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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第五部 青年期『勇者』編(前半)
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80 パルマへ

 俺の力に怯えた人工聖女は、あの時、何をしようとしたか。

 『勝利の石』を使おうとした。

 つまり、勝利の石は聖女の切札だった。俺は俺自身の個性オリジナルでその切札を喰った。


「あ、あんた……」


 勝利の石を取り込んだ俺を、エミーリアが呆然として見つめている。


「……」


 名無し聖女とは比較にならない神力の塊を取り込んだ。それも、俺とは反発する軍神アルフリードの神力だ。

 さて……何が起こるか。

 俺はこの力を俺自身のものにできるか。できなければ、俺はアルフリードは勿論、アスクラピアにも敵わん存在だという事になる。


「……」


 ややあって、俺は首を傾げた。


「なんだ? 何も起こらん――」


 言いかけて、どくん、と心臓が跳ねたような気がして――視界が赤く染まった。

 ――猛毒。

 俺の抱いた感想はそれだった。

 アルフリードとアスクラピアの神力は反発する。次の瞬間には身体が灼熱して、赤く燃え上がった。


 ――熱い! 熱い熱い熱い!


 なんだこれは! 軍神の神力とはこれほどのものか。俺の身体は物理的に燃え上がり……

 エミーリアが叫んだ。


「ばっ、馬鹿! 今すぐ吐き出しなさい!!」


 そうしたいが、そんなに都合よくできてない。やってしまった事はどうしようもない。俺は、自身の愚かさを呪うと同時に確信もした。


 この力を取り込む事が出来れば、俺という存在は確実に次のステージに進む。


 邪悪な母(アスクラピア)の統制から外れ、独立した存在になれる。つまり……可能性を得る。


 全身の神力を振り絞り、身体を駆け巡る軍神の力を押さえ付ける。


「うぐ……! 負けるか……負けて……」


 負けてたまるか! やれる! やらねばならない! この程度の力を捩じ伏せる事が出来なければ。アスクラピアを超える事など夢のまた夢。


 俺は弱々しい人間とは違う。『使徒』の身体は星辰体アストラルボディだ。血と肉でできた人間のものじゃない。神……アスクラピアやアルフリードのものと同じように出来ている。やれる筈なのだ。


 俺は、ギュスターブとローランドの力を取り込んでいる。更には俺自身の力。全ての力を振り絞り、身体中を駆け巡る軍神の熱血を抑え込む。


 暴れるな! 従え! 俺のものになれ! 祈るのでも願うのでもなく、力ずくで捩じ伏せろ!


 全身全霊の力を以て軍神の力を捩じ伏せ、従わせ、俺自身の糧とする。

 おそらく……全使徒中、神力だけで言えばだが、俺の力はトップクラスと言っていい筈だ。実際、ヴォルフは相手にもならなかった。

 だが――

 その俺をして、軍神の力はこの身に余る。身体が燃える。燃え尽きる。


「……まさか……こんな筈は……」


 思った。

 駄目だ……力が足りない。今の俺をして、軍神の力を捩じ伏せるには力が足りない。押し切られる。


 ――俺は死ぬ。


 締まらない最期だが……是非もなし。これが俺の限界だったという事だ。ヴォルフを喰っていれば、或いは……

 後悔は役に立たない。

 俺はその場に膝を突き、赤く燃える炎の中で息を吐く。


「……エミーリア……すまん……後は任せた……」


 全てを中途半端な形で投げ出す事になるが、これもまた運命だ。俺は、俺自身の軽率と傲慢さによって燃え尽きる。

 身体の崩壊が始まった。

 ぱきぱきと音を立て、形を保てなくなった身体が崩れていく。

 エミーリアが叫んだ。


「あんた……この馬鹿ッ!!」


 アルフリードが切札として持たせる訳だ。嫌というほど理解したが、全て手遅れだ。


 俺の死により、部屋が崩壊する事になるが、エミーリアとエルナがいれば皆を逃がしてくれるだろう。


 エミーリアが俺を睨み付けている。


 エメラルドグリーンの瞳が燃えているような気がした。


 駄目なものは駄目だ。そして、最後だから言っておかねばならない事がある。


「……エミーリア、悪かった……」


 殺し屋(ベアトリクス)魔王(ディーテ)の元へ使いに出した。そのうち、謝っておかねばならないと思っていた。

 身の程知らずの馬鹿が死ぬ。

 それだけだ。だが全力を尽くした。力及ばず俺は死ぬが、それでいいとも考える。

 最後に言った。


「……ルシール……すまん……今、行く……」


「――ッ!」


 その瞬間、エミーリアが動いた。

 全身に青白い神力を纏い、赤く燃え上がる俺の胸に飛び込んで――呻くように言った。


「……これは貸しよ。あんたは、私に無限の負債がある……」


 なんの事だ? どうするつもりだ? そこまで考えた所で、エミーリアが『跳んだ』。部屋移動だ。


 俺の意識は暗転した。そして――


◇◇


 …………さま!


 ………………ヨルさま!


 アイヴィの悲鳴がして、俺は目を覚ました。


「……?」


 場所はオリュンポスのグランハウス。目の前には、涙を流すアイヴィと、酷く険しい表情のアレックスとアネットがいた。


「これは……」


 小さい手の平。ディートハルト・ベッカー。俺という名の少年。


「……なんだ? 何があった……?」


 その俺の言葉に、アレックスとアネットは呆れたように首を振り、アイヴィは泣きじゃくりながら俺の胸に飛び込んで来る。


「……」


 アイヴィを受け止め、背中を擦りながら顔を上げる俺に、アネットが疲れたように言った。


「あんた、いきなり血を吐いて倒れたのよ。何があったってのは、こっちの台詞よ」


「……そうか」


 まぁ、とんでもない無茶をやった。ディートが存在する以上、生きているのは間違いないが、本体ヨルとの接続が切れている。


「そうか、じゃねえよ。ちゃんと説明しろや」


 アレックスは眉間に皺を寄せ、厳しく俺を睨み付けている。


「あぁ、うん……すまん。俺もよく分からん……」


 エミーリアが何かした。

 お陰で俺は生きているが、本体ヨルの状態は分からない。生きているのは間違いないが、意識すらない行動不能の状態にある。



『……これは貸しよ。あんたは、私に無限の負債がある……』



 助かったが、今後を思うと先が思いやられる。またエミーリアに無限謝罪する羽目になる。いや、それ以上の何かを要求される。

 アレックスが仏頂面で言った。


「どうせ、テメーはまた無茶苦茶な事をやったんだろうが」


「……よく分かったな……」


「…………」


 アレックスは頭が痛いのか、険しい表情で眉間を揉んだ。


 そして、本体ヨルと繋がってないこの状況。もし、勇者の襲撃を受ければ一溜まりもない。


「……んで、これからどうすんのよ……」


 額に青筋を浮かべたアネットが、ぐりぐりと俺のこめかみを指で押した。


「あんたは聖女を殺ったんだから、すぐに向こうも動くわよ。これからの展望はないなんて言ったら、ぶっ飛ばすわよ」


「……」


 俺は生きている。生きているが、危機的状況にあるのは変わりない。少し考えて、それから言った。


「今はヤバい。逃げよう」


 本体との接続が切れている。おそらく、今やられれば、今度こそアウトだ。そもそも勇者の力が未だ未知数というのもある。

 アネットは首を傾げた。


「逃げようって……あれは? また変身して殺っちゃえばいいじゃん」


「……それができたら苦労しない……」


 本体の状態が分からない。きっとエミーリアが骨を折ってくれているのだろうが、今のところ、回復の目処は立ってない。だが、そんなに時間は掛からない筈だ。

 死神暗夜は、一回休みだ。

 だが生きている。生きているという事は、この先に進めるという事。目を覚ました俺は、それまでの俺とは違う存在だ。


「やったぞ……素晴らしい……」


 嗤う俺を見て、アネットは面白そうに笑った。


「うふふ……また、あんたは吃驚させてくれるのね……」


「あぁ、これからだ」


「そうこなくっちゃ!」


 アレックスは肩を竦め、とびきり大きな溜め息を吐き出した。


「……んで、大馬鹿野郎のテメーは、次にどうすんだよ……」


「そうだな……逃げるのはいいが、ただ逃げるのはつまらんな……」


 俺は、まだ泣きじゃくるアイヴィの背中を擦りながら考える。

 暫く考えて、言った。


「掻き回しながら逃げる。それで行こうか」


「……つまり、テメーは、また無茶苦茶するんだな……?」


「ああ、派手にやる」


 まずはギルドに帰って、マッチ棒に挨拶したい。それからやって来るだろう憲兵共を蹴散らして……

 アレックスが舌打ちして言った。


「……こうなりゃ、あたしも前に出るしかないね。付き合うよ……」


 オリュンポスを取り囲んでいた部隊が壊滅したのだ。追手は当然やって来る。アレックスの判断は妥当だった。


「本当か? それは心強い」


 さて、引退して六年とはいえ、元A級冒険者アレクサンドラ・ギルブレスが強力な『戦士』である事は疑いない。

 これならやれる。

 危機的状況にあるが、それを悟られてはいけない。逃げながら攻める。あちこち掻き回しながら目指す先は……


「パルマだ」


 帝国に死を。女王蜂と手を組む。


「パルマに向かう」


 夜空に流れる銀の星が、進むべき道を指し示している。

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「それまでの俺とは違う存在」って、強くなるとは限らないわけで
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