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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第四部 青年期『使徒』編(前半)
224/309

27 唯一の騎士2

 ――奇妙な部屋(ストレンジ・ルーム)にて――


 襤褸を纏い、両手の拳を固めた青髪の狼人が不敵に嗤っている。

 ロビンは自信満々に言った。


「さて、フランキー。取るに足らないハイエナ種。常々、貴女が暗夜ディートさんの弟子である事に疑念を持っていました。遠慮なく、どうぞ」


「今は、フラニーって呼ばれてんだよ、シュナイダー」


 フラニーも負けてない。闘気を張り巡らせた身体がぼんやりと白く輝く。

 ……鍛え込まれている。

 口元を歪ませ、フラニーは忌々しそうに言った。


「師匠がこんな事になっちまったのは、あんたが腑抜けてたからだ。何もかも全部、あんたが師匠を裏切ったせいだ。あんたは肝心な時に役に立たなかった。あんたはマヌケだよ」


「……はい……そうですね……でも……」


 そのフラニーの言葉には思う所があるのか、ロビンは力なく言って項垂れた。


 瞬間、生じた僅かな隙に、フラニーは迷う事なく突っ込んだ。

 class――『修道士』。

 ムセイオンにて鍛え込まれたフラニーはマスタークラスの修道士だ。その俊敏な動作は、俺の目をして動きを追うのがやっとだ。が――

 ロビンは、難なくフラニーの正拳を片手で受け止めた。


「それに関しては、フランキー。お前もあの場に居ましたよね。お前に非難される覚えはないです」


 ロビンはフラニーを見ない。気がない素振りで俯き、視線は俺の方に向いている。


「……」


 俺は腰の後ろで手を組み、厳しく言った。


「フラニー。もし負ければ、お前には罰を与える」


 種族間格差があるとはいえ、格闘に適性があるこの戦闘でフラニーに優位性がある事は疑いない。


 ロビンは気もそぞろ。明らかに集中していない。ぶつぶつと何かしら呟いている。


「ディートさん、暗夜さん、ディートさん、暗夜さん、ディートさん、暗夜さんディートさん暗夜さん暗夜さん暗夜さん暗夜さん……」


 口元に涎の筋が伝っていて気色悪い。ロビンは戦闘中にありながら、俺の事しか考えていない。


 その不気味さに顔を背ける俺の耳元で、マリエールが囁いた。


「……狂ってる……」


「ああ、薄気味悪い女だ……」


 マリエールは、俺とは違う特別な目を持っている。『魔眼』と呼ばれるものだ。その瞳は対象の魂を映し出す。


先生(ドク)、違う……!」


 長きに渡り、狂気に身を浸す事で得られるものもある。

 狂った狼の女が得た力は……


「まさか……狂戦士か……?」


 スキル『狂化』。種族の限界を超えて力を引き出すそのスキルは、著しく使用者の命を削る。だが、優生種の狼人ならそのデメリットを打ち消して長所のみを発揮できる。限界を超えた強化に耐え得る身体がある。


「そういう事か……」


 強い訳だ。自信満々な訳だ。狂化したロビンは、優生種である狼人の限界すら超えている。


「む……」


 想像を超えたロビンの膂力に、慌てて距離を取ろうとしたフラニーだが、ロビンはその手に掴んだフラニーの拳を離さない。

 握り潰すつもりだ。

 掴まれた拳が、めきっと軋んだ音を立てた所で、フラニーは強引に身体を捩ってとんぼを切った。


 ロビンから距離を取ったフラニーは、険しい表情で毒づいた。


「……この、化物が……!」


 最早、狼人としての枠をすらはみ出したロビンの実力を見抜いたフラニーの眼力は全く正しい。警戒心を強くして、ロビンを睨み付けるが……

 そこで、これまで静観していたジナが牙を剥いて一歩前に進み出た。

 一対一(サシ)の対決は不味い。それがジナの判断だ。つまり、フラニー一人ではロビンに敵わないという結論でもある。


 このまま続ければ、怪我などという結果では事が収まらない。


 俺は、溜め息混じりに吐き捨てた。


「もういい! そこまでだ!!」


 ジナが二対一で(のぞ)むという判断を下した時点で、ロビンの力は証明された。これ以上は不毛なだけだった。


 『試し』を始めてまだ間もない。突如の制止に、フラニーは不満の表情を浮かべるが、既に理解した事を試してみようとは思わない。


「師匠! オレはまだやれます!!」


「分かっている」


 フラニーがロビンより弱いとは言わない。だが、ジナの助勢を得て尚、フラニーがロビンを打ちのめす姿が想像できない。仮に二人が勝利したとしても、それが圧倒的な優位性の上にある以上、その結果は評価できない。


「流石、暗夜さん。分かってくれて嬉しいです」


「……」


 気分が悪い。

 そして、俺はこの気分の悪さに覚えがある。ロビンは、俺がそう考えると見通した上で武装せずやって来た。賢い。有能だが……好きになれない。


「……私だけだ。貴方に仕える騎士は、このロビン一人だけです……」


 その胸糞悪さに、激しく舌打ちしてソファに腰を下ろすと、にこにこと笑みを浮かべたロビンがやって来た。


「なんの用だ。俺に近付くな」


「……相変わらず、困った人ですね……」


 笑顔を浮かべたロビンは、苛立った俺の口に何か突っ込んで来る。


「何をす、る……?」


 ロビンが俺の口に突っ込んだのは木の破片だ。それを口に含んだ瞬間、微かな甘味と共に鼻腔を強いハッカの香りが突き抜け……


「うん? これは……」


 悪くない。いいキック力だ。足を組み直し、その木の破片……何かの香木のようだが、それを口の中で転がす俺の姿を見て、ロビンは笑っている。


「上等な伽羅ですよ。どうです?」


「伽羅? 悪くないな……」


 喫煙者は肩身が狭いのが問題だが、これならマリエールに怒られずに済む。

 そして――

 なんだか、酷く落ち着いてしまう俺がいる。


◇◇


 その後のロビンは、マリエールが用意した風呂で入浴を済ませ、男物のシャツにレギンスという小綺麗な身なりで現れた。


「……」


 伸びた髪を後ろで一本に纏め、コバルトブルーの瞳に俺だけを映し……若干の狂気。それを除けば、マリエールに負けないぐらいの震える程の美人だが……素直にそれを口にするのは癪に障る。


「……暗夜さん。私の顔に、何か付いてますか……?」


「いや……」


 ロビンは指で四角形を作り、その四角形越しに俺を見つめて来る。


「……よく見ると、髪と目の色が変わっただけですね。んふふ……身体も大きくなりましたけど……まだ私の方が少し大きいです……」


 俺は鼻を鳴らした。


「俺の顔など、どうでもいい」


「それでこそ、貴方だ」


 ロビンは笑っている。

 その目尻に浮かんだ涙を見なければ、俺は……俺は……

 ……分からない。

 でも、不愉快ではなかった。


 そこからの俺は、ロビンに質問責めにされた。


「今の状況は? 貴方は、いったいどういう状態なんですか? 何故、ムセイオンに? 前に居た修道女シスタとはどういう関係なんですか? マリエールさんがここに居る訳は?」


「質問は一つずつしろ」


 時折、涎を垂らす事もあったが、ロビンの様子は概ねまともだった。


「はあ……使徒ですか……あのしみったれは、暗夜さんを何処まで使い倒せば気が済むんでしょうね。幾らか包めと言ってやりましょう。ザームエル施設長はいい気味です。エミーリア? 何処かで聞いた事がありますね……」


 ここまでの経緯を理解していないのは、フラニーも一緒だ。その為、俺はなるべく詳細な理由を語った。


「聖エルナ? 実在したんですね。回転式拳銃(リボルバー)? 見せて下さい。フランキーを撃ってみてもいいですか?」


 マリエールを治した事は言ったが、どういう手段を使ったかは言わなかった。酷く嫌な予感がしたからだ。


 質問責めを終え、話は自然な形で現状に至る。


「……新しい当為ソルレン……ああ、勇者……そんな者が居ましたね……無視していいんじゃないですか……?」


 ロビンが興味を持つのは、ひたすら俺の事だけだ。そこに人工勇者と二人の人工聖女の討滅は含まれない。


「他の使徒も居るんですよね。そんな危険を、貴方一人が負う必要はありません」


「それは、無論、そうだ」


「ああ、よかった。今の貴方は、以前よりずっと理知的だ」


 どういう意味だ。酷い事を言われている事だけは分かる。


「それより、マリエールさん。少し暗夜さんに近すぎませんか? 離れて下さい」


 ロビンは煩いしつこい。


「暗夜さん。私にも『権限』を分けて下さいよ。マリエールさんだけズルいです」


「駄目だ」


 俺は、この無駄に有能な狼人に『権限』を貸与するような馬鹿じゃない。


 ロビンは、俺とのやり取りの一つ一つに笑みを浮かべている。

 嬉しそうに言った。


「何はともあれ……このロビンに、全てお任せあれ」


「ん……」


 この人種主義者レイシストわだかまりがないと言えば嘘になる。


 ――レネ・ロビン・シュナイダー。


 この女はイカれてる。


 だが、ギュスターブとの決戦を間近に控え……何故か、このロビンの存在を心強く思う俺がいた。

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― 新着の感想 ―
なんか以外にこの作品キャラが死なないよな。ロビンは死なないんかなー
[気になる点] めちゃくちゃおもしろかったです。 続きが気になります。
[気になる点] 作者さんロビンすきだよなぁ…
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