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アスクラピアの子  作者: ピジョン
幕間 女王蜂

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47 女王蜂4

 その後、拉致されるように訪れたオリュンポスのクランハウスで、あたしたちは、力のある神官の存在が、どれほど恐ろしいかを懇々と聞かされた。

 アレックスは忌々しそうに言った。


「分かるか? あいつの言葉には力がある。適当に言った事でも実現する可能性があるんだよ!」


 てめえが撒いた種だろう。

 そう言ってやりたかったけど、弱いあたしたちは黙って聞く他に道がない。


 その場にはエルフの魔術師が居て、興味深そうに話を聞いている。


「おい、マリエール。どう思う?」


「……」


 マリエールと呼ばれたエルフは暫く考え込み、それから言った。


「……あの子の好きな物は?」


「え?」


 何故、そんな話になるのか分からなくて思わず聞き直すと、アレックスが怒鳴り声を上げた。


「こっちが聞いたら、お前はすぐに答えるんだよ!!」


「す、好きなのは、きゃ、伽羅です。あ、あと、宿にすごく拘ります……」


 答えたのはエヴァだ。

 猫人ワーキャットの卑怯、惰弱には付ける薬がない。

 近い内に思い知らせてやる。

 あたしは、マリエールとか言うエルフ女の質問には何一つ答えなかったけど、エヴァの馬鹿が全てを洗いざらい話した。


 ――クソがッ!


 そして、神官の居る場所に『教会騎士』の姿あり。あたしらみたいなスラムのガキでも知ってる有名な格言だ。


「何をどうしようと、あのディートとか言うガキは、必ず教会に行く羽目になる。お前らも教会騎士のヤバさは知ってるだろう」


 ――教会騎士。

 アスクラピアの教会に所属する究極のイカれポンチ共。アスクラピアの神官大好き。神官の居る所に必ずや教会騎士の姿在り。こいつらに理屈は通用しない。


「……」


 アダ婆の最期の言葉が脳裏を過って消えていく。


 ――アスクラピアの手に委ねろ。


 ――手に負えない。


 ――これも運命。


「正式な認定を受けたが最後。あいつは、お前らが逆立ちしたって手を出せるような存在じゃなくなる」


「……」


 アレックスの言う事は正しい。でも、あたしはあたしの『運命』を手放すような間抜けじゃない。

 マリエールが頷いた。


「アネットの予想通り、彼が本当に第三階梯の神官なら、貴女たちは、全員、教会騎士に殺される」


 そこでエヴァは泣き崩れ、アシタとゾイは困惑して目を泳がせている。


「なんか言え、コラ。お前が親分だろうが」


 アレックスの言葉は段々荒っぽさを増していく。ディの言った通り、これじゃチンピラヤクザと変わらない。それとも……ディの『言葉』の影響だろうか。


 あたしも身に滲みた。

 『神官』ディートハルト・ベッカーは恐ろしい存在だって。

 だからこそ離さない。ディはあたしのものだ。虎の子だ。あの子がいる限り、あたしの可能性は無限だ。


「あたしから、あんたたちに言う事なんて何もないね」


 例え殺されたって喋らない。あたしのディの事は何一つだって教えない。

 でも、その覚悟を無駄にしてくれたのはエヴァのヤツだ。余計な事まで、べらべらと本当によく喋った。


 三日間のお告げを受けたディが、目を覚ましたその日の内に、けろっとしてヒール屋を始めた事。口の中に含むぐらい伽羅を愛用する事。ドワーフのゾイを気に入っていて、側に置きたがる事。『夜の傭兵団』が打ち捨てた死体の中に埋もれるみたいにして気を失っていた事まで全てを話した。


 あたしは、エヴァをぶっ殺したくなった。


 あたしは一言だって話さなかった。アシタもゾイもビビってたけど、それでも一言だってディの事は言わなかったのに。


 ――このメス猫は……!


◇◇


 そして朝になり――

 助けの手はやはり、同じ所から差し出される。


 ディを気に入ったアネットとかいうハーフエルフの女の部屋で休んでいたディが目を覚まし、有無を言わさず大声で叫んだ。


「アビー! アビー!! 近くに居るなら来い!」


 それは、離れた場所に居るあたしたちにも聞こえるぐらいの凄まじい怒声だった。

 女エルフがぽつりと言った。


「やばい。雷鳴が出る」


「……!」


 『雷鳴』と聞いて、アレックスは鼻白んだ。ディの怒号は凄まじく、初めて雷鳴を聞くあたしですら嫌な予感がした。


 あたしの『勘』が言ってる。

 今のディは、頗る付きのヤバさだって。近寄らない方がいいって。


 目の前のアレックスが両手を上げて、言った。


「降参。参った。昨日の事は見なかった事にするから、あいつを抑えてくれ」


 あたしはすぐさま席を立ち、アシタを伴ってディの下へ走った。


 ゾイは……意外な事に、ぼんやりとした表情であたしたちを見送った。


 ゾイはディに特別な感情を持っている。でも、ディは手の届かない存在だって分かって――諦めたように見えた。


 あぁ、こいつの想いはその程度なのかって、あたしは少し安心すると同時に腹が立った。


 ――役立たずがッ!


 蹴破るようにしてハーフエルフの部屋に飛び込むと、ディは怒り狂っていて、ハーフエルフを激しく罵った。


「失せろ、この売女が! 俺がお前に身の回りの世話を頼んだか!? アビー! ああアビー!! 返答次第ではお前でも赦さんぞ!!」


 嫌なとばっちりだ。あたしの勘は、この時も当たった。良くないものほどそうだ。本当にヤバい時ほど、あたしの勘はよく当たる。


 これはヤバいやつだ。

 その『売女』って言葉が、目の前のハーフエルフにどんな影響を与えるか少し興味があったけど、あたしの勘は、今すぐディをなんとかしないと大変な事になるって言ってる。


 その後、なんとかディの怒りを収めたあたしは、改めて筋肉ダルマのアレックスと会話を持つ事になった。

 その会話の席で、アレックスは疲れたように言った。


「刷り込みの影響かどうかは知らんが、あいつは筋金入りだ。話は全部、お前としろだと」


「……」


 やっぱり、ディはあたしのものだ。あたしは一編に気分が良くなって、でもそれは面に出さずに、アレックスから顔を背けた。


「クソガキ……!」


 あたしの態度に苛立ったのか、腰を浮かせたアレックスに、マリエールとかいうエルフ女が耳打ちして、アレックスは鼻息も荒く再び椅子に腰を下ろした。


 自らを落ち着かせるように深呼吸を繰り返すアレックスは机の上で手を組み、静かに言った。


「あいつと契約したい」


「……」


「その見返りに、一日に付き銀貨五枚とパルマの貧乏長屋一棟をタダでくれてやる。どうだ?」


「……っ!」


 この時のあたしは馬鹿だった。

 目の前に突き出された条件は、あたしにとって破格の価値があって……飛び付いちまった。


 結局、あたしはこの場で結んだアレックスとの契約を長い間後悔する事になる。


 だってそうだろう?

 あたしは、小金でディを売ったようなもんだ。それを、当のディに指摘されるまで気付かなかったんだ。単純な引き抜きだって分かってて、それでもこの契約を受けちまった。あたしらの間に不穏を撒き散らす思惑があったなんて、この時は思いもしなかった。


 本当、とんだ間抜けだ。


 ディが呆れるのも無理ない。あたしらに三下り半を突き付けるのも無理ない。


 本当、とんだ間抜けだ。


 そんな間抜けなあたしだから、エヴァはディに対する反発を止めないし、ゾイがそのエヴァを叩きのめしてディとの信頼を固い物にしちまう。


 そんなのだから、あたしを甘く見てるアシタの間抜けは、エヴァが叩きのめされる所を、ぼんやりと指を咥えて見てたんだ。


 あたしが全員に思い知らせてやるって思ったのは、この時だ。


 アシタ、ゾイ、エヴァ、そしてアレックス。


 こいつらには、絶対に地獄を見せてやるって覚悟を決めた。


 でも、その覚悟はまだ甘かったんだ。あたしは即座に契約を打ち切って、ディを何処かに隠しちまうべきだったんだ。


 ディの言う通り、あたしには半端に甘い所がある。それを知るのはすぐの事だ。


 神さまよぅ。


 そりゃあんまりだよ……


 あたしの、この半端な甘さの代償が、ディの寿命二十年?


 あたしは、銀貨千枚ぐらいの小金で、ディの寿命を売ったんだ。


 ただでさえ、弱っちい人間は百年もしない内に死んじまうのに。それが――


 ――二十年!


 ――――二十年!!


 ――――――二十年!!!


 あたしのディが! 二十年も早く逝っちまう!!


 ディが呪詛返しで寿命の二十年を失ったその日、あたしはあたし自身の間抜けさと、役立たずのゾイとアシタに怒り狂った。


 あぁ、人ってのは、結構簡単に狂うもんなんだねえ……


 その日、あたしは発狂した。

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