不肖の弟子7
思い立ったら即行動。そいつがオレの信念だ。
師匠はいつだって言ってた。
決断の瞬間は、いつだって一瞬間の内にやって来る。今駄目なら、明日も明後日も駄目。迷ってる暇なんてない……
オレは小さく舌打ちした。
ここから出てくって決めたばっかなのに、もう師匠の事を考えてる自分に嫌気が差した。
ジナと一緒に向かった先は、二階にあるエルナの部屋だ。
――聖エルナ。
ルシール姐さんの死が変えちまったのは師匠だけじゃない。あのクソ生意気なガキでしかなかったエルナまで、別人みたいに変わっちまった。
エルナの部屋には強力な神聖結界が張られていて、オレの神力じゃ開けられない。ノックして言った。
「エルナ? オレだ。フラニーだ。ちょっといいか?」
応えはない。いつもの事だ。レプリカザームエルとの戦いでは力を貸してくれたけど、それだって消極的だった。
『暗夜には暗夜の考えがあります。協力するのに吝かではありませんが、気が進みません』
そんなエルナは、癒やす事には積極的だったけど、戦闘には参加しなかった。
開いた扉から、夥しい量の『血涙石』が転がって消えて行く。
そして――
暫くの間を置いて、ゆっくりと顔を出したのは赤髪の修道女だ。
――アンナ・ドロテア。
エミ姐さんが言うには、特殊召喚兵の一種らしいけど、意思を持っている。元は聖エルナ教会にいた修道女の一人だけど、本人じゃない。アンナ・ドロテアは既に死んでいる。エルナがこいつを選び、似姿まで創って傍に置く訳は分からない。
身体に赤い焔を纏う修道女。
現れたアンナは、ちらりとオレとジナを一瞥して、平坦な表情で言った。
「……聖エルナはお休みです。洗濯も済ませていますし、食事の準備も終わっている筈です。お静かに……」
召喚兵アンナ・ドロテアは危険な存在だ。人間じゃない。こいつはエルナの神力の塊で、エルナの為にしか動かない。
エルナに対する軽口や狼藉は、即座に敵対行動と見做される。今のエルナは、以前みたいに気軽に扱っていい存在じゃない。アンナには、あのエミ姐さんですら警戒している。
オレは何度も唇を舐め、息を飲み込んだ。
「え、エルナに話があるんだ。あ、会わせてくれねえか?」
「面会の要請ですか……」
アンナは少し考える素振りを見せ……ややあって、小さく頷いた。
「……暫し、お待ち下さい……」
エルナは変わった。
以前は、何もできないクソガキでしかなかったのに、帰って来てからは食事の準備も進んでやるし、洗濯も掃除も出来ないなりに真剣にやるようになった。
「……」
そっと部屋の中を覗くと、そこは真っ赤な火の海だった。
聖女エルナの怒りは深刻だ。
荒れ狂う神力が焔になって顕現している。オレやジナは、この部屋に入れない。入った瞬間、燃え尽きる。全て焼き尽くす怒りの業火。
燃え尽きた聖エルナ教会では、ルシール姐さんを含めて三人の修道女が死んだ。
――聖エルナの娘たち。
エミ姐さんは、なるべく関わるなって言ってた。今のエルナは不安定で、どんな言葉が逆鱗に触れるか分からない。もし暴走すれば、『部屋』を支配する師匠にしか止められない。
扉を開け放したままの室内から、恐ろしい程の熱気が漏れ出して、オレとジナは数歩引き下がる。
かたん、ことん、と固い石が転がる音がして、荒れ狂う炎の中から出て来たエルナの頬は血涙で濡れていた。
「……フラニーにジナ。私に何か用でしょうか……?」
「んっ、あ、ああ……そのよぅ、ここを出て行きたくてよぅ……」
「出て行く……何故?」
エルナは、分からないといった感じで首を傾げ、改めてオレたちを見つめた。
「……暗夜の許可はありますか……?」
オレは師匠の事が嫌になったとは言わなかった。そう言えば、必ずエルナは意見するような気がしたからだ。
でも、嘘を吐くのはもっとヤバいような気がして、だから、オレはこう言った。
「……ヴォルフに会いたいんだ。送ってくんねえかな……」
「拳聖ヴォルフですか……ああ、貴女たちは格闘を嗜みますからね。いい経験になるかもしれません」
エルナは袖で目元を拭いながら、弱々しい微笑みを浮かべた。
「……あの、暗夜は……あれは、どうしていますか? 私の事を何か言ってませんでしたか……?」
「いや、何も……書斎から殆ど出て来ねえ……」
使徒は互いに不干渉。死の砂漠でデカい戦いがあった事をエルナは知らない。仮に知らせればだが、エルナの反応が分からなくなる。エミ姐さんには教えるなって言われてる。
その変わりって訳じゃないけど、こう言った。
「……その、エルナ。師匠とは仲直りしたのか……?」
その質問に、エルナは一気に不機嫌になって眉間に深い皺を寄せた。
「いいえ。あれと仲良くする事は、私には不可能です」
「そ、そうかよ」
「いずれ殺しますが、それは今じゃありません。あれが死ぬ時は、この私の手によってであるべきです。そう思いませんか?」
なんとなくだけど、思った。
そんな日は永遠にやって来ない。師匠が、うんとエルナにおまけしたみたいに、エルナもうんと思う所がある。それは複雑な感情で、聖女エルナが死神暗夜を手に掛ける日は、永遠にやって来ない。そんな気がする。
「あいつは本当に嫌な男です。カッコつけで……捻くれていて……可愛げの欠片もない……」
自己紹介かと思ったけど、賢いオレは何も言わずに頷いて見せた。
そんなオレの反応に満足いったのか、エルナは微笑んで頷いた。
「研鑽を積むのはいい事です。ヴォルフですね。分かりました。少し暗夜と距離を置くのも悪くないと思いますし、いいでしょう」
本当に……エルナは変わった。
以前より、ずっと素直になって、取っ付きやすくなった。
「ところで、最近、アイヴィを見ませんね。どうしてるんですか?」
「ん? ああ、世話係だよ。分かるだろ?」
そこで、エルナは思い切り渋い表情になって唇を尖らせた。
「猫人というのは、嘘つきで陰険なのが本当に多いですね。また男のフリをしてるんでしょう。暗夜は抜けてますからね。ああ、もう本当にイライラします」
エルナは、自分でどう思ってんのか分かんないけど、師匠の事に関してだけは饒舌になる。
殆ど悪口ばっかだけど。
「あのエロフと狼人も、変わらず暗夜に侍ってるんですか? 不潔です。爛れています」
「お、おう……」
流れで相槌を打つと、エルナは得意になって胸を張った。
「そうでしょうそうでしょう。貴女たちも気を付けなさい。あれは相当なワルですよ。女と見れば見境ありません」
無茶苦茶に師匠を扱きおろすエルナを見て、アンナは微笑んでいる。
「……聖エルナ……そろそろ……」
アンナが、そっと肩に手を置くと、エルナは思い出したように手を打った。
「ああ、ヴォルフでしたね。では――」
エルナが、ぽんと手を打つ度に目の前の風景が変わる。『部屋移動』。なんでも『虚数空間』てのを渡る事で瞬間移動に近い事が出来るらしいけど、難し過ぎてオレにはよく分かんねえ。
「……ヴォルフと親しいのか?」
「まぁ、それなりには。割と気が合いますし……何度かお茶した事もあります」
第三使徒エルナと第七使徒ヴォルフの間には、僅かだが親交があるようだ。とはいえ……使徒は互いに不干渉。懇意にしているというのとは違うようだ……ってのがオレの見立て。
都合、七回ほど移動を繰り返した所でヴォルフは見つかった。
場所は死の砂漠。
拳聖ヴォルフは、元を正せば、死の砂漠を流離う砂の部族の出身だ。別に珍しい事じゃない。
エルナが聖印を切り、言った。
「久し振りですね、ヴォルフ。少しいいですか?」
「……」
砂嵐の中、腕組みした恰好で思いに沈むように俯いていたヴォルフは、唐突に現れたオレたちを見て、目を眇めた。
師匠との経緯があって警戒されてはいるが、敵意を向けられる程じゃない。
こうして、オレは拳聖ヴォルフとの再会を果たした。




