22 じゃあ、死んでもらおうか
冒険者ギルドに所属するクラン、『オリュンポス』のギルドランクはA。言うまでもなく、このクランに所属する人材のレベルはそのメイドに至るまで軒並み優秀だ。
「遠造、さっきああは言ったが、お前の提案には一理ある。緊急の事態に備え、薬師から幾つか購入するといい。何を買うかは任せる。だが買いすぎるなよ。あくまで急場に備えてのものだ」
「お、おう。分かった。すぐ買って来る」
遠造は辟易しながらも、たちまち多目的室から出て行った。
「……!」
続いて二号……マリエールが、グッと目に力を入れて俺を見つめる。
俺は、味のなくなった伽羅の破片を吐き捨てた。
「……二号。お前は……」
「さっきから二号、二号って、なに?」
二号が訝しむような視線を俺に向けた所でゾイが飛び出し、慌てて俺の口に新しい伽羅の破片を放り込む。
「失礼。マリエールさん」
爽やかなハッカの香りで頭がスッキリする。鼻腔を突き抜ける冷たい香りはいつだって静寂を思わせるから……
「マリエールさん。マイコニドの胞子に蓄えはありますか?」
マイコニドとはダンジョンに生息するキノコ型のモンスターの事だ。討伐レベルは……知らん。まぁ強くはないだろう。こいつの胞子には睡眠効果があって、魔術の媒体にも利用されるが、麻酔薬の調合にも使われる。
「持ち合わせがあれば、全部頂きたい。代金は全てアレックスさんに」
「了解した」
優秀な人材だけに、一度理解を得てしまうと話は驚く程早い。マリエールは即座に席を立ち、部屋から出て行ってしまった。
「アネットさん。貴女は、さっき言ったギリザリス草を集めて来て下さい」
「……えっと、ギリザリス草?」
「川辺に生える草です。紫色の花を咲かせます。根っ子ごと取って、土はなるべく落としておいてくれれば助かります」
アネットは自信なさそうに視線を逸らし、小さく頷いて見せた。
「……えっと、うん。紫色の花……川辺に生えるやつね……」
「……」
おっと。ここに優秀じゃないやつがいたようだ。
さてどうするか。ギリザリス草は薬の素材としては効果が薄いものの、優れた汎用性があり、中間剤として非常に便利な代物だ。それだけに、間違えましたじゃ済まない話だ。
やむを得ん。俺が……
と思い立った所でゾイが言った。
「……ゾイ、ギリザリス草なら知ってる。生えてる場所も知ってるよ……」
「なんて事だ……!」
さっきからずっと思っていたが、この場で一番賢いのは、このドワーフの少女だ。
俺は思わずゾイを抱き締め、額にキスして強い祝福を与えた。
「わっ!」
驚いて悲鳴を上げたゾイの身体がぴかりと光り、まるで燐扮のような小さい星が辺りに散った。
「……」
周囲に漂う星は暫くその場に留まり、やがてゾイの身体に吸い込まれるようにして消えて行く。
「あ……」
ゾイは頬を染め、暫くぽうっとしていたが、役目を思い出したのだろう。もぎ取るように俺から視線を離すと、アシタの手を引いて部屋から出て行ってしまった。
アネットがぼんやりと言った。
「幸運の付加……?」
「知らん」
続いて雑多な代物は三人のメイドに言って準備してもらう。
「赤石と青石を、とりあえず三つずつ。後は針を……なるべく多く。まち針で構いません。それと、もっと太い針も欲しいです。暗器につかう『鉄針』の事です。分かりますか?」
賢いメイドたちは頷くと、それぞれの役目を果たす為、足早に部屋を飛び出して行った。
◇◇
さて……役立たずと二人きりになってしまった訳だが……
何故かアネットは興奮していて、顔を真っ赤にしていた。
「ね、ねえ、あんたって祝福も使えるの?」
「……私は神官です。未だ未熟な身の上ですが、あれぐらいは出来ますよ……」
まぁ、一言で祝福と言っても種類は色々とある。身体能力向上の祝福や神事に使うようなものも含めればその種類は多岐に渡る。
「私にもしてよ!」
「お断りします」
「お金なら、別に払うからさ!」
「……お金? はて、お金……ふむ……」
勿論、俺は金で祝福を切り売りするような守銭奴ではない。だが、金と聞いて大切な事を思い出した。
「とりあえず、今日は銀貨で二百枚もらっておきましょうか……」
まあ、アビーとも約束している以上、それぐらいは貰っておかないとメシ炊きにされてしまう。それに、これから俺がやる事を考えれば妥当な要求だろう。
「もし、怪我人がいた場合は……その怪我の具合にもよりますが、追加で銀貨百枚。場合によってはそれ以上も考えておいて下さい」
アネットは固まった。
「ぎ、銀貨五枚だって……」
勿論、俺は笑い飛ばした。
「あっはっは! そんな小銭で済む筈がないでしょう!」
もし『教会』に所属する神官に同じ事をさせるとしたら、どうだろう。対価は分からない。でも、俺が要求する額面よりずっと高価なものになるとは思う。
そもそも、俺は筋肉ダルマに思う事が多々ある。
ヤツはそうなると知っていて、アビーの集団に不穏の種をばら蒔いた。
アネットがポツリと呟いた。
「で、でも、契約は契約で……」
「私としては、その契約はこのクランに来た事で達成されたと考えています」
何せ神官の時間を『拘束』するのだ。銀貨五枚は安過ぎる。そこまでの価値はない。そして、俺は俺自身を安売りするような馬鹿じゃない。
「話が違うわ……!」
アネットが険しい表情で睨み付けて来る。
なるほど。そこは譲れない所のようだ。
では、仕方がない。
借りはキチンと返して貰わないと、親愛なる母にも呆れられてしまう。
俺は言った。
「それでは、誰かに死んでもらいましょう」
アスクラピアの二本の手。
一つは癒し、一つは奪う。
「この場合、契約を結んだアレックスさんですね。アレックスさんの命で手を打ちましょう」
母の力は癒しだけじゃない。
母はしみったれていて、復讐が大好きだ。
俺は寛容に請け合った。
「アネットさん、心配しなくても大丈夫ですよ。痛くしません。アレックスさんは眠るように旅立つでしょう」
俺には『無欲』の戒律がある。だから金には固執しない。だが、安く使い回されて笑う頭お花畑のボランティアでもない。
そもそも筋肉ダルマにはケジメを取らせるつもりだった。
丁度よかっただけの事だ。
◇◇
アネットは悔しそうにギリギリと歯を食い縛り、俺を睨み付けている。
「あんたみたいなガキに、アレックスを殺れるとは思えないわ……!」
「そうですね。アレックスさんが生きていれば、今日のお代は銀貨五枚で結構です。試してみましょう」
俺の見立てでは、筋肉ダルマの呪術に対する抵抗値はそんなに高くない。高い確率で死ぬだろう。
――死の言葉。
これは呪術の類いだが、同時に祝福ともされる。
死は全ての困難からの解放である。斯くして、母の手は奪い、与えたもう。
先ず、即座に帰って来たのは三人のメイドたちだ。
俺はメイドから受け取った青石三つに強い祝福を施して大量の聖水を作成した。
「……それ、全部聖水なの……?」
俺は黙っていた。
言うべき事は全て言った。後は俺の仕事に、それだけの価値がある事を証明するだけだからだ。
続いて帰って来たのは遠造だ。
流石に早い。怒りに震えるアネットはその遠造に告げ口するように耳元で何か言っていたが……
遠造は個人主義だ。
「なぁ、先生。その青石の中身は、全部聖水なのか?」
「そうです。これでギリザリス草を煮込んで成分を抽出します。夕方には間に合わせたいですが、赤石の数が足りません。赤石を追加できますか?」
「やれ」
遠造が短く言って、メイドが即座に部屋を飛び出して行く。何処かの誰かとは大違いだ。
そのメイドたちの背中を静かに見送り、遠造は言った。
「先生、後で話がある。アレックスの件が片付いてからでいい。聞いてくれるか?」
「私で良ければ伺います。瘤の話ですか?」
「それもある」
落ち着き払った顔の遠造は、アネットに見向きもしない。
言った。
「先生。ここまでの仕事だけで、あんたの仕事は金貨五十枚の価値はあるよ」
遠造はこう言っている。
アレックスが死んでも問題ない。
この遠造の価値観とマリエールの価値観が同じなら、マリエールもきっと同じ事を言うだろう。
(なるべく、金で済ませたいんだが……)
筋肉ダルマの命にそこまでの価値はない。
気分の問題。
それだけだ。