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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第四部 青年期『使徒』編(後半)
248/310

40 夜の愛し子

なんか9/10日『アスクラピアの子』発売予定です。

イラストは増田幹生先生です。

リンクは下部より。

「……聖エルナは、あれは人工聖女ですよね……?」


 その瞬間は、時が止まったようにすら感じた。

 ロビンは、当然のように言った。


「髪型が違うだけで、特徴がエリシャにそっくりじゃないですか」


「……エリシャ・カルバート……?」


「はい。バイオレットの瞳に聖痕。顔と雰囲気も似て……ああ、記憶がなかったんですよね……あまりに違和感がなかったので、私とした事が……」


 性格には難があるが、ロビンは有能だ。『超能力』もさることながら、その直感や論理的思考も決して無視する事はできない。


 ロビンは少し考えて、それから言った。


「……潔癖性で神経質。規律に厳しく、杓子定規で融通が利かない。寛容な一面もあるけれど、他者との共感性に乏しく、思いやりに欠ける。悲しくても泣かない……どうです? 合ってますか?」


 ……分からない。ディートハルトの記憶がない俺には『エリシャ』の事は分からない。だが……


「エリシャが、そういう性格でした。聖エルナも似たような感じじゃないんですか?」


「…………」


 ロビンとエルナとは殆ど認識がない筈だ。だが、ロビンの言葉には無視できない一致がある。


「あの人は、善です。はっきりと善です。ディートさんとは合わなかった筈です」


 確かに、俺とエルナは合わなかった。だが、あれはあれで聖女と呼んでいい寛容さがあった。厳しさがあった。正しさがあった。頑固さがあった。それを含めて尚、ロビンの言葉は概ね的を射ていると言っていい。


 ロビンは、何処までも論理的だった。


「貴方を人殺しと罵った筈です」


「……ああ、言った……」


「覚悟がない。彼女は誰も殺せない。それでは、救うべき時に救うべき者を救えない。見た目通りの子供です。だから、貴方は逆印の咎で済ませた。エリシャの時と同じように」


 それは、意識的にした事じゃない。だが、ロビンの言葉に反論できない俺が居る。

 ロビンは極めて冷静に言った。


「聖エルナの事は、聖典を読んで知ってます。母の胎内にあった時から『刷り込み』を受けていた。その期間は十月十日。でも、その神力は大した事がなかった。違いますか?」


「……ああ、そうだ……」


 ギュスターブとローランドを下し、その力を取り込んだとはいえ、十月十日に渡って『刷り込み』を受けたのが事実であれば、簡単に逆印は刻めない。凄まじい抵抗があった筈だ。それが……感じられなかった。


「あれは、失敗作です。器が力を受け止め切れなかったんでしょう。大部分の力が溢れて消えた」


「失敗……?」


「勿論、聖エルナの遺した功績は偉大です。魔王ディーテとの戦いでは自己犠牲を惜しまず、勇者アウグストらを支援した」


 その聖エルナは衰弱激しく、晩年はベッドの上で過ごした。


「ま、待ってくれ……」


 ロビンの言葉を制止した俺は、割れそうに頭が痛んだ。


 かちり、かちり、と音を立て、パズルのピースが填まって行く。


「考えさせろ。考えさせてくれ……」


 十月十日の『刷り込み』は度を超えている。本人の意思や限界を超えたそれは……正に『焼き付け』だ。


 つまり――初めて『焼き付け』を行ったのはアスクラピアではないか?


 無論、これは憶測の域を出ない。仮に、エルナに『焼き付け』を行ったのが母だったとしても、魔王ディーテ討滅の功績を思えば結果は悪くない。寧ろ世界に仇為す邪悪を祓った。


 ――超越者アスクラピア


 駄目だ。俺の価値観ものさしでは、こいつを計る事は出来ない。何を考えているのか分からない。


 ロビンは、酷く平淡な表情で俺を見つめている。


「……今、凄まじい事を考えていますよね。聖エミーリアも、この場に呼びますか……?」


「いや、誰も呼ぶな」


 俺は首を振った。

 第一使徒『聖エミーリア』と、勇者アウグストが第二使徒として召し上げられるまで、実に七百年。おかしいとは思っていた。その後の三百年でエミーリアを除いた十六名の使徒が集められた事を思えば、母は凄まじく短い期間で使徒を集めた事になる。


「貴方は素晴らしい」


 先程の平淡な表情とは、打って変わって、ロビンは恍惚とした表情で俺を見つめている。


「聖エミーリアが信用できないんですね? 素晴らしい。貴方は真実の一端に触れた」


「黙れ……考えさせろ」


 マリエールも呼び出したいが駄目だ。必ずエミーリアが反応する。フラニーたちには荷が重すぎる。


 ――七百年。


 人間にとって、この悠久に近い時が何を意味するか。


 ……母が、エミーリアを見限るのに要した時間だ……


 そう考えると辻褄が合う。その後、短いスパンで使徒を集めた事まで辻褄が合ってしまう。

 母は何かを『期待』していて、エミーリアはそれに応える事が出来なかった。その後の使徒も同様だ。母の期待に添うものではなかった。


 軍神アルフリードの干渉時、母の干渉がなかったのは何故か。


 ――増えすぎた使徒を減らしたかった――


 或いは『ふるい』に掛けた。全ては憶測だ。だが、辻褄が合う。合ってしまう。

 駄目だ。過ぎた憶測はよくない。あの、慈悲深くも邪悪な母の考える事は分からない。だが……エルナの事に関しては結論が出た。


「……聖エルナは……使徒として召し上げられた際、身体ごと召し上げられたそうだ……」


「はい。知ってます」


 俺はもう、ここで思い疲れる。


「……ロビン、お前の言う通りだ。母は、いずれ失敗作エルナを『人』に戻すつもりだったのだろうな……」


「……凄い。素晴らしい……」


 ロビンは、俺の答えに驚嘆し、感動に打ち震えているが、俺としては笑えない答えだ。


 邪悪な母(アスクラピア)の指先が、運命を回している。


 そう思わずに、居られない。


 そして――何も分からない。今回の当為ソルレンに人工勇者と人工聖女の討滅、及び抹消が含まれるなら、俺の行為はアスクラピアの意思に添ったものと言える。


◇◇


 何も知らない時にだけ、人は知っていると言えるのだ。真実に近付くにつれ、謎は深まって行く。


《アスクラピア》の言葉より。


◇◇


 謎は深まって行く。

 あの、しみったれの意図を読み解かねばならない。


「……白蛇だ。白蛇に会いたい……」


 ヤツなら母の真意を知っているだろう。話すだけでも、何らかの反応が得られるはず。

 ロビンが言った。


「ディートさん。私に全室移動の権限を」


「許可する」


 ロビンに知られて困る事は、一切ない。暫く過ごして慣れたという事もあるが、この秘密を共有している事が大きい。


「非常時は、マリエールさんと同等の権限を」


「……許可する」


 何をするか分からないヤツだが、こいつは俺の敵ではない。躊躇いがない訳じゃないが、この有能を腐らせて置くのは、あまりに勿体ない。


 続けて、ロビンは当然のように言った。


「聖エルナを尋問させて下さい」


「……」


 ロビンが言うこの『尋問』は、拷問すら辞さない苛烈なものだ。それが言外に伝わって、俺は思わず鼻白んだ。


「……そこまでする必要はない……」


 頭が割れるように痛んだ。

 この身体は駄目だ。子供のものであるせいか、酷く疲れる。


「捨て置け。あれは、もう何の力も持たない子供だ。その内、然るべき場に放逐する。関わるな」


 ロビンは呆れたように、しかし何処か嬉しそうに肩を竦めて笑った。


「……本当に変わりませんね。蜂蜜より甘い……」


 第三使徒『聖エルナ』の使命は終わった。それだけだ。


 だが……これが神さまの思し召しとやらならば、俺は……


◇◇


 ベッドの上で大の字になった俺は、ロビンの膝枕で優しく髪を梳かれている。


「……ロビン。この身体は、やはり駄目だ。すごく疲れる。元の身体に戻りたい……」


「……駄目です。約束は守って下さい……」


 ロビンは微笑っている。


「……なんだか、すごく眠いんだ。こんな事は初めてだ……」


「それが人間です。貴方は、この数日、殆ど眠っていない。寝たふりをしていただけですよね」


「なんだ……バレていたのか……」


 ロビンは優秀すぎる。

 エルナを『焼き付け』の産物と見破ったのは、このロビンの慧眼だ。


「……貴方に付いて行けるのは、私だけです。それを忘れないでいて下さい……」


「……そうだな……」


 ロビンはあまりに優秀だ。

 俺は、こいつなら、心配せずに戦える。肩を並べて前に行ける。それだけの強さと賢さがある。


「あぁ……疲れた。疲れたよ……」


「……お休みなさい。暗夜さん……」


 洗礼名『ロビン』……コマドリ……夜の愛し子……魅入られたのは俺か、それともロビンか……分からない……


「……なぁ、ロビン。俺と一緒に、世界の秘密を見に行かないか……?」


「……いいですよ……何処までもお供いたしますとも……」


「うん……それでこそ……」


 俺の『騎士』だ。


 意識に、眠りの帳が下りる。

9/10日『アスクラピアの子』発売予定です!

イラストは増田幹生先生です!

リンクは下部より。

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[一言] 書籍化おめでとうございます ディーさんの顔クッソ邪悪で草 主人公のしていい面じゃない
[良い点] いつもいつも最高に面白いです!ロビン〜!!登場人物がみんないいキャラしてるなあ…。現実の人間より人間味感じます笑 [一言] 先にX見て知ったんですが、書籍化本当におめでとうございます!!!…
[一言]  書籍化おめでとうございます。
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