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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第五部 青年期『勇者』編(前半)

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84 鬼札1

 アシタの惰弱っぷりに、俺は大いに嗤った。

 嗤いにせる俺に、再度アシタが突撃の指示を出す。叫んだ。


「囲め! 一斉に掛かれ!!」


 現在、このザールランド帝国に於いて、ロビンは賞金首として指名手配されている。

 罪状は……確か騎士殺しだった筈だ。

 悪名高い前寺院が壊滅し、帝国の庇護下、新たに開設された寺院に帰依した教会騎士を殺して回ったというのが主な事由だが……

 アシタが突撃を命じる度に無駄な死人が増える。

 ギルドの入口は狭く、一度に攻め入る事が出来る人員は限られる。武装した騎士なら、四〜五人という所か。

 ロビンはものともしない。

 デュランダルを振るう度に死人が増える。


「弱い。帝国騎士は弱卒の集団ですね」


 自ら築いた死人の山が五十を超えた辺りで血の狂奮から冷めたロビンが、呟くように言った。


「……暗夜ディートさん、私に罰を与えて下さい……」


「何故……?」


 俺は首を傾げた。

 ロビンの性格は最悪であるし、態度は横柄だが、ここ暫くは問題を起こしていない。フラニーやジナ、果てはエミーリアやエルナを挑発する事も珍しくないが、一線を越える事はしていない。


 アシタに背を向けたロビンは、俺に向き直った。


「……貴方が部屋に帰って来た時の、私の態度です。あの時、私は……貴方の事を……」


 ロビンは、真っ直ぐに俺を見つめている。背後で指揮を執るアシタには隙を見せる形になるが、俺だけに集中している。

 そこで、アシタが再び叫んだ。


「今だ! 掛かれ!!」


 ロビンは一瞬だけ振り返り、デュランダルを一閃させて血と臓物とを辺りに撒き散らした。


 ロビンは、戦士として、ほぼ完成されている。そして俺の張った結界内に於いて、弱体化されている帝国騎士が数を頼りに攻撃を仕掛けた所で、それはロビンにとって、なんの障害にもならない。

 アシタはその光景に愕然として――


 地獄のような静寂が訪れる。


 俺は気分よく言った。


「ああ、あれか。いいんじゃないか? 俺も趣味が悪かったと思っている」


 血塗れの男が、突然、袖の中から目玉を出せば、普通のニンゲンは忌避感を覚える。誠に結構。だが、その素晴らしい倫理観が正しい結果をもたらすとは限らない。分かった時には、もう遅い。

 不意に思い出したのは、エミーリアの言葉だ。


 ――あんたはニンゲンに期待し過ぎる。


 いずれ、俺は行くのだろう。

 独りでこの道を踏み締めて往く。それはロビンも例外じゃない。


「怖がらせて悪かったな。もうしない」


 俺の無関心な言葉に、ロビンは険しい表情で首を振った。


「……私は、過去に於いて、許されない過ちを犯しました……」


「なんの事だ?」


 俺に過去の記憶はない。それは蛇に喰わせた。幸せな思い出は、邪悪な母(アスクラピア)が全て持って行った。


「……」


 ロビンは悲しそうに視線を伏せ、項垂れるようにして首を振った。


「……せめて、罰を受けるぐらいには期待されたいものです……」


 俺は小さく舌打ちした。

 湿っぽい話なら他所でやってほしい。


 神聖結界による力場の影響も大きいが、ロビンとの間に広がる戦力差に絶望したのだろう。

 アシタは震えている。


 ――まだか?


 俺は、ロビンと会話を交わす間も油断なくアシタを警戒する。

 こいつは持っている筈だ。

 この恐怖を乗り切るには、アシタは切札を切るしかない。

 蛇は……具現化できない。

 さすがにそれは本体ヨルでなければ無理だ。どうするか。

 俺は……少し考えて言った。


「なぁ、アシタ。ロビンに懸かった報奨金は幾らだ?」


「……!」


 狼人はプライドが高い。報奨金の多寡は帝国にとっての脅威の証でもある。ロビンは気になったのか、再びアシタに向き直った。


「アシタ。私に懸かった賞金は幾らですか?」


 暫くの間を置いて、ハッとしたようにアシタは叫んだ。


「レネ・ロビン・シュナイダー! 貴様に懸かった報奨金は、金貨で二百枚だ!!」


 俺は手を打って嘲笑った。


「ははは! ロビン。お前、トビアスより安いぞ!!」


 パルマを支配する女王蜂が、憲兵団団長トビアス・バーナーの首に懸けた懸賞金は金貨三百枚だ。


「――ッ!」


 瞬間、ロビンはブーツの踵で強く床を踏み鳴らした。

 呻くように言った。


「……アシタ……お前は……お前たちは……この私を、そんなに安く見積もっていたんですか……?」


 勿論、トビアスとロビンとでは立ち位置が違う。懸けられた賞金は意味も脅威度も全く違うが、それはいたくロビンのプライドを傷付けたようだ。

 度し難い狼人の習性がこれだ。

 怒りに燃えたロビンの瞳が、再び真紅の輝きを取り戻す。


「……アシタ、掛かって来なさい。殺さないように訓練を付けてあげます……」


「あ……」


 ロビンの迫力に慄き、アシタは僅かに引き下がる。あと少し。


「聞けば、アシタ。お前は、あのドワーフ(ゾイ)に不覚を取ったようじゃないですか。情けない」


 ロビンは忌々しそうに言った。


「私の従卒が、あのルシールの教え子に不覚を取った? お前は……何処まで私をコケにすれば気が済むんですか?」


 もう一押しだ。

 だが、アシタの後背には、まだ多くの帝国騎士が控える。

 『勝利の石』を出せ。

 それを奪い取って、俺は、また次のステージに進む。


 レアクラス――『守護騎士』。


 護る対象が居ればその力量は変わる。

 俺は嗤った。


「アシタ。ディートハルトは元気か?」


「え……?」


 突然、振られた内容を理解できなかったのか、アシタは呆然とした答えを返した。


「頭お花畑のお坊ちゃんだよ。愛してるんだろ?」


「…………」


 そこで――アシタの目の色が変わった。眦が釣り上がり、めらめらと怒りに燃える。

 効果あり。

 アシタに切札を出させるには、恐怖より怒りの感情の方が良さそうだ。

 低く圧し殺した声で言った。


「……クソ野郎……ディを馬鹿にするんじゃねえよ……」


 そこで、はたと思い付き、俺は膝を打った。


「グレタとカレンとかいう羊人の修道女シスタに甘やかされているんだろう?」


 ポリーらの話では、聖エルナ教会の修道女の中で、特別に恩赦を受け、側仕えを許されたのがグレタとカレンの二人だ。


「…………」


 アシタは多分に苛立った様子を見せたが、答えなかった。


 当たらずといえども遠からずといった所なのだろう。羊人は庇護欲が強い。慈悲と慈愛に溢れるその性分は長所ともいえる。癒者には羊人の血を引く者が多い。

 だが、頑固で迷信深く愚かだ。

 軟弱な坊やは蜂蜜漬けにされているだろう。特別に恩赦を与えたのがその証拠だ。

 アニエスは、これに『公正』でないと憤慨していた。

 それは確かにそうだ。ディートハルトは、他の修道女にも恩赦を与える事ができたのだ。

 だが、そうしなかった。

 何かしら理由はあるのだろうが、恣意的に公正を欠いたと非難されても仕方ない。これがアストラルパターンを同じくするもう一人の俺がした事だと思うと、俺は情けない気持ちになる。

 俺は呆れて溜め息を吐く。


「……どうしようかと思っていたが……ヤツは殺す事にしよう……」


「あぁ……? ディを殺す?」


 鬼人オーガの血に火が点いた。アシタの雰囲気が変わる。俺としては、その怒りは滑稽で理解に苦しむ。


「何故、怒る。お前はルシールとアンナとクロエを殺した。おまけに聖エルナ教会を燃やしてくれたな」


 面頬を落とした兜の隙間から見えるアシタの瞳が怒りに燃えている。


「ディは関係ないだろうが……!」


 俺はせせら笑った。


「いいや、あるな。お前は死刑だ。絶望させてから殺す。ディートハルトは何も言わなかったか?」


 ゴミはゴミ箱へ。

 この世界の誰もが理解できなかろうと、ディートハルトだけは、ヤツだけは俺が徹底する事を知っている筈だ。


「やれ、ロビン。この底抜けの馬鹿の角をへし折れ。手足は千切っても構わんが、決して殺すな」


 ロビンは静かに頷いた。


「御意」


 俺は、第十七使徒『暗夜』。

 明けない夜に荒ぶる死神だ。古い罪に新しい罪を重ね、厳しい生け贄を求める嘆きの天使。

 やがて、明けない夜が来る。


「……クソが、やってやるよ。テメーのしてくれた事で、ディがどれだけ苦労したと思ってんだ……!」


 遂にアシタが剣を抜き、ロビンと対峙した。


 大神官ディートハルト・ベッカーを護る『守護騎士』アシタ・ベル。


 見極めさせてもらう。


 闇を切り裂くには『使う』しかない筈だ。

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