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アスクラピアの子  作者: ピジョン
幕間 女王蜂
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46 女王蜂3

 アダ婆に宣告を受けたディは、三日間も寝込んだ。


 あたしが『悪党ローグ』の宣告を受けた時は丸一日だった。これでも、無茶苦茶長い『刷り込み』だ。


 力の『刷り込み』は、長ければ長い程いいけど、ディのそれは長過ぎる。『聖者』クラスの『刷り込み』だ。今は子供だから大した事はないだろうけど、成長して大人になれば、神官として凄まじい力を発揮するだろう。


 でも、その刷り込みに耐え切れなければそれまでだ。


 滅多にないけど、あまりに長い『刷り込み』が、そいつの命を奪っちまう事だってある。


 あたしの運命は膨らむと同時に萎みつつあった。

 金はこういう時こそ使うんだ。

 あたしは全財産をはたいて、ディの為に宿を取った。あの汚ならしい下水道でディを死なせる訳には行かない。少しでも体力の低下を防ぐ為の措置だった。


 アスクラピアは余程ディを気に入ったんだろう。刷り込みは三日間にも及び、ディは漸く目を覚ました。


 あたしは安堵した。財布の中身はすっからかんになっちまってたけど、それでも安堵した。


 そして、あたしの想像を超えてディは動き始める。


「金の宛はあるか?」


 本当なら、もう少し休ませたいってのが本音だったけど、ディは……あたしのディは止まらない。


「俺がやると言えば、方法はあるか」


 アスクラピアの『刷り込み』が長過ぎたせいだろうか。あたしより五つも年下の癖に、ディと話していると、大人の男と一緒に居るような頼もしい気持ちにさせられた。


「アンタがそう言うなら、うん!」


 ディが寝込んでた三日間、あたしは何もしてなかった訳じゃない。年長組……特にアシタとエヴァとゾイには『神官』の特殊性と有用性について口を酸っぱくして聞かせていた。

 あたしは言った。


「ディ、これからアンタがNo.2だ」


 こいつの上には『あたし』だけだ。仲間にだって邪魔させない。弱っちい純血の『人間』だから、大切にしなきゃいけない。


「……」


 ディは答えず、右手でアスクラピアの聖印を切った。


 『聖者』クラスの『刷り込み』をされたディの祝福だ。今は子供でも、この祝福には恩恵がある。


 ディは、あたしの想像を超えて頑張った。

 目を回し、大汗を流しながらその日は銀貨二枚に銅貨五枚を稼いだ。

 そして分け前はいらないと言う。

 ディは金に関心がない。

 静寂が守られるいい部屋と、しっかりした食事以外に求める物はない。あたしには都合が良すぎて、何が起こってるのか分からなかった。


 ただ一つ、気に入らない事を上げるとしたら、ゾイを気に入って側に置きたがった事だ。


 確かにゾイはいい子だ。器量もいいし、気立てもいい。頭だって悪くない。でも、あたし程じゃない。


 ディにご指名を受けたゾイが、一瞬だけ笑って、あたしは苛々した。


 あたしは一つ勘違いをしていた。偉そうな口振りも態度も、アスクラピアに受けた長い刷り込みのせいだって思ってた。

 でも違う。

 金なんていらないって言うから、あたしはディを都合よく勘違いしちまったんだ。

 ディは人間のままだった。

 アスクラピアに、あれだけ強い刷り込みを受けて尚、独りの人間として自我を保っていた。その証拠に、この時にはもうアシタの事を嫌っていた。


◇◇


 その日も宿を取る事が出来、ディとゾイの二人が個室に引き取るとエヴァとアシタの不満が爆発した。


「ビー! なんだって、あいつらだけが個室なのさ!」


「そ、そうだそうだ! ビーは、新入りには護衛であたいも付けるって言ったのに!!」


 ゾイの勝ち誇ったような笑みが頭から離れない。あたしは苛立っていた。


「うるさいねえ、あんたらは……!」


 あたしは容赦なく、この馬鹿二人を殴り付けて鬱憤をぶちまけた。


「悔しかったら、ディより稼いでから言いな!」


 その後、あたし自らが使い走りしてメシを用意してディの部屋に行くと、裸にタオル一枚のゾイに出迎えられたのには驚いた。


 あたしは平気なふりをしたけど、このチビのドワーフには、いつか思い知らせてやるって決意した。


「遅い」


 そう言ったディは裸に毛布一枚で、あたしはより一層ゾイに対する憎悪を深めた。


 あたしは、ディと話していると、歳の離れた大人の男と話しているような気にさせられる。


 時には褒め、時には煽り、時には認める。ディは、あたしが癇癪を起こさず、聞く事が出来るぎりぎりの線で話す。頭は悪くない。むしろ賢すぎる。そして地位にも興味がないから憎めない。

 一人が好きなのだ。

 こいつは、衣食住が確保されていて、静かな場所があれば、後はどうでもいい。あたしが癇癪を起こして出て行けと言えば、すぐにでも姿を消すだろう。

 それは恐ろしい想像だった。


 ――教会。


 ディの欲求を今すぐにでも満たせる場所はそこだけだ。一度でも教会に行ってしまえば、ディはもう帰って来ない。


 ディートハルト・ベッカーは、アスクラピアに近過ぎる。


 口では上手い事を言ってるけど、ディは、あたしたちに興味がない。


 静かな場所で瞑想するのを好み、唯一の嗜好品が『伽羅』だ。そしてアスクラピアの神官らしく、小難しい言い方をする。


 あたしは、その日もヒール屋の客引きをしたけど、客は全員がディの腕前に満足して帰って行った。


 この日もディは全力を振り絞り、あたしたちの為に金を稼いだ……のだろうか。

 ディは金にも地位にも興味がない。何もなければ無駄口は叩かないが、一度口を開けば説教を始める。

 やれ、ガキ共の服を買ってやれ。やれ、ガキ共に腹一杯食わせろ。

 あたしの事だけ考えていればいいのに。

 神官のお手本みたいな言葉には反吐が出そうだった。


 そして、この日、最後の客は最悪な客だった。


 前日、「また来る」と言って引き下がった筋肉ダルマのアレックスだ。


 実際に治癒を受けたのはアネットとか言うハーフエルフの女だったけど、ディの行った治癒は、あたしは勿論、経験豊富な冒険者の二人ですら見た事がない治療法だった。


 ディ曰く。

 そこら辺のモグリでも出来る。


 そして、実際にディはやって退けた。

 あたしはヘマをやった。

 この日もディは神力を振り絞り、酷い魔法酔いでぶっ倒れた。問題はその後だ。

 冒険者、アレックスが肩を怒らせて言った。


「おい、コラ。クソガキ。こいつマジもんの神官だな?」


「そ、そんなんじゃない……」


「嘘つけ。お前ぐらい、片手で捻り潰せるんだぞ……」


 A級冒険者、アレクサンドラ・ギルブレスの総毛立つような迫力に、あたしは勿論、仲間も全員が震え上がった。


「この子、小さいけど、間違いなく第三階梯ぐらいの力はあるわね」


 ハーフエルフが目敏くディの力を見抜き、その言葉にアレックスは険しい表情になった。


「クソガキが! お前、マジもんの神官に小遣い稼ぎさせてるのか!!」


「あぅ……」


 アレックスの怒りは激しく、あたしは漏らしそうだった。


「言え! 宣告を受けたのはいつだ!! 何日『刷り込まれた』!」


「せ、宣告を受けたのは五日前で、刷り込みは三日間です……」


 ビビって答えたのはエヴァのヤツだ。猫人ワーキャットには、そういう惰弱な所がある。


「三日だと!?」


 アレックスとアネットの二人は、一瞬お互いを見合わせて、次に目を回したディに刮目した。


 魔法酔いの症状から来る眠気に目を擦るディは、ゾイに支えられた格好でこちらを見つめている。

 アレックスが怒鳴った。


「おいコラ、クソガキ! 三日も刷り込まれたら、そいつは『聖者』クラスの才能があるって事だ!! 何故、教会に連れて行かない!」


 そこでエヴァは泣き出して、アシタは恐怖に唇まで震えていた。

 絶体絶命のピンチだった。

 こいつらの言っている事は圧倒的に正しい。ディートハルト・ベッカーという『神官』は、こんなクソ溜めで小遣い稼ぎをさせていい存在じゃない。


 ディは誰にも渡さない。でも、今のあたしには、アレックスに対抗する力がない。


 このピンチをどう乗り越えるか考えていると、助けの手は意外な所から差し出された。


 眠気に潰れそうな目でディが言った。


「……冒険者ってのは、チンピラヤクザと変わらんな……」


 この一言が、状況を変えた。

 反応したのは、ハーフエルフのアネットだ。


「なんですって!?」


「礼に倣わざるは卑賤の輩。金はいらんから失せろ。二度と来るな」


 そのとどめの一言には、あのアレックスですら顔色を変えた。


「おい、ちょ、待て――」


「違う違う! これは貴方の為に――」


 力のある神官の言葉には力が宿る。それが無責任に放たれた言葉であれ、第三階梯の神官が放った言葉なら大事だ。


 災いの元にならぬよう、力のある神官ほど沈黙を好むとされる。


 ディが言葉を取り消さない限り、二人には災いが訪れる可能性がある。取り分け、今の言葉は人格否定と絶縁の言葉だ。実現すれば酷い事になるだろう。


 アレックスとアネットの二人は引き下がり……


「上手く手懐けたな……ええ?」


「……大丈夫だとは思うけど、第三階梯の神官の呪詛なんて御免よ。どうする、アレックス」


 神力を使い果たしたディは眠っている。


 この日、あたしはオリュンポスのクランハウスで一晩中尋問を受ける羽目になった。


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