表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アスクラピアの子  作者: ピジョン
第五部 青年期『勇者』編(前半)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

316/319

86 夢幻

 黄金の輝きで辺りが包まれる。

 咄嗟の判断でロビンだけは逃がしたが……俺は駄目だ。逃げられない。部屋移動は既に封じられている。

 白く滲む世界の中、俺は激しく毒づいた。


「……クソったれが……!」


 目前に広がるのは、目も眩むような白銀の光景。無限に続く雪原。

 そこは――

 奇妙な部屋(ストレンジ・ルーム)。ただし、アスクラピアに属する空間ではない。


 軍神アルフリードに属する空間。


 見渡す限りの雪原に、しんしんと雪が降り積もっている。

 マッチ棒が言った。


「お、おい、邪悪な子供。ここは……ここは、まさか……『夢幻』か?」


 俺は、ぎょっとした。


「……マッチ棒。何故、お前がいる……いや、すまん。巻き込んでしまったのか……」


 マッチ棒は忙しなく視線を左右に動かして、警戒するように辺りを探っている。


「……邪悪な子供。お前、何をした……ここが本当に『夢幻』なら、ここはアルフリードの縄張りだぞ……!」


「知ってるよ。それぐらい」


 こんな時だが、俺は憐れなマッチ棒に同情した。

 既に『部屋移動』は封じられている。俺がアルフリードに殺されるなら、それは自業自得だが、マッチ棒に至ってはただの巻き添えだ。

 一面に広がる雪原。

 他には何もない。そして身を切るようなこの寒さ。全てマリエールの知識にあった『夢幻』と一致している。

 マッチ棒が、ごくりと息を飲み込んだ。


「邪悪な子供。いや……邪悪な女神(アスクラピア)の子……わ、私たちは……死ぬのか……?」


 俺は、少し考えて言った。


「分からん。だが、向こうが『その気』なら、とっくに俺たちは死んでいる」


 そう答える間にも、俺は冷気耐性の術を重ねて酷寒に備える。

 アルフリードを祖とするアルフリード帝国は、年中、雪が降り積もる雪国だ。それ故の無限の雪原。

 俺は言った。


「絶体絶命だな……」


 この『部屋』から出るには、アルフリードの許可が必要だ。本体ヨルの力なら、或いは結界を破る事が出来たかもしれないが、人間の身体では無理だ。


「マッチ棒。なるべくお前を死なせないように努めるが、駄目な時は許せ」


「……」


 マッチ棒は、諦めたように鼻で軽く微笑った。

 こうなったのは、アシタを侮った俺のミスだ。ロビンだけでも逃がせたのは僥倖だった。

 俺は聖印を切り、『夢幻』の雪原を踏み締めて歩き出す。


「……アスクラピアの二本の手。一つは癒やし、一つは奪う……」


 本体ヨルとの接続は切れたままだ。ここでアルフリードに殺られればアウトだ。俺は死ぬ。

 口からは、自然と祝詞が溢れる。


「彼の者は永遠に一である。多に分かれても一である。永遠に唯一のもの。一の中にこそ多を見出だせ。多を一のように感じるがいい。そこに始まりと終わりがあるだろう」


 さくり、さくり、と粉雪を踏み締めて進む。


 俺は『アスクラピアの子』。軍神アルフリードの剣により裂かれた母の腹より這い出し、遂には軍神アルフリードをすら呪い殺した邪悪な女神の子。


 俺が生きて帰る事は難しい。本体ヨルと分かれているのが悔やまれる。本来の力さえあれば、ヤツに一泡吹かせてやる事も出来たかもしれない。


「……邪悪な子供。何がおかしい……」


「……?」


「お前、さっきから笑ってるぞ」


「そうか。この身に背負う業ゆえの事だ。見逃せ」


 さて、俺の知る限りでは、この『夢幻』と呼ばれる空間は、軍神の領域テリトリーだ。


 この世界に於いて、『十二』は神聖な数字だ。


 理由は分からない。だが、召喚兵を呼ぶ場合、最大単位の倍数は十二で区切られるし、俺が纏う神官服リアサのボタンもやはり『十二』だ。


 膝まで沈む粉雪を掻き分け、夢幻を進む。


 やがて、大きな切株が見えて来て、その切株を囲むように小さな切株が十二並ぶ開けた空間に出た。

 マッチ棒が絶望したように呟いた。


「……軍神の円卓……」


 正にそうだ。

 俺は立ち止まり、腰の後ろで手を組んだ。瞬き程の間に殺されるだろうが、死のその瞬間までは胸を張ってやる。

 そして――

 十二の切株に、一人、また一人と戦士たちが現れて腰を下ろす。

 

 アルフリードの使徒だ。

 軍神に選ばれた戦士たち。全員が軍神の直系の子孫たち。祖先であるアルフリードから逆印の咎を受け継いでいる……筈だ。


 九人の戦士たちが現れ、最後に一際大きな体躯を誇る長身の男が現れ、首席である大きな切株に腰を下ろした。


 三つの空席がある。


 一つは、カッサンドラのものだろう。アスクラピアに付きはしたが、未だに強い軍神の加護を戴く証であるとも言える。

 残りの二つは……誰のものだ?

 分からない。考えるのは後だ。

 軍神の九名の使徒は興味なさそうに腕組みの姿勢で俯いている。実際、俺には興味がないのだろう。ちらりとも視線を向けない。


 一際目を惹いたのは、首席に座る褐色の肌の男だ。若い。長身で大柄だが、引き締まった筋肉質の男。


 ――軍神アルフリード


 軍神は、俺を見て朗らかに笑った。


「よく来た。アスクラピアの子。あの陰気な女はどうだ。元気にしているか?」


「……さあ、どうだろうな。しみったれていて嫌な女だ……元気な所は見た事がない……」


 俺の言葉にアルフリードは吹き出し、それに合わせて九人の使徒も失笑した。

 腰に二本の剣を差した剣士が言った。


「父上。こいつ、殺すには惜しいぞ? 面白いヤツだ」


 双刀の剣士『ランスロット』。

 その言葉に待ったを掛けたのは、陽光の下で三倍の力を発揮すると言われる聖剣『ガラティーン』を持つ『ガウェイン』。


「ない。ないな。アスクラピアの子は須らく殺すべし」


「然り。所詮、蛇の子。強欲の本性には抗えん」


 同意したのは隻腕の戦士『カラドック』。伝承では、アスクラピアの蛇に右腕を喰われた。

 俺は強く鼻を鳴らした。


「……俺の事はどうでもいいが、このエルフの男は関係ない。見逃してやってくれないか……?」


 そこで、アルフリードは片方の眉を持ち上げた。


「あぁ、エルフか……いいだろう……」


「……」


 その言葉に安堵するのと同時に、何故か妙な引っ掛かりを感じた俺は、アルフリードを睨み付けるようにして凝視した。


 見る。視る。観る。


 何も分からない。アスクラピアと同様に、こいつを俺の価値観ものさしで測る事は不可能だ。

 これもまた超自然の存在。


 ――神。


 アルフリードは言った。


「レオンハルトはどうしている。あれの為に席を空けてあるのだ。あれを呼ぶなら、お前を見逃してやらん事もない」


「……」


 残る空席二つの内、一つは白蛇のもののようだが……

 俺は断固として言った。


「断る」


 白蛇とは血の盟約を結んでいる。喚び出せない事もないが、この死地にヤツを喚び出す等、あり得ない。


「軍神、一つ問う。貴様の狙いはなんだ」


「ふむ……」


 アルフリードは若い男だ。見た目の年齢でいえば二十代の半ばといった所か。顎を擦りながら、考え込むように言った。


「……混乱、混沌、戦乱……思う所は多々あるが……顕現まで行けば上等だな……」


「顕現だと……?」


 アスクラピアにはアスクラピアの神性があるように、アルフリードにはアルフリードの神性がある。


 エミーリアの言葉通りだ。


 アルフリードは、混沌と戦乱の世界を望んでいる。

 目眩がした。

 軍神が率いる人工勇者と人工聖女の軍団。世界は完膚なきまで破壊されるだろう。

 だが……その先に何がある?

 アルフリードが壊し、アスクラピアが再生する。神々はその先に何を思う? こいつが余程の阿呆でもない限り、思う所がある筈だ。

 俺は首を振った。


「軍神、その先に何がある。何を夢見ている」


 アルフリードは笑って答えた。


「次の世界」


「……」


「より高き場所へ至る道」


「……」


 分からない。

 こいつは何を言っている。ただ……俺が探る『世界の謎』に関係している事はなんとなく分かる。そして、恐らくはアスクラピアも同じ道を目指している。


 世界の謎――神々の見る夢。それは……


 そこで、アルフリードが思い出したように、ぽんと膝を打った。


「忘れていた。人質を返そう」


「人質?」


「アシタはよくやった。お前をこの場に送る事が返還の条件だった」


「なんの事だ。なんの事を言って……」


 その次の瞬間、何もない空間から、つんのめるようにして一人の青年が飛び出して――その姿に俺は目を瞠った。


 銀色の髪。ザールランドの国章を背負う白い神官服リアサを纏ったその青年は――


 ディートハルト・ベッカー。


 眉を下げ、怯えた表情。青い瞳で俺を見て……申し訳なさそうに目を逸らした。


「ディートハルト……お前は……」


「ご、ごめんなさい。ヨルさん……」


 負い目を感じる表情。ただ人質に取られただけなら、目を逸らしたり、言い淀んだりしない。


「……」


 呆然とする俺に、アルフリードが笑い掛ける。


「さぁ、アスクレピウス。兄を呼べ。お前の叫びなら、レオンハルトも応じるだろう」


 軍神の使徒は十二席。首席たるアルフリードを含めれば十三席。


 十三番目の席には裏切り者が座るという伝承がある。その座に着く者は、永遠の服従を誓わされる呪われた末席。そこが白蛇の座る場所だとするならば……


「……ディートハルト……貴様……!」


 激しい怒りに、俺は全身が沸騰する思いだった。


 アルフリードが白蛇に拘泥する理由は分からない。だが、これだけは理解した。


 俺と白蛇は、ディートハルトに売られたのだ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
もうマジでディートハルト…… お前の事は最初に暗夜にしみったれた運命を押し付けて行った時から大っ嫌いだったよこの鼻タレ!!!お前ももういい歳の筈なのにいつまで周りにおんぶに抱っこで可哀想な立場に甘…
今のところアルフリードの直系ではなさそうなのに選ばれてる白蛇凄いな…… それが十三番目の席の理由の一つでもあるんだろうか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ