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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第二部 少年期教会編
92/310

90 震える死者6

 T字路の中央部分。

 簡易結界を張り、休憩に入った俺は、ロビンに精神攻撃を繰り返した。

 腐肉に塗れ、汚れきった神官服リアサを浄化する事もせず、あえて惨めな姿を晒す事でロビンの同情と動揺を誘った。

 その効果は覿面で、ロビンはそわそわと落ち着きなく何度も俺に歩み寄ろうとし、その度に思い直したように目を背けるという動作を繰り返した。


 俺は汚れた神官服リアサのポケットから伽羅を取り出し、それを口に含んですぐさま吐き出した。味がなければ香りもない。度重なる浄化で香りも味も飛んでしまったのだ。


「……」


 薄汚れた格好の俺は、出来うる限り悲しげな目付きを作ってロビンを見上げたが、当のロビンは固く目を閉じ、顔を逸らして口を噤んでいる。


「……ロビン。伽羅を持ってないか……?」


「持ってません」


 嘘だ。絶対に持ってる。無駄に有能なこいつがあれを持ってない訳がない。その証拠に、ロビンは頑なに俺の方を見ようとしない。


「なあ、ロビン。本当に持ってないのか……?」


「……ええ、一欠片だって持ってませんよ……」


 そう言って退けたロビンだが、頑なに背けた横顔に苦渋の色が滲んでいる。


 まぁ、こんなものだろう。

 あまりやり過ぎると、アネットから非難の声が飛んで来てもおかしくない。そう考える俺だったが、ここで空気を読めない女が一人いる。それは……


「私が持ってるわよ。あげるわね」


 アネットだ。こいつが、何故、伽羅を持っているのかは分からないが、当然のように懐から伽羅の破片を取り出した。


「…………」


 そのアネットを、ロビンはとんでもない裏切り者を見たかのように目を剥いて見つめていた。


「これ、結構いいやつなのよ。私って気が利くわよね」


「あ、ああ……」


 ちらりと横を見ると、アレックスも少し驚いたように目を見開いていたから、これはアネットが素でやっている事だ。示し合わせた訳じゃない。

 そのアネットが、細い指で伽羅の破片を一つ摘まみ、直に俺の口に入れてくれた。

 少しだけ、指先が俺の唇に触れる。

 アネットは、にこにこと笑いながら、同じ指で伽羅をもう一つ摘まみ、今度は自分の口に放り込んだ。


「これ、割と悪くないわね」


「……」


 ロビンは眦を釣り上げ、俺と同じように口の中で伽羅を転がすアネットを殆ど睨むように見つめていた。


 やがて短い休憩が終わり――


 ロビンが、俺にだけ聞こえるように低い声で呟いた。


「……アネット・バロアはクソ女です……!」


 全くだ。


◇◇


 再び十七層の攻略が始まった。

 先行するのは、アレックスと俺のチーム。これは『マッピング』のスキルを持つアネットがいる為だ。少し考えれば分かる事だが、アネットらが先行すれば、アレックスとしてはそのアネットに追従するのが最も早い十七層攻略の糸口になる。そして不毛な妨害合戦の始まりでもある。


 長い一本道の通路を駆けるアレックスは、左右の分岐路で迷わず右に進んだ。


「どうだ、アレックス。勝算はあるか?」


「さてね。でも、十八層に続く道は教えてくれた」


 まあ、そうだろう。アネットからしてみれば、この勝負に勝った所でなんの意味もない。アレックスとの間には、俺やロビンには分からない合図があって、それで意志疎通していたという訳だ。

 俺は口の中の伽羅を吐き捨てた。


「じゃあ、これもアネットの考えの内か?」


「それは違うね」


 短く答えたアレックスは右手を軽く振って生じた衝撃波だけで、目の前に現れた吸血鬼を弾き飛ばした。

 無駄のない動作。破壊するのでなく、ただ吹き飛ばす事で道を開き駆け抜ける。


「あんたの事はお気に入りだからね」


「お気に入り? 俺がか?」


「そうさ」


 その後もアレックスは迷わず進む。曲がりくねった岩肌剥き出しの迷路を右に曲がり、再び現れた左右の分岐路を左に曲がって真っ直ぐ進む。


 突き当たりに頑丈そうな石の扉が見えて来た。扉を抜けた先にエンカウントがあるのはダンジョンのお約束だ。

 俺とアレックスは、扉を挟んで左右に張り付いた。


「アンデッドならあんたがやりな。それ以外ならあたしがやる」


「了解した」


 にっ、と嗤ったアレックスは、次の瞬間、蹴破るようにして石の扉を開き、迷わず突っ込む。殆ど同時に俺も室内に突っ込んだ。

 その目に映ったのは――


「ドラウグだ!」


 アレックスが叫び、すかさず飛び退いて俺に位置を譲る。


 黒く腫れ上がった死体。腐食性のある毒のブレスを吐く厄介者。ゾンビの上位互換。勿論、アンデッドだ。


「太陽が照れば塵もまた輝く」


 『死者の鎮魂』のような祝福程度では足りない。即座にそう判断した俺は、対不死者用の術で対応した。


 『ドラウグ』は全部で十二体居たが、身体中から目映い光が溢れ出し、次の瞬間には粉々になり、光の粒子となって消え去った。

 俺は鼻を鳴らした。


「詠唱までする必要はなかったな」


 詠唱破棄は便利だが、術の効果が落ちる。十一層からここまで戦闘経験がなかった事が俺を慎重にさせた。

 愚痴る俺を、アレックスがドン引きの顔で見つめている。


「……あんたを見てると、真面目に剣を振ってんのが馬鹿馬鹿しくなるね……」


「相性の問題だ。対生物なら、俺は下がってお前を見ていたさ」


 アレックスは肩を竦めた。


「しかも、あんたと来たら、殆どあたしと同時に突っ込んだね。そのクソ度胸は何処から来るのやら……」


 このダンジョン『震える死者』はアンデッドの巣窟だ。ここでは神官の有利性がある。ただ、時折見かける魔法、生物系の魔物が厄介だ。こいつらに対しては召喚兵を使うか、割に合わない強い術を使うしかない。俺の力には偏りがある。


「アンデッドなら俺がやれと言ったのは、アレックス。お前だろう。同時に行かないでどうする」


「いや、そう言ったけどさ……」


 アレックスは大きく溜め息を吐き出した。


「……以前、ウチに居た癒者と、あんたとは違い過ぎてね……」


「俺は神官だ。癒者じゃない。違うのは当然だろうな」


「そうかねえ……」


 ここは中ボス部屋のようなものだろうか。分からないが、とにかくドラウグが占拠していた玄室を抜け、再び駆け出したアレックスの後を追って再び俺も駆け出す。


 ダンジョン奥への進行は奇妙な快感が伴う。次なる未知が探求心を強く刺激する。今は駆け抜けるだけだが、いつか……


 強力な戦闘力を前面に進むアレックスは、散発的に現れる魔物を難なく打ち砕き危なげなく進む。


 アレックスは、ぽつりと言った。


「ディート、今、幾つの術を使ってる?」


「知らん。数えてないが、十二……三ぐらいじゃないか?」


「ふぅん、そっか……」


 迷わず十七層を抜け、十八層へ。おそらくだが、今のところ、アネットたちより早い。階段を駆け下りた所で、アレックスが言った。


「あたしたちの勝ちだ」


「……?」


 勝利宣言にはまだ早い。そう思ったのは束の間の事だ。アレックスは、突然俺を担ぎ上げ、すぐ側にあった扉を開けて目の前の暗がりに突っ込んだ。


「うわっ……!」


 その瞬間は何が起こったのか分からなかったが、滑り落ちる感覚で理解した。


 落とし穴(シュート)だ!!


 長い急斜面を凄まじい速度で滑り落ちて行く。その余りの速度に命の危険を覚え、背筋が粟立つ。


 アスクラピアの術に、落とし穴を回避する『浮遊』の術はない。俺は咄嗟に防御力向上系の術を重ねて予測されるダメージの緩和を図るが……バンジージャンプに命綱なしで臨むようなこの感覚!


「後は任せたよ、ディート」


 そう言って、アレックスは自らの巨躯全体で俺を包み込むように抱き締めた。

 その直後、俺たちは飛び出した大穴から広大な空間に投げ出された。

 俺は恐怖に絶叫した。


「うおおおおおおお!!」


 これは、あれだ。

 ゲームでなら、俺もやった事がある。効率厨がやるあれだ。パーティの損害を無視したショートカット。

 行き着く先は――二十層。

 この瞬間、ロビンとの勝負には勝ったが……広大な『ボス部屋』は、身長二メートルを超えるアレックスが身の丈を超える大剣を悠々と振り回せる間合いが確保された空間だ。


 その高さは二十メートルはあった。


 急斜面の落とし穴(シュート)で加速した俺たちは、ボス部屋の地べたに思い切り叩き付けられた。


「クソッ……!」


 激しい衝撃の後、目眩を振り切って立ち上がると、離れた場所に転がり、ぴくりともしないアレックスの姿が見えた。


 アレックスに庇われた俺は無事だが、二十メートルを超す高所から地べたに叩き付けられたアレックスは間違いなく重傷だ。死んでいてもおかしくない。


 慌てて駆け寄ると、アレックスは大量に吐血しながらも嗤っていた。


「……阿呆が!」


 そう怒鳴る俺の両の手首にとぐろを巻くアスクラピアの蛇が現れる。アレックスは嗤っているが、喋る事も出来ない程の重傷だ。すぐさま術で回復をさせるが……



「おや……男の子かえ……?」



 背後から聞こえた女の声に、俺はゆっくりと振り返る。


「……」


 そこにいたのは、偉大なる不死者ノスフェラトゥ。身に纏う妖艶なドレスは紫色をベースにしたマーメイドドレス。


 率いるは無数の吸血鬼。


 吸血鬼女王バンパイアクイーンだ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] すげえ! 一気に逆転した(*゜Д゜*)
[一言] 天敵が空から降ってきた吸血鬼一同に合掌。
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