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「夜は城内は特に暗い。部屋まで送ろう」

 食事も片付けも終えて(食器洗いは割りそうだからするなと圧力をかけられた)、手も洗って一仕事を終えた。

「ありがとう」

 ルカがテーブルに燭台を置いて蝋燭を点け、準備をする。

「コルチカム城に比べたら警備の必要も無いから明かりは蝋燭と星だけだ」

「星明かり!?」

 ルカがフンッと笑みを漏らし、燭台の取っ手を持ってドア前に立った。

「魔王城の名に相応しく、闇夜は幻想的だ。足元にはくれぐれも気を付けて」

「わかったわ」

 コツン。ヒールの音が鳴り響く。外で奏でる虫と合奏をするかのように。


 そう、星夜の……………。


「わぁ………っ!!」

 綺麗!!! なんて美しいの!

 窓から星明かりが差し込み、床にいくつもの丸い明かりが浮かび上がっている!

「素敵! ルカ、とっても素敵ね! 星が城の中に振って来ているみたい!」

「魔王城に攫われたのも悪くないだろう?」

「ええ」

 悪くない。むしろ、とても、とても……………。

「マリー」

 そっとルカが黒いシャツのシャープな腕を差し出してくれた。

「ありがとう、ルカ」

 その腕にそっと私の手を添える。まさか魔王にエスコートされるなんて。ルカが私の歩調に合わせてくれながら、階段を上っていく。星へ上っていくかのように。

「とっても素敵だわ。ミラーボールよりも何千倍も。そうだ! 明日の夜にあなたと踊りたいわ。星明かりに照らされながら。星を眺めながらでティータイムも良いわね! あと、海の音を聞きながら星空を見上げるのも」

「ああ、君が城に居る間だったら」

 あ…………そうだった。魔王城での生活は期限付き。いつ迎えが来るかもわからない、突然終止符を打たれるかもしれない暮らし。

「僕は毎夜当たり前のように見ていた星だけど、君の髪も相当見る者の心を打つ」

「髪?」

「昼間は日に照らされて太陽そのもののような輝きだったが、闇の中の髪は紅く、まるで真紅の唇。君自身の美しさが一層引き立っているように見えるよ」


 眩い朝陽に照らされば黄、夕陽に染まれば橙、闇夜に咲くは赤……。


 幼い頃から外の明るさで色味が変わると褒められてきたけれど、ルカの……ルカだけの言葉に胸がきゅっと締め付けられる……っ。

「ありがとう、そんな風に言ってくれて…。私の名前もね、髪の色が由来なの」

「名前が?」

「マリーはマリーゴールドから名付けられたの。黄色や橙や赤の品種がある花。コルチカムの華らしい命名でしょ?」

 産まれた時から国の華として育てられる宿命。私は誰かに育ててもらわないと生きていけない、そんな名前。

「マリーゴールドからか。僕はコマドリからかと思ったよ」

「コマドリ………???」

 コマドリ、コマドリ、コ()()……。マリーに行き着くにはかなり無理矢理だけど、何だろう。鳥かしら。

「鳥の名前さ。頭部の羽衣だけで橙や赤褐色など繊細な色を持つ小さな鳥でね。翼や胸部の色もまた別なんだ。見た目の美しさも然ることながら、鳴き声もまた心に染みる透明感のある音色らしい」

「あなたは見たことあるの?」

「実際には見たことはない。コルチカムには居ない鳥だからね。遠い異国、ジパングに生息しているらしい。図鑑に絵なら描いてある」

「図鑑があるの!? 見てみたいわ!」

「今日はもう夜も更けている。明日書斎を案内するよ」

 明日………。

 明日、ルカと一緒に鳥の図鑑を見る。ただそれだけなのに、特別な明日になりそうなんて胸が弾む。

 こんなにも、こんなにも………。

「明日が楽しみなんて思えるの、初めてだわ。いつもはただただ姫で在り続けた1日が終わるのをほっとしていただけだから、夜なんて」

 黒曜石の床に散りばめられた星の輝き。それを見ただけで、今宵はなんて美しい夜なのだろう、とコルチカムに産まれたことを喜べる。そう、心から。

「私、魔王城に居る間、全く着飾ってなかったの。産まれてからこんなの初めて。”私が生きてる……“って、心からそう思える1日だったわ」

 コルチカムの華ではない、単なる私が魔王城で手の洗い方を注意されて、床に糸くずを落として掃除をして、美味しい手料理を食べて……。


「生きているのが幸せってこういうことなのね」


 私が生きる、私として生きる………17歳になってようやく知れるなんて、あまりにも遅いかしら。

「…………家に運命を縛られる苦しみは僕にも多少はわかる」

「あなたも……?」

 どんな縛りがあるのかしら。そうか、マオウ家としてコルチカムの危機が訪れた際は私を攫う役目があるのね。

「だが、そのおかげで僕達は出会えた。そうだろう?」

「あ……」

 その通りだわ。私がコルチカムの華でなければ、彼が魔王でなければ、出会うことはなかった。

「おやすみ、マリー。良い夢を」

 そう言うとルカは私の髪の毛先を彼の手のひらに乗せ、そっと唇で触れた………。

 そして髪を降ろすと黒い背を向けて黒曜石の階段を降りて行った。


 ――――闇の中の髪は紅く、まるで真紅の唇。


 彼が言った言葉を思い出す。まるで、まるで、口付けされたみたいだわ。

 期待、してしまいそう……。

 期待……? 期待ってどんなことを私は彼に望んでいるの……?


 部屋に入るなり服を脱ぎ捨てて、下着姿でベッドに飛び込んだ。お城では絶対に許されない。

 遠くから海が奏でる波の音が聞こえ、素肌が羽毛布団の温もりに包まれながら私は魔王城で初めての夜を過ごした。

  

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