31 死と罪1
――殺った。
アウグストはギュスターブの身体が障壁となり動けない。
刹那、俺の死神の手がギュスターブの命を喰らい奪る。
全て、この手の内の出来事だ。
ギュスターブから、聖槍『運命』を奪い取り、その上で殺す。相手を知り、己を知れば百戦して危うからず。
青白い焔に包まれ、崩れ去る聖騎士ギュスターブの姿に、勇者アウグストは絶句して、俺に歪んだ笑みを向けた。
「ハハハハハ!」
俺は悪魔のように嗤った。
「薄汚い裏切者が。戦士の決闘を汚したお前たちには相応しい因果だ」
嗤いに噎せながら、斯くして俺は、名乗りを上げる。
「第四使徒、『聖騎士』ギュスターブは、この第十七使徒『死神』暗夜が討ち取った!!」
◇◇
聖騎士ギュスターブは死んだ。その命を俺の蛇に喰い奪られ、灰になって死んだ。
俺は……
「……沈んでは行くが、いつも同じ太陽だ……!」
身体に力が漲る。髪に銀の星が舞っている。力に目覚める。
「……それは永遠から永遠へと働き続ける……」
俺は言った。
「アウグスト……お前は何も分かっちゃいない」
俺がアウグストなら、白蛇の召集には応じない。ギュスターブやローランドと共に身を隠して機を図っただろう。
「……ギュスターが死んだのは、ヤツが弱かったからじゃない。お前が馬鹿だったからだ……!」
相手は所詮『神官』と侮った。『戦士』ではないと高を括った。何人の仲間が居るか分からないが、俺を敵にして居直った。その侮辱の代償を、アウグストはギュスターブの命で支払った。
母の定めし『勇者』アウグストは、歪んだ笑みを浮かべている。
「……暗夜……君は……」
「黙れ。お前の御託に興味はない。仮にも『勇者』なら、力で押し通れ」
◇◇
そう、彼は人間だったのだ。
それは『戦う者』である事を示している。
《アスクラピア》の言葉より。
◇◇
部屋中に無数の『分け身』が出現する。この全てに実体があり、意思があり、勇者たるアウグストの命を奪う程の力がある。
アウグストは何も分かっちゃいない。二つの部屋の『管理者』である俺と戦う事の意味を何も分かっちゃいない。
ギュスターブの命を糧に、俺はまた一歩この道を進む。
もう、誰にも止められない。
アスクラピアの蛇は悪食だ。何でも喰らう。それは『使徒』も例外じゃない。
そして――『奇妙な部屋』。
もう、負ける要素は何処にもない。
俺は言った。
「枢機卿。お前を殺す」
◇◇
一方、ロビンは剣聖『ローランド』と激しく切り結んでいる。
――聖剣『デュランダル』。
俺が察するに、この剣は、ただひたすら頑丈な剣だ。刃こぼれせず、また錆び付く事もない。それだけの代物だ。
それだけの代物だが、それが厄介なのだ。
ローランドが瞬き程の間に繰り出した無数の斬撃に辟易して引き下がるロビンは、小さく舌打ちした。
「流石は、剣聖ローランド。伝説に違わぬ使い手ですね……」
俺が創った真銀の剣は、デュランダルの斬撃に耐えきれず瞬く間に刃こぼれが生じ、その刀身は半ばからぽっきりと折れてしまった。しかし――
「ロビン! 使え!!」
ローランドに切り刻まれながら、大盾の防御力を頼りに、なんとか致命傷だけは防ぐロビンの目前に『それ』が現れる。
――聖槍『運命』。
それを手に取り、ロビンは口元に不吉な笑みを浮かべた。
「流石、暗夜さん。ここまで思い通りに事が運ぶとは、思いもしませんでした」
絶対に勝つ。その算段なくして、このロビンが俺とギュスターブの決闘を許す筈がない。
「ロビン、ローランドを殺せ」
「御意」
そして、ごきん、ごきん、と鈍い音を立てながらロビンの身体が変わる。半獣化。より大きく、より強く変化する。
「……サテ、ローランドさん。ココからですネ……」
更には『狂化』。そこに俺が強化の術を施して更なる力を与える。
恐るべき変化に目を剥いて、ローランドは剣圧を高めて再び無数の剣撃を繰り出すが、ロビンは嗤いながら聖槍『運命』で無数の刺突を繰り出して応戦する。
狂化に強化に変身して――それでも尚、この攻防にはローランドに分があった。
『剣』と『槍』。武器の相性もあるだろうが、攻めながらロビンは僅かに押されている。流石、第五使徒、剣聖『ローランド』。だがしかし――
ここだ。一気に捩じ伏せる。
「夜が白く照らし出され、稲光に痙攣する」
使徒詠唱。ロビンには凄まじい負担が掛かるだろうが、その刹那だけは『使徒』を上回る力を手にする事が出来る。
聖槍『運命』を小枝のように振り回しながら、ロビンが吼えた。
「グオッ! グオオオオオオオオオッ!!」
瞬間、その圧力にローランドは引き下がり、鞘に剣を納めて静かに目を閉じる。
――明鏡止水。
抜剣術。ローランドが後の先を狙って、ロビンを仕留めに掛かった事は明白だった。
アホか、こいつ。
と内心で嘲笑う。今、正に、二対一の絶望的状況にあるというのに、止まってどうするのだ。俺は嗤って祝詞を紡ぐ。
「激しく乱れ、眩しく揺らぐ」
「グオオオオオオオオオッ!!」
吼え猛るロビンのその姿は、正に『狂戦士』。この時点で既に『ニンゲン』の枠組みなどとうに超えているが、俺は構わず鬼札を切る。
「一切が空でなく、火花を散らす」
そして――
「命が燃える」
◇◇
狂戦士たるロビンをして、この強化には耐え切れない。制限のない力は破滅に向かって進むのみだ。
だが、一瞬でいい。
ロビンがローランドを上回る瞬間は一瞬でいい。それで全ては事足りる。
使徒たる俺をして、その刹那、放たれたロビンの刺突は目視できないほどの速度だったが、ローランドはデュランダルの刃でその刺突を受け流して見せた。
凄まじい『剣技』だった。
ロビンの豪速の刺突は音もなく受け流され、そのまま身を沈めて突っ込むローランドがデュランダルをロビンの胸に突き込む正にその瞬間――
「甘い。甘いよ、伯爵」
俺は側面から突っ込み、ローランドの顔を鷲掴みにした。
「なっ――」
一騎討ち。その筈だ。髭の紳士、ローランドの顔には驚愕が浮かんでいた。
「くたばれ」
鬼札を切って尚、ロビンの上を行ったローランドの手腕には驚嘆しかないが、流石にロビンの相手で手一杯だ。そして、俺はその隙を見逃すような馬鹿じゃない。
――殺った。
「ああああああッ!!」
第五使徒、剣聖『ローランド』はその瞬間の恐怖に絶叫した。
俺は既にギュスターブを殺している。俺の『死神の手』は、問題なくローランドを殺せるという事だ。
燃え尽きる。
剣聖『ローランド』が、死神の手によって命を喰い荒らされ、刹那の内に燃え尽きる。
「ハハハハハ!」
まだだ! もっと! もっと喰らえ!! 俺の中の蛇が喰らう悦びに打ち震えて嗤う。
そして――
◇◇
全ては同時進行だ。
俺という死神の無数の『分け身』に取り囲まれたアウグストは、怯んだように引き下がり、距離を取って刮目する。
アウグストだけじゃない。
この場の使徒全員が事の成り行きに固唾を飲み、行く末を見守っている。
俺は鼻を鳴らした。
ローランドを生け捕りにしたかったが、見る限りそうも行かない。せめて最初に『運命』を手にしていればと思う。
他の裏切者は誰だ?
今の俺が本気で暴れ狂えば、この場の半数は殺せる自信がある。
無数の俺。無数の『死神』が指を鳴らして神聖結界を強化する。
裏切者は全員殺す。
誰も逃がさない。その方針は変わらない。ここに今、地獄を顕現させる。
虚無の闇から触手のような影が伸び、アウグストの身体に巻き付き動作を阻害する。
「ぐっ……!」
それらは容易くアウグストに振り払われるが、手間を取らせる事には違いない。
これで先ず『一手』。
『別室』でマリエールが戦況をコントロールしている。『運命』がロビンの手に渡ったその時がローランドの最期だ。
全ては同時進行だ。この瞬間、俺は『分け身』を駆使して、アウグストとローランドという二人の使徒と対峙している。
そこで、アウグストは漸く理解したようだ。
この『部屋』の中で、死神『暗夜』は殺せない。ギュスターブを喰い殺した事で、決定的な力の差が生じた。
更には――
「待て待て待て待て! 枢機卿 は、あたしに殺らせてくれよ!」
割り込んだのは、第九使徒『カッサンドラ』だ。戦闘狂のこの女には、アウグストは美味しい獲物にしか見えないのだろう。
「何を言う。枢機卿は、私の獲物だ。構わないだろう、暗夜?」
進み出たのは第十五使徒『氷騎士』ディートリンデ。庇われる誼はないはずだが……分からない。
だが、これで三対一。最早、アウグストの命運は尽きたと言っていい。
第十使徒『クラウディア』が遠目に弓を引き、第十一使徒『アイネ・クライネ』が剣を抜く。
この様子に、第八使徒『ベアトリクス』が腹をかかえて笑った。
「すげえよ、暗夜! この二百年、こんなに面白い見世物はなかったよ!!」
――『殺し屋』ベアトリクス。
並み居る使徒の中で、最も俺の興味を引くのが、この銀髪隻眼の女だ。この女からは神力の欠片も感じない。何故、こんなヤツが。
俺は言った。
「駄目だ駄目だ駄目だ。誰も手を出すなと言っただろう。枢機卿は俺が殺る」
俺は油断しない。
ここで確実に『勇者』アウグストを仕留める。それが出来れば、ニンゲンの造った人工勇者など取るに足らん。
それだけじゃない。
アウグストを追い詰めれば、必ず『親玉』が姿を現す。
俺は、その『親玉』の正体が知りたいのだ。