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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第四部 青年期『使徒』編(後半)
263/309

55 名もなき教会6

 死神が聞いて呆れる。


 ジゼル・アフラ・シュナイダー。


 アルベール・クラレ・シュナイダー。


 白蛇の展開する殲滅戦で、俺は二人の教会騎士と二人の人工聖女を見逃した。


 残った者は、一人の例外なく死んだ。夜の傭兵団の損害は軽微。おそらく、この死の砂漠に於いて、夜の傭兵団こそが最強の戦闘集団だろう。


 幼い子供たちで形成された人工聖女の集団も滅んだ。俺と白蛇の妨害により、その力を発揮する事なく、ただの子供として死んだ。

 白蛇は言った。


「……まだ、終わってない……」


 そうだ。

 グレゴワールは、いったい何人の勇者と聖女を造ったのか。


 カッサンドラは、いかにも気分悪そうに舌打ちした。


「あのガキは作りたてだな。気色の悪いガキ共だ。全員、生き写しじゃねえか」


 そうだ。

 聖女たちは、髪型などに多少の差違があれど顔付きや体格は瓜二つなのだ。


「……おぞましい……」


 第十四使徒『作曲家』フロレンティーナがそう吐き捨て、深く物思いに沈む俺の元へ歩み寄って来る。


「暗夜、ちょっとこれを見て下さい」


「うん……?」


 ティーナが差し出したのは、何かの楽譜だった。


「どうです?」


 俺には記憶がない。その失われた記憶の中には、『作曲家』フロレンティーナの事も含まれる。


「……なにが?」


「なにがって……いい曲でしょう?」


「……」


 俺は、死の砂漠くんだりまで音楽の話をしに来たんじゃない。ずきずきと痛む眉間を揉んだが、ティーナは鼻息を荒くして続ける。


「この前、聞いた貴方のピアノに触発されて作った新曲です!」


「あ、ああ、いいんじゃないか?」


「その気のない反応はなんですか。貴方なら、もっと……こう、何かあるでしょう!」


 ティーナの言葉に辟易する俺の様子に、カッサンドラが大きく笑った。


 先の使徒の戦いでは、アルフリードの干渉があり、カッサンドラに殿しんがりを押し付けた。

 俺の『部屋』での出来事だ。

 静かに視線を伏せ、右手を胸に当て、神官として一礼すると、カッサンドラは豪快に笑った。


「いいさ! こっちとしちゃあ、いいもん見せて貰ったからねえ!」


 ちなみに、このカッサンドラとティーナはあまり仲が良くない。カッサンドラには、ティーナが偏執的な音楽狂いにしか見えず、ティーナには、カッサンドラがただの野蛮人にしか見えてない。


 そこで、一瞬、悪くなりかけた空気を打ち消すように白蛇が会話に割り込んだ。


「……見たか、グレゴワールの勇者を。枢機卿アウグストにそっくりだった……」


 その言葉には、カッサンドラとティーナも表情を渋くした。


「……あのガキの『焼き付け』には、アウグストの野郎が絡んでるな……」


「……そうですね。暗夜の告発には、正直、驚きましたが……あれを見た後では……」


 ティーナは厳しく言った。


「討滅も已む無し」


 俺も、あのガキ勇者には思う所がある。あれは……


「アウグストの質の悪い模造品だ。おそらく数打ちだろうが……あれが十人も居れば厄介だぞ……」


 そして、百人は居ただろう聖女軍団。下界の者でも、あれだけの数の『聖女』は脅威でしかない。

 そして、あの聖女たちだが……


「エルナに似てたな」


 カッサンドラのその指摘に、白蛇とティーナの視線が俺に集まる。

 俺は軽く唇を舐めた。


「待て。今のあいつは、ただの子供だ。手を出すな」


「あたしも、それはやりたくないねえ。でも、あれを見ちまったら、そういう訳にも行かないね」


 カッサンドラは、暗にエルナを尋問しろと言っている。


 白蛇とティーナは口を閉ざし、深く考え込む様子だ。カッサンドラの意見に賛成はしないが、反対もしない。

 白蛇はグレゴワールの首を掲げ、言った。


「……とりあえず、皆、ご苦労だった。俺は、この足で母に会いに行く。こいつには、聞きたい事が山ほどあるからな……」


 その言葉に、カッサンドラは震え上がった。


「母上どのの尋問か! おっかねえ……」


 ――超越者アスクラピア


 あの邪悪な女なら、首一つあれば、尋問も可能だろう。それは俺たち使徒をして理解を超えているが、あれに俺たちの常識を当て嵌める事は出来ない。グレゴワールが生きているか死んでいるかなど、些細な問題だ。

 ティーナが難しい表情で言った。


「……理の『書き換え』があるかも知れませんね……」


 俺は『成り立て』だ。成り立ての使徒だ。それでも知っている事がある。


 ――理の『書き換え』。


 母は焼き付けの邪法に付いて探っている。それがここまでの規模で乱用されたとあっては、事の早期解決には乱暴な方法を用いるよりない。


 世界の『ことわり』の書き換えだ。


 無論、簡単にしていい事ではない。あの邪悪な母をして、簡単に出来る事でもない。大きな力の行使には代償が伴う。


 ただ……代償を払うのは『世界』だ。


 理の『書き換え』を行う場合、この世界の人類は責任を取らされる。天変地異か、はたまた邪神、魔王の誕生か。理の書き換えには恐ろしい代償が伴う。今回、人類はそれだけの罪を犯したという解釈も出来るが……


 そこで、俺たちは全員が黙り込んだ。


 俺たち使徒には下界不干渉の原則があるが、それとは別に、拠って立つ所がある。


 俺たち使徒は、人類の味方だ。


 使徒が天使と呼ばれる所以はそこにある。それぞれの資質に従って、殺しもするが守りもする。奪いもするが与えもする。尤も、代償は払わせるが……

 そこまで考えた所で、ティーナが思い出したように言った。


駄目商人グラートとディートリンデは? エミーリアも見ないし……」


 白蛇は小さく頷いた。


「面白い魔道具を多数持っていたのでな、収拾と鑑定をしてもらっている。詳細は追って報せる。欲しい物があれば言ってくれ」


「おお、マジか!」


 『戦利品』とは、傭兵団を率いる白蛇らしい。俺は呆れる思いだったが、ティーナとカッサンドラは嬉しそうに笑った。


「まあ……!」


 ニンゲンは、時に面白い魔道具を作る。それらは、俺たち使徒をして便利な代物であるし珍品でもある。

 白蛇は強く鼻を鳴らした。


「タダ働きなんぞ、やってられるか」


 その意見には、カッサンドラもティーナも賛成のようで、実にいい笑顔だった。


「違いない」


「あらあらまあまあ」


 白蛇は『指揮官』だ。使徒という癖の強い面子を纏めるには、それなりの資質が必要になる。利益をもたらすというのは、分かりやすい資質だ。こんな胸糞悪い戦場では、特に……


 そして、白蛇たちはそれぞれの思惑に従って戦場を去った。


 俺は赤い月を見上げて考える。


 これでグレゴワールの目的が明らかになる。だが、アルフリードの狙いは? そして、邪悪な母は何を思うのだろう。


「…………」


 考えるが答えは出ない。


 『勇者』と『聖女』は、あと何人いる? クラウディアは、今何をしている? ベアトリクスには、あまり頼りたくない。


 そこまで考えて、答えの出ない自問自答に疲れた俺は指を鳴らした。


 幾つもの虚数空間を渡り、名もなき教会に帰る。もう少しルシールを虐めてやりたい。

 それから『部屋』に帰り、ベアトリクスの報せを待つ。クラウディアの討滅を経て、そして……


◇◇


 再び『名もなき教会』に帰った俺は、目の前の光景に絶句した。


「…………」


 教会が燃えている。留守にした数時間で、いったい何があればこうなるのだ。


「なんだ、これは……!」


 襲撃を受け、火を放たれた。


 誰が! 何故!


 急ぎ外庭を駆け抜け扉口に入ると、そこには純鉄の矢を胸に受けたゾイが息も絶え絶えになって壁際に座り込んでいた。


「――ゾイ!」


 ルシールは、エルナは、他の修道女シスタたちはどうなったのか。


 その問いを飲み込んで、ゾイの胸に突き立った純鉄の矢を引き抜く。

 『純鉄』は不味い。

 矢を掴んだ瞬間、右手から煙が上がり焼け付くような痛みが走ったが、構わず引き抜き、強い回復術でゾイの負傷を癒した。


「ゾイ、何があった!」


 矢傷もそうだが、煙に巻かれたゾイは喉や肺にも大きなダメージを受けている。強靭なドワーフでなければ死んでいただろう。


「う、あ……せ、先生……」


 傷は治した。だが、ダメージが大きすぎる。出血や失った体力までは回復しない。ゾイは礼拝堂へ続く扉を力なく指差した。


「皆は奥か!」


 おそらく、ゾイが先頭に立って迎え撃ったのだろう。だが敵わぬと見て、ルシールらは奥の礼拝堂に退避した。


「誰が……!」


 強い怒りに歯噛みする俺に、意識朦朧とするゾイが呻くように言った。


「アシタ・ベル……」


 それだけ言って、ゾイは意識を失った。

明日も更新します!

『アスクラピアの子』9月10日発売予定です。リンクは下部より。よろしくお願いいたします。

是非、一度手に取ってみて下さい。重大発表もあります!

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― 新着の感想 ―
[一言] アシタは何回暗夜を裏切れば気が済むんだろう……? いい加減首切られても仕方ない事をやらかしまくってる気がするわ。 で。 やっぱりディートハルトは暗夜の部屋で焼き付けしてたって話だから、ディ…
[良い点] ベルは本当に恩を仇で返す奴だなぁ あきれる
[一言] クソガキ本当にクソガキになったのか?
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