表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アスクラピアの子  作者: ピジョン
第五部 青年期『勇者』編(前半)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

312/313

82 小さな死神8

 アクアディの街。冒険者ギルドにて――

 俺は四つん這いになったマッチ棒の背中に腰掛け、アイヴィの淹れてくれた紅茶を楽しんでいた。


「……それで、ヨルさま。これからどうなさいますか?」


「そうだな……」


 帝国には、既にマッチ棒が緊急事態による救援要請を出している。恐らく憲兵ではなく、騎士団が出張ってくるだろう。

 どうするかを考える俺に、アレックスが溜め息混じりに言った。


「あたしは抜ける。後は、あんたが勝手にやりな」


「あぁ、達者でな」


 どうにも、アレックスは帝国との対立には乗り気でないようだ。俺も無理強いするつもりはない。気軽に答えた俺だったが、それに待ったを掛けたのはアネットだ。眉を寄せ、上目遣いにアレックスを睨み付けた。


「アレックス、一応言っとくけど、もし帝国に捕まったら拷問されるわよ?」


 その言葉に、アレックスは目を剥いて仰天した。


「え、なんで!?」


「なんでって……」


 アネットは、呆れたように首を振った。


「私もそうだけど、今のあんたは重要参考人なのよ。私たちのやしきを囲んでた憲兵は壊滅して、やって来た聖女は死んだ。とっ捕まったら尋問されるのは当然よね」


「あたしは何もやってない!」


「そうね。その言い訳が通用するといいわね。私は試してみるつもりはないから、あんたがやってみなさい」


 俺は無責任に言った。


「頑張れ、アレックス。死ぬなよ」


「テメーは他人事みたいに言うんじゃねえよ。ったく、マジかよ……」


 アレックスは、天を仰いで嘆息した。

 戦いはもう始まっている。そして、相手はアレックスの途中下車を許すほど優しくない。聖女が一人死んでいる以上、その気はないと言った所で見逃してはくれない。この場にいる誰もがそうだが、捕まれば徹底的に尋問される。それは拷問を含む苛烈なものになるだろう。アネットの言う事は間違ってない。

 だが……やる気がない者を巻き込むのは、俺も気が進まない。それはアレックスだけの話じゃない。


「おい、マッチ棒。お前はどうする」


 声を掛けられたマッチ棒は顔を上げ、怒りに満ちた目で俺を睨み付けてくる。


「なんだ、邪悪な子供。私はここに残るに決まってるだろう」


「そうか。死ぬなよ……」


 勿論、マッチ棒も例外じゃない。『俺』を知っている以上、尋問される。更にはギルドの金庫を開けて全ての資産を差し出したと知られれば、どうなるか。


 帝国が、というより、俺が勇者ならこうする。

 『エリシャ』に『ヘスティア』の二人を殺したディートを絶対に許さない。俺に関するものなら、どんな細かい情報でも手に入れたい。マッチ棒を厳しく尋問する。なんなら自白剤を使って尋問するのもいい。そして、ギルドの資産を差し出した件については罰を与える。


 俺は立ち上がり、聖印を切ってマッチ棒の冥福を祈った。


「すまない、マッチ棒。俺は、お前が嫌いじゃなかった」


「ど、どういう意味だ?」


「死相が出ている。願わくば、お前の行く末に輝く銀の星の導きがある事を祈る」


「……死相、だと……?」


 マッチ棒は『宣告師』だ。当然、俺が強力無比な神官である事は知っている。焦ったように叫んだ。


「う、嘘だろう? 私は死ぬのか!?」


 俺は答えなかった。第一階梯の神官から死の宣告を受けたマッチ棒の目から怒気が抜け、呆然としたものになった。

 ギルド長のヘルマンと結託して、俺を帝国に売ったような奴だが、こいつはこいつで、なかなか辛い立場にある。中間管理職は何処に行ってもキツい立場だ。同情を禁じ得ない。


「お、おい、今のは聞き捨てならん! 私は死ぬのか!! 何故、憐れむように見る!」


 ぎゃあぎゃあと喚き散らすマッチ棒を横目に、アネットが厳しい表情で言った。


「……来るわよ。数は……大隊規模。凡そ六百……!」


「ほう、張り切ったな……」


 場所が市街地になる以上、動員規模は限られる。さて、文句なしの大立ち回りになるが、アレックスは、やはり気が進まないようで顔を顰めている。

 俺は少しだけ考える。


「よし、二手に別れよう。俺はこの場に残って相手を引き付ける。お前たちはパルマに向かえ」


 その言葉に、アレックスは片方の眉を釣り上げた。


「分かった。あたしらはパルマに行く。他には?」


「ちょ、待っ――」


「ヨルさま!」


 アネットとアイヴィが騒いでいるが、流石に大隊規模になると考える必要がある。

 俺がギルドに残れば、帝国は必ず戦力を集中させる。その戦力を俺が引き付ける間にアレックスたちは先行し、パルマ入りする。


「女王蜂と先に話を付けておいてくれ。頼めるか?」


「まぁ、それぐらいなら……」


「金はちゃんと持って行けよ。女王蜂によろしく」


 アレックスとアネットの財産を差し引いても、それなりの額が残るだろう。債権に関しては、それを金に換えられるかどうかは女王蜂の器量次第だ。

 ――死神暗夜は一回休みだ。

 さて、ここから先は命懸けになる。

 アネットが叫んだ。


「あんた馬鹿!? いくらなんでも死ぬって!」


「問題ない」


 本体ヨルが覚醒すれば、ディートは死んでも問題ない。間もなく覚醒する筈だ。それまで楽しませてもらう。


「二手に別れるぞ。アネット、お前なら包囲を抜けられるだろう。アレックスと先に行け。アイヴィ、お前は残れ」


 その言葉に、アイヴィはホッとしたように胸を撫で下ろした。

 一方、アネットは眉間に深い皺を寄せている。


「……信じて、いいのよね……?」


「勿論だ。パルマで会おう」


 俺はギルドに残り、徹底的に帝国の連中とやり合う。不利な方がいい。こっちも遠慮なく殺れる。遊びなら危険な方が面白い。ならば――

 俺は、パチンと指を鳴らした。

 その瞬間、アイヴィが煙のように消え失せる。『部屋』に送った。


「やったぞ……」


 俺は嗤った。

 権能の行使は、ニンゲンの身体ではできなかった事だ。『勝利の石』による本体強化の影響と見ていいだろう。最悪、俺自身も逃げられるという事だ。


「悪いな、アイヴィ。ここから先は大人の時間だ」


「え、なになに? 猫の子、何処に行ったの? ってか、どうやったの? 何したの?」


 奇妙な部屋(ストレンジ・ルーム)。アイヴィは『天界』と呼んでいる。知らないアネットが驚くのは無理もないが、説明するのは面倒だ。

 俺は言った。


「行け、アネット。早くせんとお前も送るぞ」


「って、何処に?」


「天国だ」


 俺がそう答えると、アネットとアレックスは振り返らずに逃げ出した。


「お、おい、邪悪な子供……わ、私はどうすれば……」


「椅子だ」


 俺は神聖結界を展開した。

 特殊な力場の展開。これも以前より強化された。俺は三割増で強くなる。効果範囲が拡がり、結界の中は俺の領域だ。


 続々と帝国騎士が集結し、ギルドを包囲するのが結界を通して気配で分かる。アレックスとアネットの二人は騎士団の包囲を避け、狭い路地を縫うように駆け、無事下水道に入った。


 正面玄関にあるエントランスホールに陣取った俺は改めて椅子に腰掛け、口の中に伽羅の破片を放り込む。

 僅かな時が始まりを無為に遊ぶ。


「……この瞬間が堪らんな……」


 俺は戦いを好む。純粋な意志と意志の衝突が好きだ。今度こそ剣を抜き、掛かって来てくれると嬉しい。

 ――『死神』暗夜。

 アスクラピアは与え、奪い給う。生と死と。俺の嗜好は明らかに後者の方に振れている。

 そして――

 両開きの扉が軋んだ音を立てて開け放たれる。

 まず白い外套マントが目に映った。白い甲冑にはザールランドの国章である燃える日輪が刻まれている。

 先頭に立つ騎士は角付きの兜を被り、やや腰溜めの姿勢で腰に差した剣の柄に手を描け、慎重に辺りを見回して――


 マッチ棒に腰掛け、堂々と真正面から出迎える俺を見て、酷く驚いたように仰け反った。


「なっ、お前は……!」


「……」


 特徴がエルナに聞いていたものと一致する。先の聖女との邂逅といい、今の俺は、恐ろしくなるほどツイているのか――違う。


「よお、アシタ・ベル」


 敬愛する母は復讐に加護を与える。邪魔者はいない。恐ろしいぐらいの運の冴え。

 これはもう、偶然とは言えない。

 まさに神の思し召しだ。

 俺は静かに聖印を切り、胸の内で母に感謝を捧げる。


 青ざめた唇の女。本性は蛇。癒しと復讐を司り、自己犠牲を好むしみったれた女神、『アスクラピア』に永遠の祝福(災い)あれ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ