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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第二部 少年期教会編
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94 震える死者8

 翌朝、目を覚ますと、ベッドの横には心配そうに目尻を下げた表情で俺の顔を覗き込むロビンとアシタの顔があった。


「……」


 昨夜は眠れそうになく、結局は薬を使って無理に休んだ。

 エヴァの姿はもうない。

 必ず駆け付けるから、三日間待てと言った上で、アビーには今後訪れるだろう天然痘の脅威と対策について詳しく書き綴った書状を持たせて帰らせた。


 神力、気力共に充実しているが、気分は最悪だ。

 俺は静かに言った。


「ロビン。アシタから説明を受けたか?」


「は……」


 パルマ、引いてはこのザールランドに疫病が発生する。いや、既に発生している。アシタは、ロビンには絶対に内緒だと言っていたが、そんな悠長な事は言っていられない。


 ロビンは膝を着いた格好で頭を下げ、静かに俺の言葉を待っている。


「パルマを封鎖したい。出来るか?」


「……申し訳ありません。私の力では無理です……」


「いや、無理を言っているのは分かっている。では、寺院に強く警告しろ」


「はい」


 パルマに未曾有の脅威を持つ疫病が発生する。ロビンはその事の意味をきちんと理解している。俺を見つめ返す視線は真剣そのものだ。


「……寺院では、どうだった?」


「……正式に、ディートさんに対する召喚の命令が出ました……」


 瞬間的に、俺は激昂しそうになった。


「そんな暇はない!」


「はっ!」


「暇人共に伝えろ。俺には、お前らと遊んでいる暇など一切ない。いち早くパルマを封鎖しろと。行け!」


「は!」


 ロビンは即座に立ち上がり、振り返る事なく俺の寝室から出て行った。


 その後はアシタに手伝ってもらい、速やかに神官服リアサを身に纏う。


「アシタ。ロビンには責められなかったか?」


「い、いや、素直に話したら、怒らなかった……多分だけど、ロビン姉ちゃんは嬉しかったんだと思う……」


「よく分からんな」


 そう言って寝室を出る俺の後ろにアシタが続く。


「あんたは隠さず、ロビン姉ちゃんを頼ったからな。ロビン姉ちゃんは、それが嬉しかったんだと思う……」


 俺は鼻を鳴らした。


「単純なヤツだ。それより、アレックスとアネットを多目的室に呼んでくれ。あの二人にも事情を説明したい」


「わ、分かった……」


 そこでアシタとも別れた俺は、惰眠を貪るマリエールを叩き起こして――まだ寝巻き姿だったが――二人でオリュンポスの多目的室に向かった。


◇◇


「はあ? なにそれ!」


 最早、パルマでのパンデミックは避けられない。オリュンポスがその影響を受けるのも時間の問題だろう。それを説明した時のアネットの第一声がそれだった。


「……」


 一方、アレックスは顎を擦りながら冷静に事実を受け止めている。


「俺は予定通り、ヒュドラ亜種討伐を目指す。お前たちはどうする?」


 そこで、アレックスは驚いたように顔を上げた。


「へえ……それでもやるのか。あたしは、てっきりあんたは抜けて、パルマに飛んでくのかと思ったよ」


「一度決めた事だ。変えられるか」


 それだけじゃない。まず、闇に潜む大蛇を狩れと、あのしみったれた女が言ったのだ。備えろ。そして力を得ろと。つまり、今の俺の力ではまだ足らない。

 アレックスは、ニヤニヤと不吉な笑みを浮かべている。


「あたしも変わらないね。やると言ったんだからやるよ。アネット、あんたはどうする?」


 そこで唐突に話を振られたアネットは、驚いたように俺とアレックスとを見比べた。


「ねえ、あんたたちって、アホなの? それって滅茶苦茶ヤバい病気なんでしょ? 延期するとか考えないの?」


 俺とアレックスは、揃って鼻で笑った。


「それじゃ、賢いアネットは居残りだな。行くぞ、アレックス。遊びは終わりだ」


「おう。じゃあな、アネット。達者でやれよ」


 そのアレックスの薄情な言葉に、アネットは顔を真っ赤にして、かんかんに怒った。


「――って、あんたバーカ! 行かないとか言ってないでしょ!」


 勿論、アネットが来てくれるのは嬉しいし助かる。マッピングのスキルがあれば、寄り道せずに目的地まで行ける。

 その事とは全く関係なく、俺は言っておいた。


「その方がいい。ダンジョンの方が、まだしも安全かもしれんぐらいだ」


「……っ!」


 アネットは押し黙り、続けて俺はマリエールに向き直る。


「マリエール、やるべき事は分かっているな?」


「必要物資を買い付けて、クランハウスから出ない。結界を張って、極力他者との接触を避ける?」


「そうだ。ついでに遠造のヤツにも情報を共有してやってくれ」


「分かった。エンゾだけでいいの?」


 その他大勢に警告を発するのは寺院の役目だ。俺は未だ子供という事もあり、発信力もなければ影響力もない。


「構わない」


 そこから先は遠造次第だ。俺を信じるもよし。信じないもよし。


「それでは、行くとしようか」


 闇の中、弾け鳴る死が俺たちを捕らえぬ内に。


◇◇


 警告を発する為、寺院に向かったロビンとはダンジョンの入口で合流した。


「暇人共の反応は?」


 ロビンは険しい表情で首を振った。


「まだ起こってもない事に対処出来るかと鼻で笑われました」


「そうか。義務は果たした。その他大勢と共に公正に死なせてやれ」


 そこでは、誰もが死に身を任せる事を学ぶだろう。

 ふと思った。


「なぁ、ロビン。奴等は、アスクラピアとは対話しないのか?」


 その問いにも、ロビンは首を振った。


アスクラピアは、簡単には対話を望まれません」


「エリシャが居るだろう。あいつなら、アスクラピアとの対話が望める筈だ」


 その言葉には複雑な思いがあるのか、ロビンは自嘲気味に答えた。


「あれは他所よその子です。アスクラピアの子ではありません」


 『他所の子』か……アスクラピアが殺せと言う訳だ。


 食糧も買い付けたし、非常用の薬や道具を入れた鞄も持った。ここからは目標達成までダンジョンに籠る事になる。


 アシタには、ルシールに詳しい現状説明と対策指示の手紙を持たせて聖エルナ教会に帰らせた。勿論、グレタとカレンの二人の奉仕活動も打ち切るように指示してある。

 治癒の奉仕活動を始めたばかりだが、聖エルナ教会は封鎖する。

 あそこには、良くも悪くも豚のエサの買い置きがある。ルシールら修道女シスタたちは、警告を信じる一般人たちと教会に引き籠って俺の帰還を待つ。

 俺は言った。


「アレックス。悪いが、俺には時間がない。三日だ。三日でケリを着けるぞ」


 その言葉に、アレックスは不敵な笑みを浮かべる。


「ディート。あんたには悪いけど、燃えて来た」


 逆境に強い事も最強の戦士の条件だ。アレックスの口元は不吉に嗤っている。


「……遂に抜くか、アレックス」


「あぁ、ここからは真っ直ぐ行く」


 俺たちは、ダンジョン『震える死者』に入り、地下二十一層までは直通のエレベーターを使用して向かう。


 石造りの奇妙な玄室。


 部屋の中央部分には石棺があり、そこには一体のミイラが眠る。この『震える死者』に於いて、純然たる死者であるのはこのミイラだけだ。

 そのミイラにアレックスが死の婚約指輪(デス・エンゲージ)をちらつかせ、おどけたように言った。


「よう、マーフィー。二十一層まで頼むわ」


 マーフィーは答えない。


 ずっと死んだままでいる。


 だが、石が削れる鈍い音を立てて玄室全体がゆっくりと下層に沈んで行く。

 このまま、二十一層まで。

 その間に俺は基本的な身体能力向上の術を行使して、リーダーのアレックスは指示を飛ばす。


「ディート、剣のヤツを三人出しな。そいつはアネット、あんたが使うんだ」


 それが先頭グループ。アネットは剣闘士グラディエーターを肉壁に先行し、ダンジョン内の罠を食い破りつつ道を開き、戦闘開始の際はまず、一撃を加える。


 次を行くのはアレックスだ。遂に剣を抜く。両手のオリハルコンは三段階目まで強化されている。その斬撃がどの程度の威力を持つかによって戦闘の明暗が別れる。アレックスはパーティの主力として敵の殲滅を目的とする。


 次いで進む俺は補助と回復を行いながら、パーティ全体の行動を補佐する。


 殿しんがりはロビンだ。

 術者である俺を守りながら、弓を使う狙撃手サジタリウス聖闘士セイントを状況に応じて使い分けながら戦闘を補佐する。


 俺は口の中で伽羅を転がしながら心の中で祝詞を捧げ、静かに祈る。


◇◇


《その者、全にして一つ。全にして多に分かたる》


《その者、多にして全。全にして永遠にただ一つなり》


《アスクラピアの二本の手、一つは癒し、一つは奪う》


《一の中にこそ、多を見出だせ》


《多を一のように感じるがいい》


《そこに始まりと終わりがあるだろう》



 ――ディートハルト・ベッカーの祝詞――


◇◇


 二十一層に到着し、石造りの玄室が静寂を取り戻す。

 俺は伽羅の破片を吐き捨てた。


「では、行こう」


 地獄の蓋が開いている。


いいね、などの応援、本当にありがとうございます。これからも『アスクラピアの子』をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] クッソ面白かったです。マジでありがとう。
[一言] ダンジョンにいるマーフィーというアンデッドというのは、年寄りのゲーマーには懐かしさを感じさせますね。
[一言] 楽しみにしてます
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