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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第四部 青年期『使徒』編(後半)
242/309

34 戦い終えて……

 エミーリアは語った。


「私さ、アルフリード帝国の連中を大勢殺したよ」


 もう千年以上も昔の話だ。

 エミーリア騎士団、初代団長であるエミーリアは、アルフリード帝国との戦いで大勢のアルフリード兵を殺した。


「王族も殺したねえ。そしたら、出て来たのアレだよ。一発でぺちゃんこ」


 まぁ、お痛が過ぎたエミーリアは、軍神アルフリードの怒りに触れ、その鉄槌で命を失った。


 完璧に破綻したと思っていたエミーリアとの関係だが、使徒の約半数を失った戦いを経て、数日経った今も、エミーリアは俺の『部屋』に留まっている。


「それよりさ、暗夜。あんたは大丈夫なの?」


「暫く休む」


「それがいいね」


 『無常』のような強い術や、多数の『分け身』という強い権能を使った俺の消耗は激しい。少なくとも一ヶ月は休みたいというのが本音だ。

 俺は疲れ、短く息を吐く。


「……マリエール。向こうの部屋はどうなってる……?」


 虚無に浮かんだディスプレイを見ながら、マリエールが溜め息混じりに首を振った。


「まだ燃えてる。消えそうにない」


 殿しんがりを買って出たカッサンドラは上手く逃げおおせたようだが、聖剣『レーヴァテイン』はアルフリードの手に渡った。そして、ヤツの燃える血潮で点いた炎が未だ消えない。


「……厄介だな……」


 盤上に新しい駒が並ぶ。

 強力無比にして、打倒不可能の大駒だ。そして……アスクラピアは現れなかった。


「……」


 考えるのは嫌いじゃない。だが、一度手を戻し、全てを考え直す必要がある。


 今の俺は、部屋が一つ使用できない状況にある。先ず、それについて考えていると、エミーリアから提案があった。


「ディートリンデに頼めばいいじゃん」


 確かに『氷騎士』の彼女の周囲だけは燃えてなかったが……

 そこで、俺は最近の口癖を口にする。


「アイヴィ……アイヴィ……ちょっと来てくれ!」


 俺は疲れた。白蛇が一日の半分を眠って過ごす訳が痛いほど理解できる。

 そして女共は姦しい。

 ロビンとフラニーとジナは毎日のように乱闘を起こす。時にはエミーリアすら乱闘に加わって、部屋で大暴れする。

 乱闘の原因はロビンだ。


「ああ、フランキー。この前は大活躍でしたね」


「……んだと、テメー! 嫌味か!?」


 使徒の戦いでは為す術がなかったフラニーたちは、ロビンに強い引け目を感じている。まぁ、元気がないより怒っている方がまだいいかと思って放置していたが……

 ロビンの暴言は、とどまるところを知らない。


「……ペットはペットですね。トイレの躾ぐらいは出来ているようですが……」


 そこにジナまで加わって大乱闘に発展する事が殆どだ。煩くて堪らない。


「これはこれは……修道女シスタ、エミーリア。どさくさに紛れて、暗夜さんに付きまとうのはやめてくれませんか?」


「あ……? ナメてんの、あんた。誰が誰に付きまとってるって?」


 消耗が激しい今の俺にとって、エミーリアの存在は助かっているというのが本音だ。


「ロビン、よせ。いい加減にしろ」


「嫌です。暗夜さんは、私との約束を破りましたよね?」


 先の戦いでは、ロビンの活躍は目をみはるものがあった。


 俺はその褒美としてデュランダルを与えたのだが、それはロビンの望む褒美ではなかった。


 それ以来、臍を曲げたロビンは、俺の不興を買うのを承知で騒動を起こす。

 俺は疲れ、首を振った。


「分かった。運命フォーチュンもやる。それで機嫌を直せ」


「いりませんよ、そんなもの。私の要求は変わりません」


「……」


 ロビンの要求を飲む事は出来ない。いや、出来るが、それをすると俺は大切な物を失ってしまう。


「変態狼」


 エミーリアが口汚くロビンを罵った。


「なんとでも、どうぞ。私は自分の欲求に正直なだけです。ヘラヘラして、色々な事を誤魔化す貴女より百万倍はましですよ」


「あ、なに? ヤるの?」


「何処からでも、どうぞ。可愛い修道女シスタ、エミーリア」


 ロビンが要求した『モノ』の事を考えると、俺は頭が痛くなる。


 そして、マリエールはマリエールで、一気に煩くなった部屋の事で機嫌が悪い。話し掛けると、二言目には全員追い出せと迫って来る。


 女共は姦しく、全員が揃って仲良くするという事を知らない。そんな俺の癒しは……


「アイヴィ、伽羅を持って来てくれ」


「はい。マスター


 この従順な猫人の少年だけが、俺にとっての癒しだ。


 ムセイオンでは十五歳と言ったアイヴィだが、実際の年齢は十二歳だ。それを思えば、このアイヴィは才能に溢れている。


「……俺が稽古を付けてやれればいいが、御覧の有り様だ。すまんな……」


 今は神力の回復に努めたい。そう思う俺は、術の使用を控えている。


「……いえ、マスター。とんでもありません。訓練はフラニーやジナとしますし、術の講義はマリエールさんに受けてますので、今はお休み下さいね……」


「うん……うん……お前は、いい子だな、アイヴィ」


「そんな……」


 猫人は強く賢く、魔力まである。性格の悪さで知られる猫人だが、このアイヴィに至っては、その性格までいい。


 俺が誉めると、アイヴィは頬を赤くして照れていたが……ロビンは、そんなアイヴィにも容赦ない。


「そこの……そう、陰険陰湿なお前……猫人の……誰でしたっけ?」


「ロビン!」


「ああ、マスター! お体に障ります!」


 褒美の要求を受け付けない俺に、ロビンは日に日に機嫌を悪くしている。


「あの……暗夜さん。騙されてますから」


 しかし、そこでロビンは真面目腐って言った。


「その……本当に騙されてますよ? ひょっとして、暗夜さんは……」


「黙れ、このレイシストが。その汚い口を閉じていろ。あまり俺を怒らせるな」


 俺はアイヴィだけを手元に置き、考えに耽る事が多くなった。

 アイヴィは静かで大人しい。

 喫煙にも寛容で、俺が煙草を吸っても文句一つ言わない。何より男なのがいい。


「アイヴィ、着替えたい。手伝ってくれ」


「……はい」


 神官服リアサもいいが、今は外出する気分じゃない。使徒の権能で着替えてもよかったが、あまりあれに頼り過ぎると、俺は駄目なヤツになるような気がする。

 その思惑から、アイヴィに着替えを手伝うよう頼んだのだが、ほんの少し妙な間があって、俺は違和感を覚えた。


「どうされました、マスター


 アイヴィは微笑み、少し頬を染めている。何かおかしい。何かが違うような気がする。


「いや、何でもない……」


 何処か違和感のあるアイヴィに手伝ってもらって、夜着のローブに着替えた後は、ソファに座って考える。


 俺が煙草を吸い始めると、姦しい女共は蜘蛛の子を散らすように離れて行く。いい厄介払いだ。だから喫煙がやめられない。


 そんな俺に文句を言わないのは、アイヴィだけだ。アイヴィだけは大人しく、物静かに俺の側に控える。


マスター、気分を換えたいのであれば、入浴などなさっては?」


「うん……入浴か……それもいいかも知れないな……」


 使徒である俺には、食事も入浴も必要ないが、『部屋』の中では娯楽は限られる。

 俺は二つの部屋の管理者だ。

 一つはアルフリードのお陰で、現状、使用不能の状態にある。もう一つの部屋は特別な部屋で、『過去』に通じている。無限に近い時間が確保できるのはいいが、過去に留まる限り、『現在』に繋がる部屋の炎が消える事はない。

 俺は小さく舌打ちした。


「えい、忌々しい。アルフリードのヤツめ……」


「マリエールさんのお話では、あの炎は、多少の時間経過で消えるものではないそうですよ」


「分かっている。八つ当たりだ」


 男同士は気楽でいい。今は、このアイヴィが手放せない。


 咥え煙草で、だらしなく足を投げ出して暫く考える。


「……エルナはどうしている?」


「どうでしょう。様子を見て来ましょうか?」


「うん。頼めるか……」


 アイヴィのいい所は、ロビンのように無駄に人を貶める発言をしない事だ。


「ついでに、エミーリアを呼んでくれ。少し話したい事がある」


 従順なアイヴィは、黙って一礼し、踵を返して行ってしまった。


「……」


 一面、虚無の空間。奇妙な部屋(ストレンジ・ルーム)。神の御座みくら。生活用に区切ったこの部屋は、人間にもそれなりに暮らしやすいように心掛けてあるが、ここから出てしまうと、冷たい雨が降り頻る夜の港だ。


 エルナはどうしているだろう。


 エミーリアとの、はっきりしない関係も、どうにかしなければならない。


 そして、軍神アルフリードの介入。


 沈黙を守るアスクラピア


 一時の余暇の間にも、考えなければならない事は山ほどある。


「……面倒臭いな……」


 流れる紫煙を見つめながら、ぼんやりと、そんな風に考えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] アスクラピアは神になった経緯からしてアルフリードとは相性最悪だろうし、そりゃ出てこないよなあ。
[一言] 物語が本当なら一度アスクラピアは死んでる筈だから死ねば勝てるんだろうけど死んだら次は無さそうだから子とも言える使徒に期待してるのかな 半数壊滅したけど
[一言] 結局生前も死後も変わらんのよ
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