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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第二部 少年期教会編
90/310

88 震える死者4

 クランハウス、オリュンポスの広い庭の一隅に、名もなき戦士の墓標がある。

 ここには誰も眠っていない。故に、墓標には誰の名も刻まれていない。

 墓碑銘にはこうあった。


 ――愛しのクソ野郎共――


 これもアレックスらしい。

 遺体すらない墓標を前に膝を着き、俺は長い祝詞を捧げ、戦士たちの為に祈った。


 兜を脱ぎ、静かに黙祷を捧げるロビンの背後には腕組みした格好のアレックスが表情一つ変えず、仲間の墓標を見つめている。


「……悲しむな。やがて夜が来る。そうしたら――冷たい月が嘲笑うのを見て休もう。

 ……悲しむな。やがて時が来る。そうしたら――燃える太陽の灼熱が全てを焼き尽くすのを見て休もう。

 最後に……彼らの頭上に清らかな銀の星が流れる晴れた空がある事を心から祈る」


 その言葉を最後に、俺は戦士たちの墓標に背を向け、ロビン、アレックスの順に踵を返す。


 ただ、アネットだけが何度も振り返り、仲間たちとの別れを惜しむ。


「……悲しむな。彼らの魂は、もう行ってしまった。ここにあるのは名もなき墓標だけだ。

 悲しむな。戦士の魂は勝利によってのみ、眠り安らう……」


 そして、アネットも静かに背を向ける。


 もう、誰も戦士の墓標を振り返ろうとはしない。


◇◇


 その日、オリュンポスのクランハウスに逗留する事になった俺は泥のように眠った。


 膨大な量の魔素の蓄積により、拡張された俺という名の『器』が休息を欲していた。


 そして目が覚めたとき。

 俺の目に、世界はやけに透明感のあるもののように映った。


「……」


 心は落ち着いていて、波風一つ立たない。静かに瞑想すると、身体から溢れ出した神力が辺りを揺れて漂う感覚がある。やがて、それは寝室に充満し、ちょっとした結界のようになって外部の音を遮断した。

 うっすら目を開く。


「……さて、行くか……」


 震える死者が、生まれ変わった俺を呼んでいる。


◇◇


 テラスで摂った朝食の際、アレックスが言った。


「二十層までは二手に別れて進む。ディート、あんたはあたしと来な」


「分かった」


 ロビンはカトラリーに食器を置き、半眼になってアレックスを見て、続いてアネットに嫌悪の視線を送った。

 俺は静かに言った。


「ロビン、大丈夫だ。今の俺は、そう簡単に死なない。お前は、このパーティの一員として、お前のすべき事をしろ」


「……御意。しかし……」


 再度食事に入ったロビンは、いかにも面倒臭そうにアレックスに向き直る。


「アレックスさん。ただ進むのは面白くない。競争しませんか?」


「いいよ」


 そう答えたアレックスは、不信感剥き出しのロビンを見る事もしない。

 そうだ。アレックスはここでリーダー足るに相応しい力を見せなければならない。そうでなければロビンは納得しない。アネットも決戦に及ぶ道中で、本調子に至らないアレックスを認めない。

 ただし、とアレックスは付け加える。


「あんたとアネットの二人で来るんだ。最初にボスをった方が勝ち。負けた方は、勝った方の言う事を何でも聞く」


 ボス部屋に張られた特殊な結界により、先にボス部屋に入った方が事実上の勝利となる。


「結構」


 ロビンは自信満々で笑った。


「……」


 俺は静かに考える。

 仮にだが、ロビンがアレックスと同等の戦士だとすると、パートナーの差が勝敗を決する事になる。

 機動力、スピードで言えば、一流の『レンジャー』であるアネットと『神官』であり、子供の身体の俺とでは比べようもない。この差は大きい。そもそも俺の力は偏っていて、総合力で言うならば、ロビンとアネットのチームが圧倒的に有利だ。


「……」


 ちらりと視線を向けると、アレックスは自信たっぷりにウインクして見せた。


 そして――


「ええい、この馬鹿め! 何故、ああも自信たっぷりに振る舞った!!」


 ダンジョン『震える死者』の十一層にて、力の限りアレックスと罵り合う俺が居た。


「うっせえ、馬鹿野郎! てめえこそさかしらな顔しやがって、方向音痴だと!?」


 ロビンとアネットたちとは、十一層にある二手に別れた通路で別れた。あっという間に姿が見えなくなる程の恐ろしいスピードだった。


 とりあえず、「こっちだと思う」等という不安極まりないアレックスの言葉に従って全速力で進む。


「おせーよ、馬っ鹿!」


「やかましい! 貴様のような筋肉ダルマと、か弱い俺を一緒にするな!」


「か弱いだあ!? どの口でほざいてやがる!!」


 既に補助系の術は行使してあるが、俺とアレックスとではフィジカルに差が有りすぎる。


「やむを得ん! アレックス重ねるぞ!!」


 ロビンとアネットがスポーツカーなら、俺とアレックスのコンビは原チャリ程度のスピードしかない。俺はやむを得ず、敏捷性向上の術を重ねてスピードアップを図るが……

 アレックスが振り返って怒鳴った。


「重ねるってなんだよ!?」


「馬鹿! 前を見ろ!!」


 その直後、急激な敏捷性の向上に対応が遅れたアレックスは、思い切り正面の壁に激突した。


「何やってんだ、馬鹿が!」


「うがが……!」


 剥き出しの岩肌に真正面からぶつかったアレックスは、揉んどりうって苦しんでいる。

 俺たちは何をやっているんだろう。

 パチンと指を鳴らして回復の術を行使すると、アレックスは怒気も露に立ち上がり、大声で叫んだ。


「クソ野郎! そんな事も出来るなら先に言えよ!!」


「やかましい! 余所見したお前のせいだろうが!!」


 そして俺たちは大量のゾンビたちに囲まれてしまった訳だが……


「……覚えていろよ、アレックス……」


 勿論、アレックスが上げた大声が原因だ。


「……てめえこそ怒鳴ってたじゃねえかよ……」


 剣を構え、僅かに腰を落とした姿勢で呟いたアレックスは、すらっと腰に差した剣を抜き放った。

 俺は鼻を鳴らして答え、パチンと指を鳴らす。

 すると、二十体以上は居たゾンビたちは音もなく崩れ去った。


「あ? 何の術だ……?」


「前に見せただろう。『死者の鎮魂』だ」


 ただ祝詞は破棄してあるし、祝福の効果範囲も広くなっている。

 膨大な魔素の吸収を経て、器が強化された俺は、もう以前の俺とは別人だ。全ての術、祝福、体力、神力の面に於いて強化されている。

 アレックスは片方の眉を釣り上げ、嫌そうに俺を見た。


「……第一階梯の神官てのは、バケモンだな……」


「馬鹿言え。生物、魔法系は任せるぞ。アンデッドは任せろ」


 そうして俺たちは、またダンジョンの奥へと駆ける。敏捷性向上の術は三度の重ね掛けが限界だ。それ以上となると、アレックスはともかく、『人間』の俺は反射神経が付いて行かない。

 高速で突き進み、小型の魔物程度なら素手で吹き飛ばすアレックスが呟いた。


「ああ、クソ。ヤベえ……アネットは『マッピング』のスキルがあるんだ……」


 そのアレックスの後ろを駆けながら、俺は頭を抱えて嘆息した。


「……ロビンは『戦況把握』のスキルがある。あいつなら、敵を避けて進む事も可能だろうな……」


 最早、無謀過ぎる。

 俺は、あれだけやって治らないアレックスの短慮を呪った。


「……うぉい、もし負ければ、あの教会騎士は何を要求する……」


「ヤツの性格の悪さは折り紙付きだ。きっとパーティの解散を要求するだろうな」


「マジかよ……」


 だからこそ、負ける訳には行かない。


「……仕方ない。アレックス、別の術を使うぞ」


「またどんな?」


 俺に合わせて進むアレックスには、まだ充分な余裕がある。胡散臭そうに言った。


「こうなっては、お前が剣を抜く間も惜しい。両手にある精神感応石オリハルコンに干渉する」


 これは、ほぼオリハルコン製の両手を持つアレックスにのみ有効な方法だ。本来なら武器強化の付与術を両手に直接使う。


「へぇ……面白そうだな。やってくれ」


「だが、初めての試みだ。どうなっても知らんぞ」


 アレックスは不敵に笑った。


「そうなった時は、そうなった時さあ」


「……そうだな。では……」


 指を鳴らす。すると、術により干渉されたアレックスの両手がぼんやりと光りを放ち始めた。


「異変はないか?」


「ない。でも、強化された実感もない」


「まだオリハルコンとの同調が進んでいないな。取り敢えず試してみるしかない」


 出来うる限りの速度で曲がりくねったダンジョンを駆け抜けるアレックスは、暫く進んだ先にいた屍食鬼グールが一体さ迷うのを見て、ぼんやりと輝く右手でそいつを指差した。


「丁度いいのがいたな」


 駆け抜けるすれ違い様、アレックスは右手の裏拳を屍食鬼グールにお見舞いしたが、その瞬間、予想外の事が起こった。


 裏拳が炸裂したその瞬間、屍食鬼グールはその場で爆発するように弾け飛び、腐った肉を辺りに撒き散らしながら四散した。


 俺とアレックスは腐肉塗れになり、お互いを激しく罵り合った。


「馬鹿野郎! なんだこの威力は! 聞いてねえぞ!」


「知るか! この筋肉ダルマが! お前は手加減の一つも知らんのか! 見ろ、この様を! ああ、クソ! 汚ならしい!!」


 腐肉の臭いと汚れに怒り狂い、急ぎ祝福で浄化して汚れを除く俺を見て、アレックスは腹を抱えて笑った。


「いい気味だぜ!!」


「なんだと!?」


 だが、オリハルコンに直接干渉する事によるアレックスへの負担はなさそうだ。


「水を叩いたみたいな感触だったぜ!」


「……」


 『水を叩いた』ような感触。

 だとすると、アレックスへの負担はごく小さい。更なる強化も可能という事になる。


「このまま行くぜ!」


 以降の戦闘に於いて、アレックスは正に超人だった。素手でアンデッドを砕き、四散させる様は想像を遥かに超えている。


 これで、行き着いた先が行き止まりでなければ最高だった。

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― 新着の感想 ―
方向音痴と脳筋が組んだらだめでしょ
[一言] にゃはは(*^^*)
2024/07/16 19:32 退会済み
管理
[良い点] このコンビ面白いぞw
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