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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第二部 少年期教会編
78/310

76 白蛇

 夢。


 夢を見ている。


 また、ここか。と俺は内心で息を吐く。


 どうやら、しみったれた母は俺に用件があるようだ。


 そして俺は、いつしか闇の中に立ち、怯える事なく目の前の闇と対峙している。


「よお、兄弟」


 少しの距離を置き、現れたのは白髪痩身、めしいの男。しかし兄弟とは馴れ馴れしいヤツだ。だが、それを不快に思わない俺がいる。


 ――白蛇。


 砂と風に擦り切れ、草臥れた外套マント。その下に覗くトーガには剣に巻き付いた蛇の紋様が刺繍してある。『騎士』であると同時に『神官』でもある、世にも奇妙な変わり者。

 その俺の思いを見越してか、白蛇は肩を竦める。


「我らの敬愛するアスクラピアは嫉妬深い。俺をアルフリードに渡すのは嫌なんだとさ」


 そう言って、白蛇は包帯を巻いた両目を虚空に向ける。そのめしいた目は何も見えていない筈だ。だが――


 そこには青いロウソクを持つ青ざめた唇の女が立っていて、僅かな距離を挟んで対峙する俺と白蛇を見下ろしていた。


「――!」


 俺と白蛇は即座に膝を着き、しみったれた母の言葉を待つ。


『……新しい子よ……』


 俺はこうべを垂れ、小さく頷く事で直答を避ける。


 アスクラピアは、酷く物憂い表情で言った。


『……お前はよくやっているが……まだ戦い方を知らない……』


 それは……確かにそうだ。俺は『神官』。戦えない訳ではないが、能力の殆どは癒しの方向に振り切っている。弱ったアレックスを叩きのめした事は当然の帰結であり、あれは戦闘経験とは言えない。


「……」


 沈黙を以て肯定する俺を、アスクラピアは静かに見下ろしている。


 ――静寂。


 やはり物憂い表情で、アスクラピアは言った。


『……そこで……白蛇……新しい子に、少し稽古を付けてやれ……』


「御意」


 白蛇が騎士の礼で答えた瞬間、心臓が激しく高鳴った。


 ――この男の力が見られる。


 『神官』であり、『騎士』でもあるこの男は、間違いなく今の俺より強い。そいつが俺に訓練を付けてくれる。


 気が付くと、俺は嗤っていた。


 持ち得る全ての力をぶつけるとどうなるか。白蛇はどう応えるか。俺の目に何を見せてくれるのか。


 刹那、俺は飛び退いてパチンと指を鳴らして十二の聖闘士セイントを召喚する。


 更にもう一度。念の為にもう一度。とりあえず三六体。


「……気の早いヤツだな……」


 ゆっくりと立ち上がった白蛇は、小さく溜め息を吐いて首を振る。そして――


「身に纏う、錆び付かぬ鉄の魂」


 その短い詠唱と共に現れたのは……のっぺりとした表情に甲冑を纏う『剣闘士グラディエーター』。右手に剣。左手には盾を構えている。それが十二体。


「……馬鹿な。()だと……?」


 アスクラピアは『剣』によって殺された。故に剣を嫌う。

 それに白蛇はこう答える。


「これは俺のオリジナルだ。お前に真似は出来んよ。出来たらまぁ……褒めてやる」


 更に白蛇は二度指を打ち鳴らす。俺と同数の三六体。しかし、召喚された戦士の質は向こうがかなり上だ。


「……アルフリードの加護か!」


 同数で押し合えば負ける。即座にそう判断した俺は次の手を打つ。


「星を射抜く孤独の魂」


 アスクラピアの召喚兵の二。『狙撃手サジタリウス』の召喚だ。聖戦士セイントと同じようにのっぺりとした顔に軽鎧を纏う所は同じだが、手にする武器は弓矢。それを十二体。


「……」


 白蛇は呆れたように首を振る。


「数を揃えれば、どうにかなるとでも思うのか?」


 それには応えず、俺は大きく息を吸い込む。

 そして――叫んだ。



「 動 く な ッ ! 」



 神力を込めた恫喝の正体は『雷鳴』だ。


「む……!」


 雷鳴による攻撃は予想外だったのだろう。隙を突かれた白蛇は怯み、僅かに身体を硬直させる。


「今だ! 撃てッ!」


 その俺の命令に、狙撃手サジタリウスは弓を引き絞り矢を放つ。

 白蛇はポツリと呟いた。


密集隊形ダイヤモンド


 剣闘士グラディエーターが白蛇を中心に集結し、菱形の陣形になって狙撃手サジタリウスの矢を受け止める。

 被害は軽微。召喚兵の損失は三体という所。白蛇は無傷。


「今のは悪くなかった」


 余裕、という訳ではないが白蛇は表情を崩さない。

 勿論、俺は畳み掛ける。

 そこに新たに三二の聖闘士セイントが殺到するが……


「レギオー」


 白蛇は口を動かすだけで、自らは一切動かない。召喚兵を動かすだけで、腰の剣を抜く事はしない。まだ本気じゃない。


 だが、一つ分かった事がある。


 白蛇……こいつは『指揮官』だ。


 ヤツが一言呟く度に、召喚兵は陣形を組み、こちらの動きに巧みに対応する。


 辺りは狙撃手サジタリウスが放つ矢の飛び交う乱戦になり、白蛇は新たに十二の剣闘士グラディエーターを召喚して周囲を固める。


 その動きに合わせ、俺も聖闘士セイントを召喚して周囲を固める。だがそこで……


「む……」


 俺の『部隊』は、白蛇の部隊に半包囲されている事に気付いた。


 元より召喚兵一体の力量差もあるが取り囲まれた事により、身動き出来ない遊兵が生まれた。


 盾を持った剣闘士は、攻撃力、防御力共に聖闘士の上を行く。死兵が生まれた事により、大きな隙を作る事になった聖闘士たちは打ち砕かれ、虚空に消え去る。


「兄弟、遠慮するな。存分に術を使え」


「貴様もな、白蛇」


「そうするとも」


 白蛇は嗤い、その周囲に無数の召喚兵が出現する。剣闘士だけじゃない。聖闘士も居れば狙撃手もいる。様々な兵種を備えたそれは――


 『軍隊』の形成だった。


 俺も負けじと召喚を繰り返し、数の上では劣らぬ部隊を形成する。


 そこで白蛇は右の拳を掲げ、静かに祈る。


「百の勝利。千の栄光は金色に輝き映える」


 召喚兵の強化。そんな事も出来るのかと感心する俺の前で白蛇は祝詞を重ね、更に戦力差を拡大させて行く。

 勿論、俺も負けてはいない。

 白蛇と同じく祝詞を重ね、召喚兵を強化して対抗する。


 天上より、アスクラピアは物憂い表情でこの光景を見つめている。


 押されている。

 形勢は白蛇の優勢であり、このままでは押し負けると判断した俺は、一度手を返し、戦力の集結に尽力した。

 それを悟った白蛇が呟く。


「ファランクス」


 攻撃型突撃陣。猛烈な攻勢が始まり、隙を突かれた事も相俟って勝敗は瞬く間に決した。


 俺は必死に聖闘士を召喚して応戦したが、万事休す。


 神力を使い果たし、せいせいと肩で荒い息を吐く俺の前に、抜剣した白蛇が迫る。


詰み(チェック)


「……」


 俺の喉元に、白蛇の剣が突き付けられた。


「なかなかよかったぞ、兄弟」


「馬鹿め、負けて喜べるか」


 神力を使い果たした俺に対し、白蛇の口元は笑っている。まだ余裕を残している。


 これで、もう一つ分かった事がある。


 白蛇の正体……これは……


 そうでもない限り、この神力の差は説明が付かない。人間が所持出来る神力を超えている。アスクラピアが手離さない訳だ。


 つまり、こいつは……本当に恐ろしい事だが……


 その半分が、人間ではない。


 俺は悲しくなった。


「……馬鹿なヤツだ……」


「……」


 白蛇は口元だけに悲しそうな笑みを浮かべる。


 秋の日射しのように、じんわりと優しくて寂しい笑顔だった。


 俺を見つめるその眼差しは、草臥れた包帯の奥に隠されていて、何も伝えては来ないけれども。


 だが、俺には分かる。この男と何かを共通する俺には分かる。


 白蛇は言った。


「兄弟、俺のようになるなよ」


「ああ……分かった……」


◇◇


 死せよ、成れ!


 その一事を会得せざる限り、汝は暗き世界の悲しき住人に過ぎず。


《アスクラピア》の言葉より。


◇◇


 そして――


 人は何処いずこかへ至ろうとするとき、己というものを諦めねばならない。


 この男には、そこまでしてでも譲れない物があったのだ。

 それが何かは分からない。分かりたくもない。

 俺は俺のまま。俺自身の足でこの道を踏み締めて行く。


 白蛇は、ゆっくりと手を広げる。


「……今は戦おう。俺はそれしかやり方を知らん。お前には伝えたい事が山ほどあるんだ……」


「いいだろう。付き合ってやる……」


 俺の中にはもう、神力の欠片も残っていない。ここから先は一方的な展開になるだろう。元より、人の身でこいつに敵うべくもなかったのだ。


 何度もぶちのめされ、その度に引き起こされて戦いを強制される。

 白蛇は容赦なく俺を苛む。

 アスクラピアの作り出したこの擬似的空間に於いて、俺は死ぬ事も逃げる事も出来ない。


「違う。その術はそう使うんじゃない」


 叩き伏せられ、血反吐を吐きながら戦い続ける。神力を『絞り出す』。


「何をしている。母の手は二本ある。お前の手は一本しかないのか?」


 今は戦い続ける。

 きっと、白蛇の魂は戦いの中で練り上げられたのだ。

 ある時は『騎士』として。

 ある時は『神官』として。

 合わせて十の徳と十の戒め。それらの上に白蛇の力は成り立っている。


「考える前に先ず動け。戦いの場に於いて、出遅れる事は何より致命的であると知れ」


 アスクラピアは、対峙する俺たちを見つめている。


 生きるのに飽いたような物憂い表情。


 その髪に星が舞っている。


 女の名は――死。或いは……


 白蛇は「俺のようになるな」と言った。だが、俺の進むだろう道の遥か先にこの男がいる。

 おそらく……

 俺は何かを与える代わりに、何かを奪われながら、この道を進むのだろう。


 そう。白蛇のように。


 だが、願わくば……


 頭上に輝く清らかな銀の星が、新たなる道を指し示しますように……

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >>元より召喚兵一体の力量差もあるが取り囲まれた事により、身動き出来ない死兵が生まれた。 死兵は死に物狂いで戦う兵の事なのでこの場合は違うかと… 役に立たない、機能しない兵なので遊兵…
[良い点] 兄弟水入らずだけど、兄は人外に至り、弟は中の人がチェンジしているし・・ 凄まじい兄弟だ。 白蛇とヤンデレにゃんことの御子様は登場するのかなぁ(^^;
[良い点] 最新話まで読了いたしました。雷鳴等信仰による唐突な癇癪に苛まれ人格に悪影響をきたしつつも、あくまでも借り物の力に頼り切りになる事なく足掻くディの生き様が素晴らしいです。 説得力を持った人間…
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