夢の続き(アビーSS)
あいつは、いつだって説教ばっかりだった。
「アビー、ガキ共を殴るんじゃない。暴力は癖になる。何度言ったら分かるんだ」
「うるさいねえ、あんたは」
だからなんだってんだ。
あたしがガキ共をぶん殴るのは、そのガキ共の為だ。
このパルマの掟を無理にでも叩き込まないと、ガキ共はあっさり死んじまう。
「聞け、アビー」
また始まった。これさえなきゃ、最高だったんだけどねえ……
「寛容になるという事は、そう難しい事じゃない。どの罪も、自ら犯し兼ねなかったものばかりだ。そもそもリーダーの資質というものは……」
「くそッ! また始まったよ!」
……時は無情に過ぎて行く。
一年、また一年。夢の中のディは歳を取らない。あたしは年々デカくなって……
「ふむ……いい感じだな。組織もデカくなった。エヴァとも仲良くやっているか?」
「そりゃ、もう」
あたしの大神官は歳を取らない。未だに十歳のガキのままだ。
「仲良くやれって言ったのは、あんたじゃないか」
「うん、そうだな」
ディは、ほんの少しだけ微笑った。珍しい事もあるもんだ。いつも、夢の中のディは眉間に皺を寄せていて、あたしには説教ばかりする。
でも、この日の夢は違った。
ディは珍しく微笑っていて、ほんの少しだけ悲しそうだった。
「……もう、いいか? 俺は、もう……行ってしまっていいか……?」
「だ、駄目だよ。何を言ってんだ。あんたはNo.2なんだ。あたしの片腕だろ?」
――すまない。俺の事は、忘れてくれ。
黒い神官服の男。『暗夜』。あたしの男。
あたしは不機嫌さを隠さず、激しく舌打ちした。
「無責任な事を言うんじゃないよ! 絶対に許さないからね!!」
「……」
目くじらを立てるあたしを見て、ディは、やっぱり悲しそうに微笑う。
……畜生。こんな事になるんなら、部屋の奥に閉じ込めて、一生外に出したりなんかしなかったのに……
あたしは、また泣きそうになる。いつだってそうだ。夢の中のディは、あたしが気を緩めると、すぐに何処かに行っちまいたそうにする。
でも……この日のディは少し違っていた。
「……どうしても無理か……」
諦めたように肩を竦め、皮肉っぽく笑ったディは、次の瞬間――
黒髪、黒目の男に変わった。
黒い神官服。身体もデカくなって、あたしより少しデカい。
「……それじゃ、そろそろ帰るが、構わないか……?」
低い男の声。いつもの甲高いガキの声じゃない。
そして――猛禽類の鋭い眼。
「って、あ? 何処に……」
あたしは、一遍に腰から力が抜けちまってその場にへたり込みそうになった。
そのあたしの腰を支えながら、ヨルは困ったように言った。
「何処にって、お前は俺の親分だろう。お前の下以外の何処に帰るんだ」
「……そうだね。どんと来な……」
幸せな夢だった。
明日は、きっといい日。
◇◇
あたしの目ん玉は特別製だ。
人相見の他に、『縁』が見える。尤も……それをやると疲れちまって、あたしはやる気みたいなもんが萎んでしまう。
デカい家。美味いメシ。大勢の手下共。六年前はチビクソだったガキ共もデカくなった。
あたしの巣はデカくなったんだ。
青白い朝陽が差してきて、あたしは薄っすらと目を開ける。
あぁ、畜生。いい夢見てたのに、あたしはなんだって起きちまったんだ。
夜明けはいらない。ずっと優しい暗闇の中で、優しい夢を見ていたい。
あたしの巣はなんでもある。でも、一番大切なもんが欠けている。
今日は、きっといい一日になる。なんだか、そんな予感がする。
枕元に置いてある水差しから、コップに伽羅水を注いでいると、扉の向こうから階段を駆け上がる大きな音がした。
あたしは、小さく舌打ちする。
朝は、いつだって静かにするんだ。
昔から口を酸っぱくして言ってきたのに、バカ共は身体がデカくなるばっかりで頭の方はからきしだ。
その次の瞬間には、激しく扉を叩く音がして、あたしは眉間に皺を寄せる。
「ボス! ボス! 起きて下さい!」
「やかましいね。話があるなら、そこでしな」
大勢いる内の、あたしの手下の一人。そいつが大声で叫んだ。
「お、おくのひとが! おくのひとが、か、帰って来ました!!」
「はん? 何を馬鹿な事を……」
今日は、きっといい日。
――そろそろ帰る。
夢の続きが始まったんだ。