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追放天使6

 長命種のエルフ。マリエール・グランデの恋は悲しい恋だ。

 漠然とだが、エルナはそう考える。

 長きを生きる者は、いずれ別れを経験せねばならない。長命種のマリエールは、それこそ数え切れない程の『別れ』を経験した筈だ。その過程で心は擦り切れる。植物のように鈍感になる。感情の起伏が乏しくなる。


 マリエールは、ひっそりと暗夜の隣に佇むようになった。

 エミーリアは怒っている。

 暗夜が『権限』の一部をマリエールに『貸与』した為だが、エルナの考えは違う。

 これを一時の事と考えるなら、という条件付きではあるが、長命種のエルフは『教育係』としては悪くない。


 暗夜は学習意欲の強い生徒であり、マリエールは優秀な教師だった。


 マリエールが『権限』を使って出した様々な本には、彼女の知見や解釈も綴られており、暗夜はそれを読み解きながら、時にマリエールとは違う解釈で意見を戦わせた。


 エミーリアは不機嫌になった。

 第一使徒エミーリアは、使徒として長い時間を生きた。本来、暗夜が教えを乞うべき存在はエミーリアだ。だが、暗夜はエミーリアを頼らない。嫌っている訳ではない。しかし好意を持っている訳でもない。


 暗夜は神官だ。無駄口は叩かない。だが、過ぎた沈黙は時として不快であり、不信感を誘発する。エミーリアは、暗夜の沈黙が我慢ならないようだった。


 エルナには教会管理の仕事がある。その為、下界と暗夜の部屋を往き来するが、暗夜の部屋に帰る度にエミーリアの機嫌は悪化して行った。


 『暗夜』という『個性』は、良くも悪くも刺激的な個性だ。そんなエルナにとって、下界での日常は退屈だった。


 ルシールは寝込んでいるし、ポリーは半ば呆けている。聖務の一切を禁じられているお陰で、街に出て奉仕を行う事も出来ない。


 ゾイは、殆ど教会に帰って来ないようになった。ダンジョンと安宿を行き来する荒れた生活を送っている。良くも悪くも変化がない。

 エルナは行き詰まっていた。

 この状況を打破するには、大きな変化が必要だ。或いは……何かを切り捨てる必要がある。


 ルシール、ポリー、ゾイ、そして帝国を憎悪する『女王蜂』。その右腕である陰険な猫の娘 (エヴァ)。二人の元女冒険者(いきおくれ)


 エルナが思い浮かべたのは暗夜だ。未だ腑抜けていて頼りないが、この状況を変えるとしたら、それらと縁を結ぶ彼しか居ない。

 甚だ不安ではあるが……


「聖エミーリア。少し話があるのですが、よろしいですか?」


「なに?」


 エミーリアは不機嫌だ。マリエールが暗夜から離れず、『教育係』として影響を与えている事に怒りを感じているようだ。


「暗夜を使いたいのです。あれをアクアディに放せば、きっと何かしら起こります」


 エルナとしては、そこで起こる変化から現状打破の切欠を作りたい。

 エミーリアは不機嫌だ。


「……だろうね。きっと、大事をやらかすよ。ろくでもない事になるだろうね……」


「それがいいんです。停滞した状況を打破するには、大きな変化が必要です」


 エミーリアは険しい表情で首を振った。


「賛成できない。今の暗夜は不安定すぎる」


「しかし、このままでは行けません。ディートハルト・ベッカーの事もありますし……」


「……あぁ、そっちね……」


 ザールランド帝国の『大神官』ディートハルト・ベッカー。エルナの目標はそこにある。


 六年前、人工聖女『エリシャ・カルバート』を誅したのは暗夜だが、それは『人工勇者』には分からない事だ。


 『人工勇者』は、必ずディートハルト・ベッカーを狙う。同胞であるエリシャの死因になった帝国の大神官を狙うというのがエルナの考えだ。


「向こうの出方を見ましょう。暗夜を出せば、何かしら動きを見せるかもしれません」


 エミーリアは、気が乗らないのだろう。皮肉っぽく言った。


「大神官さまは……?」


「王宮には居るようですが……守護騎士アシタ・ベルが、一歩も外に出しません。かなり厚い守備です。正に虎の子ですね」


 大神官ディートハルト・ベッカーは第一階梯の神官だ。帝国の所持する寺院の旗印でもある。実質的な優先順位は皇帝以上だろう。

 エミーリアは暫く考え……それでも首を振った。


「賛成できない。暗夜が死ぬ可能性がある」


 たとえそれが人の造った不完全な代物であったとしても、『勇者』は危険である。それがエミーリアの見解であるようだが……

 エルナは言った。


「いいんじゃないですか? 自ら撒いた種ですし……」


 エルナをして、暗夜は不安定な恐怖の対象だ。もし人工勇者が現れ、これを滅するなら、潜在的な脅威を消す事が出来る。


「……」


 沈黙を挟み、エミーリアの髪が僅かに舞い上がって神力の輝きを放つ。激しい『怒り』だ。

 第一の使徒『聖エミーリア』が本気で怒る時、全ては厳しく裁かれる。


「エルナ……あんた……自分の言ってる事の意味が分かってるの……?」


「母の目的が人工勇者の討滅にあるなら、一役買ってもらうだけですよ。それとも、聖エミーリア……」


 暗夜を餌にして人工勇者が釣れるなら重畳。居場所が割れれば、後は使徒を集結させて袋叩きにして、この当為ソルレンは終わる。


「聖エミーリア。貴女は……暗夜に固執してませんか?」


 特定の個人に執着する事は、人間のする事だ。使徒がする事ではない。


「そんな事ない……気が進まないだけだよ……」


 それきり、エミーリアは険しい表情で黙り込む。深く考えるようだった。


「私も、暗夜を殺したい訳ではありません。ただ、切欠が欲しいだけです」


 今の暗夜は役に立たない存在だ。当為ソルレンを優先させるなら、エルナの策を容れるのは『あり』だ。エミーリアの考えはそんな所だろう。


 エミーリアの怒りが収まるのを待って、エルナは言った。


「勇者が釣れる可能性は少ないですよ。それ以外の変化に期待しましょう」


 そうだ。エルナとしてはどちらでもいい。勇者が釣れれば最もよいが、そうでなくとも構わない。何処かに変化を与えれば、それが何かの問題解決の糸口になる。


「少し煽ってやりましょう。今のあれなら、きっと簡単に乗って来ます。合わせて下さい」


「……」


 それでもエミーリアは気が進まないようだったが……結局は、エルナの策を容れた。


 そして――


◇◇


 エルナの思惑通り、暗夜は変化をもたらした。


「おお、使徒暗夜よ。またしても軽率な過ちを犯したのですね。懺悔の機会を与えましょう。お話しなさい」


 パルマに入り、女王蜂との間に繋がりを持つ事に期待していたのだが、運命が選んだ相手はゾイだ。意外だったが……

 これもまたよし。

 上出来だ。荒れた生活に変化がなかったゾイだが、これで何かが変わる。少しは修道女シスタらしくなればいい。エルナはそう考えた。

 一方、はっきりした事がある。

 暗夜のこの顛末に、エミーリアは激怒した。


「この、すけこましがっ」


 エミーリアは暗夜に執着している。エルナにはよく分からないが、そうだ。


「……すまなかった。以降、謹慎して改める……」


 暗夜は自ら謹慎を申し出た。これもまたよし。エルナは不確定要素が減ると考える。


 さて、どのような変化が出るだろう。少なくとも、何かしらの変化がある筈だ。事態は必ず動く。


 そのように考え、エミーリアを伴って下界に降りたエルナだったが……想像を超えた変化に戸惑う事になる。


◇◇


 自らの没後三百年の時を経て、未だエルナの聖域である『聖エルナ教会』の前には、エルナの遺品である聖遺物が、まるでゴミのように打ち捨てられていた。


「な……こ、これは、いったい……何が起こって……」


 門戸は固く閉ざされていて、エルナの帰還を拒絶している。

 エミーリアが呆れたように言った。


「あーあ……嫌な予感がしたんだよねえ……」


「な、何が……何を……」


 必ず変化があるとは思っていたが、それはエルナの想像を大きく超えていた。

 エミーリアが厳しく言った。


「不細工!」


 聖エルナ教会の門戸は固く閉ざされている。


 状況の変化に戸惑い、自らの遺品をかき集めるエルナの前に、一人の修道女シスタが現れる。


 目深にベールを下ろし、顔を隠した修道女シスタ


 ルシール・フェアバンクスだ。


「ル、ルシール? 立てるようになったんですか? 何故? どうして……」


 余命幾ばくもなかった筈だ。寝たきりだった筈のルシールが己の足で立ち、門戸を挟んでこちらを見つめている。

 エルナは困惑を通り越し、最早混乱の状態にあった。

 ルシールが厳しく叫んだ。



「聖エルナ! お前には、ここに居る資格はありません! そのガラクタを持って、今すぐ消え失せなさいッ!!」



 暗夜が居れば、こう言っただろう。


 これが、金属バット(ルシール)だ、と。

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― 新着の感想 ―
自分とポリーを見捨ててたエルナに対して怒るのも、そんな人物を主とするのが我慢ならないのもわかるけど、ルシールが臥せって何もできなかった間、エルナが教会再建に向けたシスタたちの指導に当たっていたのは事実…
エルナの聖遺物は要らないけど建物は欲しいんだな… というか「聖エルナ」教会の名声を6年貶めた状態にしておきながら、自分らの方が出ていくべき存在だという発想がずっと無いんだな 聖エルナ教会が立て直しでき…
[良い点] あーこのあとに収容所で否定され使徒裁判か 追い打ちされまくってるやんw
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