。
銀髪紫瞳を持ち、覇気を纏う最愛の婚約者……彼はもう、この世にいない。
コツ、コツ、と靴音が響き、アズライアが囚われた牢獄の前に、デュロによく似た美貌の青年が現れる。
皇国第二皇子エーリ・パラディア。
デュロの弟であり、彼を殺して世界統一を阻止した英雄だった。
「何か御用?」
両腕を拘束され【魔封の首輪】を嵌められたアズライアは、首を振って赤い髪を肩の後ろに払いながら微笑む。
「話を聞きに来ました。インフェロー公爵令嬢」
「いいえ、エーリ。わたくしは『教導特騎軍』の〝弐號〟……ただのアズライアよ」
彼の知る『未来の義姉上』は、デュロが世界に牙を剥いた時にいなくなったのだ。
その否定に、エーリは眉根を寄せる。
「では、アズライア。……質問に答えて貰おう。何故兄は、世界征服など企んだ?」
彼の目に浮かんでいるのは、疑問だった。
デュロがただ侵略を望んだ訳ではない、とエーリも気づいている。
「答えましょう、エーリ。わたくしは、それを伝える為に残されたのだから」
ーーー事の発端は、10年前の過日。
皇国南西の内海にあるリンボ島を中心に、強烈な魔力共振による地震が発生したこと。
後に【獄門デスぺラティオ】と呼ばれる、瘴気を放つ異質構造物出現に関連したもので、その調査に先遣隊と共に赴いたのが、デュロだった。
当時、僅か13歳。
しかし既に魔導の天才と称され、比類なき知識と技量を備えていた彼は、城門に似た真紅の【獄門】の内部で様々な魔導書を発見し、高度な秘術を記した内容から『【獄門】は何らかの知性体が故意に出現させたもの』と示唆。
彼は【獄門】と魔導書を研究する為、近隣国の〝機知の亜人〟グレムリン族を招集し、内海沿岸に特異魔導研究組織を設立する。
そして魔導書の記述から【騎甲殻】と呼ばれる鎧型魔導兵器と、高位飛翔魔導陣内蔵艦【飛空獣艦】の開発を始め、3年で実用化。
しかしマギア量産と更なるカロン建造に呼応するように、瘴気によって獣が変貌し巨大化・凶暴化する『魔獣化現象』とそれに伴う『魔獣大進行』が大陸全土で頻発し始め、各国は対応に追われた。
やがて亜人大国が『魔獣の多発は人族の【獄門】研究によるもの』と不満を募らせ中止を求めたが、皇国が拒否して交渉は決裂、大陸東部エルフ国、北部ドワーフ国、そして西部オーク国等が中心となって研究を阻止する為、南部人族域への進攻を開始。
皇国は人族域国を支援し、兵力とマギアを各国に供与して亜人国群に対抗しつつ、皇国を中心に人族連合を結成した。
ーーーそして【獄門】出現より8年後。
内海近郊都市にて、デュロが新たに開発した【特殊巨大騎甲殻】……特騎〝一號〟と、3隻の新造カロン御披露目式典の最中。
デュロが〝一號〟を使って父皇帝を殺害、大陸全土に宣戦を布告した。
そして『教導特騎軍』を自称し、カロン一番艦【シュヴァシルト】を玉座に亜人国域に電撃侵攻を開始……エルフ国とオーク国の首都を、たった1ヶ月で陥落させた。
瞬く間に大陸の6割を手中に収めたデュロに危機感を抱いた残りの亜人国群は、人族連合に一次休戦を提案する。
そして『愚者に治世の器なし。我が意志の下に統一する』という彼に、既得権益を奪われることを危惧した人族連合の王らもこれを受け入れ、休戦に尽力した一人の青年を旗頭に結束。
目の前にいるデュロの弟、エーリを中心に。
「皇帝を弑した式典の日にデュロが言ったことを、貴方は覚えていて?」
「……『全てが手遅れになる前に』か?」
アズライアは頷いた。
デュロがそれを口にした時、機転を利かせてエーリを逃がしたのは、皇国軍大将ダレス。
彼は後に人族・亜人連合軍旗艦となるカロン四番艦【ヴァイティガー】を奪取し、追手を撒いて皇都へ逃亡したのである。
『エーリが逃げたわ』
『ああ』
そう告げたアズライアに、デュロの返答は短かった。
倒木に腰掛けた彼の周りにいるグレムリン兵や直属の兵士らは皆、紙巻煙草に似た薬に火をつけて燻らせていた。
それは、アズライアも同様。
自分や兵の使う新型の飛翔マギアやデュロの特騎〝一號〟は、使用者に多大な精神負担と魔力消費を強いるものだからだ。
この薬……『散香陰』は、その負荷を緩和してくれるのである。
『吸った?』
『まだだ』
アズライアは怠そうなデュロに一本咥えさせるが、着火具は手で払われ、彼はリーマを唇で跳ねさせた。
何を望んでいるのかを悟り、アズライアが彼の両肩に手をついて顔を近づけると、咥えたリーマがデュロのそれと触れて、ジジ、と火が移る音が立った。
その日が、終わりの始まり。
「【獄門】は封印されたわ。……デュロの犠牲と引き換えに、ね」
「それが、兄の狙いだったのだろう?」
「ええ」
対外的な発表は、欺瞞だ。
エーリはデュロを殺していない。
アズライア達が立った後、彼は人族・亜人連合と共に反撃を開始したが、戦況は圧倒的に『教導特騎軍』有利だった。
その間に『魔獣化現象』も激化し、エーリは一度、こちらとの交戦中に発生した『魔獣大進行』により命を落としかけている。
救ったのは、特騎〝参號〟をデュロに与えられた拳士ギメルだった。
理由もわからないまま命を救われたエーリは、おそらくその時、初めて疑念を抱いたのだろう……それでも彼は、デュロを止める為に動き続けた。
エルフ国奪還の際に再度交戦したギメルとの死闘で、自身のマギア〝Ie〟の力に完全適合し【特異騎甲体】として覚醒。
エーリはその後【ヴァイティガー】でリンボ島に停泊した【シュヴァシルト】を急襲した。
【獄門】前で彼と激突したデュロは、その際に臨界に達した〝一號〟と〝Ie〟の力を利用して封印魔術を成功させ、瘴気発生とそれによる『魔獣化現象』は沈静した。
アズライアは拘束され、世界に束の間の平和が訪れた……今は、その先。
「そして世界も統一されたわ。ーーー〝Ie〟と適合した貴方の下に、ね」
「……!?」
エーリが、大きく目を剥く。
彼の覚醒と世界統一、そして特騎2騎による【獄門】の封印……ここまで全てが、デュロの筋書きだった。
「この『世界』の真の敵は、わたくし達ではないわ。あの【獄門】から我々に技術をもたらし、『魔獣化現象』を引き起こしていたモノ達よ」
「まさか、兄、上が、封印の直前に『まだ終わっていない』と口にしたのは……!」
「ええ。デュロは貴方に『世界』を託したのよ。封印が時間稼ぎになっている間に、蓄えなさい。【獄門】から現れるモノ達に対抗し得るだけの、力を」
アズライアが告げると、エーリは肩を震わせて目を伏せる。
「兄上は、その為に……だが、ならば何故事情を明かして協力を求めなかったのだ! 何故、こんな強硬な手段を……!」
「デュロはきちんと呼び掛けたわ。それを一蹴したのは、亜人国なのよ」
アズライアは、彼が知らないのだろう事実を告げる。
最初の交渉の際『瘴気による『魔獣化現象』は人族の行為によるものではなく、各国一丸となって対処すべき問題』というデュロの説得に聞く耳を持たずに、亜人らは攻めてきた。
「それに皇帝も『世界』を裏切ろうとした。あの男は、密かに【獄門】を出現させたモノの使者と会って降伏しようとしていたの。デュロは、動くしかなかったのよ」
「父、が……!?」
「ええ。だから『終わりではない』のよ、エーリ。これは始まりなの」
『世界』を賭けた、真の闘争の。
「貴方を覚醒させ、飛翔マギアの量産設備を整え、ステュクス級空母の建造もほぼ終えた。デュロは準備を終えて、その上でこの『世界』に時間をくれたのよ」
「兄上は……その為に、命を……」
「いいえ」
慕っていた兄の真意を知って悲痛な顔をするエーリを、きっぱりと否定する。
アズライアにとって重要なのは、ここからだ。
「デュロは生きているわ。ただ、この世から消えただけ」
【獄門】を封じる錠として、門の向こうへと。
アズライアは、エーリの目を真っ直ぐに見つめて告げる。
「彼の意志を継ぎ、そしてわたくしに協力しなさい、エーリ。真の敵……『亡者』を滅ぼして、わたくしはデュロを取り戻すわ」
あの日から、覚悟はしていた。
けれどアズライアは、彼を諦める気はなかった。
たとえ一時、離れたとしても。
父である皇帝を殺す決意を固めたデュロは、式典の前に宣言したのだ。
『全ては世界救済の為、我らこれより悪となる。……征くぞ、『教導特騎軍』。手遅れになる前に』
アズライアは、そんな彼に心の中で応えた。
ーーーええ、デュロ。貴方のいるところなら、何処へでも征くわ。
と。
次話以降は本日昼12時、夕方17時更新です。
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