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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第五部 青年期『勇者』編(前半)

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不肖の弟子5

 師匠は……ルシール姐さんが死んでおかしくなった……。


 ルシール姐さんが死んだって聞いた時、まあ気の毒になってぐらいには思った。

 オレとしては、それくらいだ。

 六年前、ルシール姐さんを含む聖エルナ教会の修道女シスタたちが調子に乗ってシュナイダーのヤツを腑抜けにした。あれがなきゃ、当時の師匠が殺される事はなかった。

 シュナイダーはクソ強い。

 何度も叩きのめされて身体で分かった。優生種は伊達じゃない。あの時、腑抜けてなきゃマクシミリアン・ファーガソンの『神官殺し』が師匠を殺す事はなかった。

 アビーのヤツが聖エルナ教会の修道女たちを許さねえのは当然だ。

 因果ってのは巡る。

 ルシール姐さんは因果の代償を払った。その結果として死んだ。


 師匠は徳のあるお方だ。そんでもって、無茶苦茶優しい。あんまり会えねえけど、オレたちの間にある『師弟』の絆ってのが、なんとなく教えてくれる。

 顔を合わせなくても、師匠は、いつだってオレを気にしてくれてる。心配してくれてる。


 ――愛ってのは、徳続きの縁だ。


 ずっと、師匠に付いていきたい。そう思ってた。

 ルシール姐さんが死ぬまでは。

 あの妖精族の修道女が死んで、師匠は変わった。無口なのは以前からだったけど、深く物思いに沈む事が多くなって、殆ど書斎から出て来なくなった。マリ姐さんもシュナイダーも心配してるけど、心ここにあらずって感じで、ぼんやりしてる事が多くなった。何も言わねえし、悲しそうにする訳でもないけど、行く先々で泪石が転がってるのを見ると、オレは嫌な気持ちになる。


 ルシール姐さんが死んで、師匠はオレやジナとは会わなくなった。時折、シュナイダーやマリ姐さんを呼び出して難しい話をしているみたいだけど、オレたちには何も教えてくれない。


 ルシール姐さんが死んで変わったのは、師匠だけの話じゃない。シュナイダーのヤツも苛ついてて、オレとジナには「もっと強くなれ」としか言わねえ。


 師匠が、オレとジナに求めるのは戦士としての力だけだ。面会の要請をしてもシュナイダーに突っぱねられる。


「フランキー……もっと強くなりなさい。暗夜さんは暇じゃないんですよ」


 訓練を付けてくれるのはいいけど、シュナイダーのヤツは無茶苦茶苛ついてる。オレとジナを叩きのめすのは、ヤツにとってただの憂さ晴らしでしかない。


 ……ムカつく。気分が悪い……


 シュナイダーのヤツは、師匠に取り次ぐ事すらしない。毎日、オレたちが居る『海の部屋』にやって来て、オレとジナを散々にぶちのめして帰る。

 そのシュナイダーは、最後に決まってこう言う。


「……フランキー、お前は出て行きなさい。暗夜さんに迷惑を掛けるだけです……」


 オレは弱くねえ。あの地獄(ムセイオン)で六年も鍛えた。今じゃ、近接格闘だけでもジナと張れる。なんでもありならジナにはもう負けねえ。

 それに……

 オレは、もう十分殺した。師匠から地獄行きの太鼓判を押されるぐらいには殺してる。元が真性のクズだ。


『常に慈悲深く、情け深くあれ』


 師匠の言葉だ。

 人が人としてある為に、最低限の徳だ。その『徳』が、オレと師匠の縁を『絆』って形で繋いでくれてる。


 だから、オレは『殺し』はしねえ。


 それで十分やって行ける。でも……師匠がオレに求めてるのは、そういう事じゃない。『戦士』としての力だ。


 師匠……あんた、矛盾してねえか……?


 オレは不満を抱えるようになった。もう十分鍛えた。十分に強い。今でも十分役に立つ。それを師匠に伝えたい。でもシュナイダーのヤツが師匠に繋いでくれない。


 オレは、もう殺しはやらない。十分強いから、そんな必要はない。そこまでする必要はない。


 そんな風に考えてたある日、シュナイダーはいつもの日課に現れず、代わりにドワーフのゾイが現れた。


 ――『悪魔祓い(エクソシスト)』。


 特殊クラスだ。戦闘特化の修道女。でも、『修道士』のオレほどじゃない。ゾイの力はエクソシズムに特化してる。悪魔デモンじゃないオレには怖いクラスじゃない。

 六年前の事はよく覚えてる。

 あの頃は、師匠にベタ惚れの修道女見習いだった。師匠の事が好きすぎて、師匠を裏切った。ジナに蹴っ飛ばされたのは自業自得だ。

 シュナイダーに代わって現れたゾイが、笑顔で言った。


「さぁ、フランキー。やろう。お前を叩きのめせば、暗夜ディが会ってくれるんだ」


「はあ……?」


 顔中に、うっすら傷跡が残ってる。構えを見りゃ分かる。一人、援護のない『実戦』で鍛えた。場所がザールランドだとすると、ダンジョンに潜ったんだろう。『震える死者』。あそこじゃ、悪魔祓いの優位性が確立されてる。ヌルい環境だ。ムセイオンほどじゃない。

 オレが負ける要素はない。

 そう思ってた。散々にボコって、分からせてやるって思って、実際にそうなった。エクソシズムはオレには効かない。それを除けば、怪力だけが取り柄のドワーフ。

 ギタギタにしてやった。

 楽勝だった。でも、止まらない。左腕を圧し折って、蹴っ飛ばした足にもヒビぐらいは入った筈だ。それでも止まらない。


「お、おい。これ以上やったら死ぬぞ、テメー」


「だから?」


 スピード。パワー。テクニック。全ての要素でオレが勝ってる。なのに、押されてるのはオレの方だった。

 急所だけを庇い、『一撃』を狙う典型的なドワーフの戦士の戦法。

 ゾイの攻撃には躊躇いがなかった。オレに対する殺意があった。自分が傷付く事にも、相手を傷付ける事にも躊躇いがない。

 殺そうと思えば殺せる。

 拳聖ヴォルフが不殺を貫いたように、オレはもう殺しはやらねえ。それが――

 そこまで考えた所で、世界が揺れて視界が真っ暗になった。


◇◇


 ぶちのめされた瞬間の事は覚えてない。気圧された一瞬の隙を突かれた。凄まじい衝撃で、一発で意識が跳んだ。


 気が付くと『書斎』に居て、久し振りに見る師匠がソファに深く腰掛け、足組みに頬杖の恰好で考え込んでいた。

 ――負けた。

 しかも格下相手に不覚を取った。シュナイダーの、うんざりしたような言葉が頭の中で響いて消えて行く。


 ……フランキー、お前は出て行きなさい……


 オレは強い。そんな事は、自分勝手な思い込みだって突き付けられたような気がして――師匠に見放される。その恐怖で唇まで震えた。

 でも、相変わらず師匠は甘くて――


「お前が望むならともかく、一度や二度の失敗で破門にする訳がないだろう」


「え、そうなんスか……?」


 師匠は困ったようにオレを見ていたけど、突き放したり見捨てるような事は言わなかった。


 オレの師匠だ! 師匠最高!


 久し振りに会う師匠は変わっちまったんじゃねえかって心配したけど、そんな事は余計な心配だった。

 でも、オレは思い出す事になる。


 師匠の『怖さ』を。『強さ』を。『冷たさ』を。『残酷さ』を。


 オレは『修道士』で、師匠は『神官』だ。師匠には『道』を教わるけど、オレの理想は拳聖ヴォルフだ。

 第七使徒、『拳聖ヴォルフ』。

 不殺にして伝説の格闘家。アスクラピアより不殺の当為ソルレンを賜り、生涯不殺を貫き通した。


 師匠に同行して向かった先は死の砂漠だった。

 先ず現れた白蛇は、師匠を強く警戒していた。外套マントで前を隠し、その奥で剣の柄に手を掛けている。

 場合によっては一戦する事も辞さない。そんな意志と覚悟が見えて、師匠は困惑していた。

 オレはムセイオンで六年鍛えた。

 だから、相手の力量はなんとなく分かる。『剣』の事だけで言えば、白蛇はそれほど強くない。神力は強いけど、師匠ほどじゃない。

 でも……戦って勝てる気がしない。

 勘だけど、持ってる切札カードの数が違う。使徒を束ねる立場にあるだけあって、用心深く慎重。あらゆる状況を想定して、幾つも『奥の手』を持ってる。

 そして――

 拳聖ヴォルフが現れた。

 青白い稲光と共に砂嵐を吹き飛ばし、降臨した姿は正に伝説。筋骨隆々の体躯には無数の傷痕があって、『拳聖』と呼ぶに相応しい迫力と、幾百、幾千の修羅場を潜り抜けた者だけが持つ風格があった。


 オレの憧れ……不殺ころさず当為ソルレンを貫き通した伝説の格闘家グラップラー


 時折は考える。考えてしまう。


 オレは……ヴォルフに付いていくべきだったんじゃねえかって。


 現れたヴォルフは、オレなんかには目もくれず、師匠に侮蔑の視線を向けていた。


 ヴォルフは……師匠の事を『死神』って呼んだ。


 そして、オレは師匠の恐ろしさを見せ付けられる事になる。


 ヴォルフと師匠の決闘は残酷なぐらい圧倒的で――お遊びにもならないぐらい残酷な力量差があった。

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― 新着の感想 ―
血迷うなフラニー!! 迷って悩み抜いてそれでも屍を超えて血を纏って行く修羅の道を選んだ暗夜だからこそお前に慈悲を示したんだぞー!!!!?!?
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