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 風光明媚(ふうこうめいび)の国、コルチカム。一年中四季折々の花々は美しく開花し、国民達もまた心が荒む事無く煌びやかな国で誰もが絶頂の幸せを日々抱きながら生きていました。

 そう、ここは幸福の国。

 国の中心に建立する純白の城もまた、王族や城に出入りする者達も笑顔が咲き誇る。

 そして、若き男女の恋心もまた咲いていたのでした。国で一番美しき姫と国で一番勇敢で清らかな心を持つ勇者が互いに恋に落ちるのも一瞬。二人は愛し合い、周囲も仲睦まじい二人を温かな気持ちで見守るのでした。

 けれども、幸福な時間に終わりが来るとは、誰もが思ってもいなかったことでしょう。

 突然国中に未知の疫病が広がり、幸福に満ち溢れた人々はやがて苦しみ悶えていったのです。

「この病はかの者による呪いだ」

 不安な日々を過ごすコルチカムの国民たち。

 しかし

「いつか幸福は戻って来る」

 そう信じ、人々は病と懸命に戦うのでした。

 けれども、まさかの恐ろしい不幸が訪れたのです。

 コルチカムの最北端、灰色の空、海を背に断崖絶壁にそびえ立つ黒き魔王城。そこに住まう魔王が苦しむ人々を嘲笑い、人手が減った警備の隙を見て、国の美しき宝、姫を魔王城へ攫って行ってしまったのでした。そう、疫病の呪いも魔王によるものだったのです。

 悲しみに暮れる王と王妃。姫を愛する勇者は奮い立ち、たった一人で発ったのでした、魔王城へと。

 勇者と魔王の激闘の末、魔王は敗れて命を落とし、勇者は愛と勇気の力で姫を取り戻し、魔王による呪いは解け、再びコルチカムに幸せの花々が咲き誇ったのです。

 そして姫と勇者は結婚し、いつまでもいつまでも幸せに暮らすのでした。




「マリーお姉様、タイム様がいらっしゃったわ」

 ドアをノックしてやって来たのはステラ。緑の艷やかな長い髪を上に一つにまとめ、頬をほんのりと染めながら小さな声で知らせてくれる、可愛らしい私の妹。顔も勿論可憐で美しい。愛くるしい卵型の顔、鼻筋は通り、お目々はおっきくって、まつ毛はちょっとメイクしただけでふっさぁだし、首をわざとじゃなく素でちょっと傾げちゃったりする、男心も姉心もきゅんきゅんに悶えさせるTHE KAWAII!!!

 あぁ頭なでなでしまくりた〜い! でもね、こんな姉でもちょっと気付いているんだな。素で可愛いステラでも意識して髪をまとめている理由にね。

「教えてくれてありがとう、ステラ。すぐに行くわ」

 でも私は心の目を閉じる。それが幸せだから、この国にとって。


 自分の部屋を出て私は歩く。姫は勇者の元へ。

 眩い朝陽に照らされば黄、夕陽に染まれば橙、闇夜に咲くは赤、花のように繊細な姫の長い髪が揺れるのは、まるで勇者を待ち望んで弾む恋心の様。

 絢爛な城内の螺旋階段を足早に降り、城内の使用人達は姫が転倒しないか心配しつつも、早く勇者の元に駆け付けたい乙女心にほっこりしながら見守る。

「マリー!」

 彼女に駆け寄るのは勇者。瞳は希望に輝かせ、少年のように満面の笑みを浮かびながら。髪は若草色のショートヘアー。前髪を少し上げたハーフアップの髪からくっきりと見える顔は目も大きく、鼻筋も美しく通り、彼をひと目見ただけで乙女心が奪われてしまいそうな美貌。

 階段下の大広間で待ち切れなかった勇者が階段を駆け上がり、途中で二人は落ち合う。二人共に息を弾ませながら。


 勇者は姫を抱き締めようと腕を広げ…………


「タイム様、お手を清められましたか!? 貴方の健康を祈って私が直々に手洗い場を磨きましたの♡ 少しでも貴方のお役に立ちたいと思って精一杯頑張りましたわ!!」

 手も洗わずに城内にずんずん入って来るんじゃねーよ!

 そう、今この国は感染病が横行中。なのにこの男は大概手洗いもせずに来やがる。

「おお、すまないマリー。君に会いたさに手を清める事さえ忘れてしまったよ」

 忘れるなぁあああ!!

 城内には国王だって居るのよ!? 毎回毎回忘れるんじゃないわよ、こんのデリカシー無しが!!

「手洗い場まで案内してくれないか。君が磨いてくれた手洗い場で僕の手を洗ってもらいたい」

 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理。

「まぁタイム様。嫁入り前にそんな恥ずかしい事は出来ませんわ………そういうのは、その……夫婦になってから……♡」

「マリー……! その恥じらいでさえ愛おしく僕の心が」

「待ちきれませんわタイム様。清らかになった手で私を抱いてくださいませ♡」

「そうだな、マリー。すぐに戻る!」

 ようやく階段を降りたタイム。

 あっぶなぁ、洗っていない手で抱き締められるところだった。

「はぁ………」

 愛情なんて無い。私は国で一番美しい姫、彼は一番勇敢な勇者、だから結ばれる宿命。

 断ればどれだけの人が悲しむのだろう。

 お父様、お母様、タイム、使用人達、国民達………。この国が涙で溢れてしまう。

 しかも今は皆が疫病に戦いながら苦しんでいる。

 これ以上この国の幸福感を減らすわけにはいかない。せめて姫と勇者が仲睦まじいという幸せを、皆の心に……。


 ガッシャアアアアアン!!!!!!!!


 何!?

 頭上からガラスの割れた音!? ステンドグラスの窓が砕かれて、色とりどりの破片が散らばっていく。


 プシュウウウウウウウウウ!!!!!


「けほっけほっ!!」

 今度は黒煙!? 何!? どうなっているの!?

「怖い。誰か助けて」

 ステラの声!

「ステラッ! ステラぁ!」

 視界が真っ黒。手探りで階段を上っていかないと。大切なステラを守らなくちゃ!


「見つけた」


 低い声。突然、闇の中で何者かにお腹を抱きかかえられた。

 でもどうしてだろう。落ち着きのある魅力的な声だとも思うし、気品さえ感じられる優しい抱き方だなんて感じてしまう。

 もしかして私を逃がしてくれるの? 幸せと偽りの姫から。


「我は魔王!!」


 ………………え。


「コルチカムに呪いをかけた魔王なり!!」


 ちょいちょいちょいちょいちょいちょい!?!?

 この手の主ってもしや……!?


「いやぁあああああ!?!?」

「マリー様!!」

「コルチカムの華をいただく!!」

「離して離して離して離してぇええええ!!!」

「っ!? 暴れるな!!!」

 確かにこんな絵に描いたようなお姫様業なんて辞めたいわよ! でも、でも………!!

 魔王に攫われるのは話が別!!!!!

「マリー!!!」

「タイム様!! ここよ! ここよぉおお!!」

「いでっ! 痛っっ!! 足を踏むな!! くそ、名乗りはこれくらいにしておくか…!」

 今度は何か……お腹と肩に巻き付けられてる!? まさか触手!?

「姫を返して欲しければ」

「いやぁああ!! 変態!!」

「痛っ!!! 誰が変態だ!? 大人しくしろ!!」

「触手プレイとか無理だからぁあああ!!!!」

 私の初めての相手が魔王とか触手とか無理ゲー過ぎる!!!

「むぐっっ!?!?」

「これ以上喋るな……これもこの国の幸福のためだ……!」


 国の幸福のため…………?


 耳元に届いたのは囁き声、そして温かみのある僅かな吐息。

「魔王! 僕の姫を離せ!!」

 黒煙に紛れるタイムの叫び声よりも、貴方の方に安らぎを覚えるのは……何故。

「コルチカムの最北に来るがいい! 我が城にて迎え撃とう、勇者!」

 

 フワッ。


 え、嘘、足が階段から離れ………


 シュゴオオオオオオオオオオオ!!!!!


「!?!?!?!?!?!?!?」

 浮いたぁあああああ!?!?!? すっごい勢いで高く飛んでない!? どこまで飛ぶの!?

「マリいいいいいいいいぃぃぃぃ…………!!!!」

 タイムの叫び声がどんどん遠ざかって行くわ!

 風音がびゅうびゅくと響く。黒煙の先にまるで異世界が繋がっているかのように!


「高い所が苦手なら目を閉じていて」


 黒い視界から光が訪れる。

「………綺麗っ!」

 初めて見る、空中からのコルチカム。

 白い城はおとぎ話の世界みたいに小さく可愛く見え、人々が暮らす家々の屋根はどれも茶色で温もりがあり、何よりも国を守るかのように広がる森林や花畑が自然の偉大さを物語っていた。

「フッ、誘拐されても随分呑気な姫君だな」

 そうだ、今私は魔王の触手に縛られ、恐らく頭上では恐ろしい翼で連れ去られているはず……!

 だけど……………。

 肩も腰回りもがっしりガードされてる。黒くて頑丈そうな……。

「ベルト?」

 恐る恐る魔王の顔を見るべく見上げると………。


 黒髪と黒い瞳の青年。

 視線を前に向け、昼間の陽に照らされて髪も瞳からも白い光となって反射され、眩しい。


 そしてその上には翼じゃなくて、黒くて横長の布っぽのがふわりを空気を含んで、そこから幾つもの紐が魔王に繋がっていて………。

「パラグライダー!?」

 魔王っていうか、普通の人間じゃん!? 牙とかも無いし、角も無さそうだし、服も黒くて目立たないモン着てるし、何なのこの人!?

「大きな声を出さないで欲しい。かなり上まで上昇しているとはいえ、国民には見られたくない」

「魔王城とやらに着いたら話してくれるのかしら、今回の経緯について」

 顔を真上に向けると、青年は口を閉じて困った顔を見せた。

「国の宝華と聞いていたが、とんだじゃじゃ馬だ……」

「話してくれなかったら全力で叫ぶ」

「わかった。着いたら話すからいい加減大人しくしてくれ」

 これでよろしい。条件通り、大人しくしておきますか。


 風が心地良い。


 足裏から頭のてっぺんまで全身で風を感じる。眼下に広がる美しい国。疫病が流行っているなんて全く見えない。人々の幸せそうな笑い顔も、声も、祝福も、何もかも聞こえない。

 私の耳に聞こえるのは風、空を飛ぶ鳥達の鳴き声、そして魔王の彼の息遣い。

 やがて人々が暮らす家々が見えなくなり、一面に森が広がった。

「………どうかした?」

 両腕を広げ、少し顎を前に突き出す。胸を張り、堂々と。

「鳥みたいでしょ! 民家が見えなくなったらやろうと思ってたの」

 ………………あれ、無反応? 子どもみたいって呆れられたかな。

「鳥、か。色鮮やかな羽根で空を舞いそうだな」

 偽りがない、そう思った。

 姫だからって変に引き立てようともしていないし、呆れて蔑んだ言い方も含んでいない。


 ザザァ…ザザァ…………。


「あれは何?」

「あの黒い建物が魔王城」

「違う! 後ろの青いの!」

 永遠に広がる青くて巨大な水たまり!? 風に揺らされているかのような音が微かに聞こえる。

「海だよ」

「あれが海なの!? 初めて見る!」

 あそこに魚が住んでいるのよね!?

 海って湖よりもちょっと広いぐらいなものかと想像していたけれど、全然比べ物にもならないくらい広くて大きい! 陽に当たってるからなのかな、宝石よりも白くキラキラ光って眩しい!

「そろそろ降りる」

「わ!?」

 魔王が紐を操りながらどんどん下に下がっていく。草が生えていない、ゴツゴツと硬い肌を見せる岩へと。

「足を高く浮かせるんだ! 着地する時に足を持って行かれる」

 なんと!?!?

 素直に膝を曲げて足を浮かせていると、ズザザザザァァァ!! と大きな音を立てて空中散歩は幕を閉じた。

 魔王と密着していた腰回りのベルトが外され、肩の紐も抜けていく。ようやく自由に動ける。

「すごい音したけど、大丈夫? 怪我は?」

「平気さ。さぁ、しばらく城に幽閉されてもらうよ、お姫様」

 ニヤリと悪戯に笑う顔さえ…………不覚にも心臓が跳ねてしまいそう。私よりも少し歳上かしら。背もタイムよりもずっと高いわ。頭も瞳も服も靴も黒で統一された彼はシュッとスマートに映り、切れ長の目は妙に大人の色気さえある。国中の女の子が見たらきゃあきゃあと取り囲みそう。

 目の前にあるのは魔王城の高き入り口の扉。魔王が帰城すれば扉が勝手に開く…………事もなく、彼が両手で押しながら観音扉の片側を開いていった。

 魔王城………薄暗くて、蜘蛛の巣とか張りまくっているのかしら。まさかホコリまみれのベッドで眠るとか!? コウモリやネズミがそこら中に居る中で食事もしないといけないの!?

 今更だけど誘拐されるのやめたくなってきた。

数ある作品の中からご覧下さりありがとうございます。

ちょっとした長さの物語を書きたくて、自分のだらしなさを参考資料に書きました。

最後まで読んでいただけると嬉しいです。

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