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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第四部 青年期『使徒』編(前半)
223/309

26 唯一の騎士1

 レネ・ロビン・シュナイダー。


 しつこい。種族の性質上、狼人が獲物に執着する事は知っているが、使徒たる俺にここまで粘着するとは思わなかった。能力的にもそうだが……ロビンは危険だ。


 ソファから立ち上がり、腰の後ろに手を組んで立ち上がると、俺の雰囲気が変わった事を察したジナも警戒心露に立ち上がる。


「ロビン……!」


 今、この瞬間にも下界に叩き落としてやってもいいが、どうせまたやって来る。何度でもやって来る。lock levelを最大にして尚、俺の部屋に侵入できる奇特なヤツはこいつだけだ。


 俺は指を鳴らして、マリエールを背後に呼び寄せる。

 強制移動。『部屋』の中でしか出来ない芸当だ。


先生(ドク)……?」


 マリエールは、その姿を消した次の瞬間には俺の背後に出現し、そこで漸くロビンの存在に気付いて怯む。


「――っ!」


 生粋の人種主義者(レイシスト)にして優生種。選民主義者。こいつがその気(・・・)になれば、一番危ないのはマリエールだ。

 俺は低い声で言った。


「ロビン……何の用だ。何をしにやって来た……」


「……」


 そのロビンだが、何事もなかったかのように振り返り、汚れた口元を袖で拭った。


「あ、暗夜(ヨル)さん。ムセイオン、焼いちゃったそうですね。流石です。ザームエル施設長、どうでした?」


「……」


 俺は、こいつと世間話に興じるつもりはない。強く睨み付けると、ロビンは怯えて一歩引き下がった。


「な、なんで、怒ってるんですか? わ、私、何かしました?」


「……勝手に俺の部屋に入るな……」


 lock level5(最強)の障壁を施した部屋には、エミーリアとエルナですら入れなかった。そこを容易に侵入し得るロビンは脅威でしかない。


 ロビンは、俺が詰め寄った分だけ引き下がり、焦ったように言った。


「ちゃ、ちゃんとご飯を食べろって言ったの、暗夜さんじゃないですか。なんで怒ってるんですか……?」


「……それを怒ってるんじゃない。何をしに来たんだと言っている……」


「な、何をしに来たって、ロビンですよ。貴方のロビン。貴方の可愛いコマドリですよ……そんな邪険にする事はないじゃないですか……」


 涙目になって引き下がるロビンの口元に、つっと涎の筋が伝う。一見、まともそうに見えたが……


「涎!」


「おっと失礼」


 俺の指摘に、ロビンは慌てて袖で口元を拭った。

 俺は改めて言った。


「不快だ。俺が、お前を喚び出した事は一度もない。何故、やって来る」


 ロビンは俺の強い怒りに怯み、もごもごと何やら口の中で言い訳するが……


「何故って……だから、貴方の可愛い……」


「やかましい、この物狂いが。そもそも、俺の顔など見たくないと言ったのは誰だ?」


「……それは」


 そこで、ロビンは端正な顔を歪めて笑った。滲む狂気。俺の『眼』に、ロビンの精神は著しく破綻したもののように映る。


「……私が馬鹿だったからです……申し訳ありません……」


「涎!」


「おっと」


 クソッ! こいつと話していると調子が狂う。様子から見るに、害意はなさそうに見えるが……

 そこで話に割り込んだのはフラニーだ。


「師匠、どうかしました? 教会騎士の姉ちゃんじゃないですか。なんでそんなに怒ってるんですか?」


「断りもなく俺の部屋に入った。使徒の部屋だ。分かるか、フラニー。こいつはおかしい。異常だ」


 事情を知らないフラニーは、俺の不快感を理解できないようで、きょとんとしている。


「駄目なんですか? 何があったか知りませんけど、この人は師匠の敵じゃないですよね?」


「……っ」


 そこで俺は言葉に詰まる。フラニーの言う通りだったからだ。

 このロビンの存在は確かに危険だが、俺に対して敵意を向けた訳じゃない。今は武装もしていない。帯剣もせず、無手の状態にある事も話を複雑にしている。


 僅かに考える俺の様子に、ここが機会と見たのか、ロビンが涎を垂らしながら慌てて叫んだ。


「そ、そうですよぉ。フランキーの言う通りでぇす! 私はぁ、暗夜さんの敵じゃありませぇん! 味方でぇす!!」


「クソッ、狂うな! 叩き出すぞ!」


 ロビンと話していると調子が狂う。俺は……こいつをどうしたいのだ。


 ロビンは物狂いだ。著しく精神が破綻している。まともに相手していると、こっちもおかしくなりそうだ。俺は疲れ……


 強く指を鳴らして、精神安定の術を行使してロビンに冷静を促した。


「……先ずは落ち着け……」


 そうだ。落ち着け。叩き出すのはいつでも出来る。ロビンの存在に対する不快感は、潜在的なものだ。生前の俺は、余程、こいつの性質を嫌悪していたのだろう。


「……」


 俺は、一つ深呼吸して、改めて言った。


「ロビン、何の用だ。何をしに来た。用件を言え」


 ロビンは俺の術で平静を取り戻したのだろう。不思議そうに言った。


「……私は、貴方の唯一の騎士ですよ。貴方に仕える騎士は、この世界に私しか存在しない。そういう約束だった筈です……」


「……」


 生前の記憶がない俺には、身に覚えがない事だ。だが、それを言うとロビンはまた狂うだろう。話がややこしくなる事は想像に難くない。

 俺は、むしゃくしゃして言った。


「ふん、俺の騎士を僭称するか。気違いはいらん。もっと、しゃきっと――涎!」


「おっと」


 ここでもう、俺は思い疲れる。

 頭を抱えた俺を見て、マリエールがソファを出してくれたので腰掛ける。


「…………」


 しんどい。疲れる。ロビンの存在は、俺の神経を削る。俺はこいつを制御できない。正確には、こいつの力と性格を制御できない。


 生前の記憶……『ディートハルト・ベッカー』だった頃の記憶はない。だが、何度も衝突した筈だ。俺は、こいつとは合わない。


「……」


 俺は更に深く考えるが、ロビンは、ぽうっとして俺の言葉を待っている。その態度すら気に障る。


 フラニーは、今一、事情を理解できないようで首を傾げているし、ジナに至ってはロビンの害意のなさ故に警戒を解いてしまった。


「…………」


 考えるが答えは出ない。俺は、こいつをどうしたいのか。それが分からないのが一番の不快感だ。

 その俺の耳元で、マリエールが囁いた。


「……先生(ドク)、分からないなら、手元に置いた方がいい。その方が安全……」


「……」


 俺は悩み……結局はマリエールの諫言を容れた。どういう訳か、俺は、このロビンに対して冷静を欠いている。もう少し判断材料が欲しいというのが本音だった。

 長い沈黙を挟んで、俺は言った。


「……いいだろう。だが、試させてもらう……」


「はい。それは、どうぞ」


 使徒たる俺の『試し』を簡単に引き受けるこのロビンの余裕も気に障る。

 俺は激しく舌打ちした。


「フラニー、ジナ、アイヴィ。この物狂いを叩きのめせ」


「……」


 そこでフラニーは片方の眉を持ち上げ、ジナの犬耳がピンと立つ。


「弱いヤツはいらん。殺すつもりでやれ」


 ――空気が変わった。


「はい、(マスター)。了解しました」


 刹那、真っ先に飛び掛かったのはアイヴィだった。


 アイヴィは猫人(ワーキャット)だ。高い知性を持ち、強い腕力を持つばかりでなく魔力すら持つ。数多い獣人種の中では才能に溢れる。

 class――『ニンジャ』。

 武器、暗器、格闘、錬金術に超能力を使うこのクラスは、数ある戦闘クラスの中では最上級の部類に入る。が――


 ぐしゃっ、


 という音と共に、次の瞬間には、アイヴィはその場に叩き潰されるようにして倒れ込んだ。

 ロビンは首を傾げた。


「まだ育成中ですね。意気は買いますが……しょせん、猫人ですよね。話になりません。あと十年は鍛えて来て下さい」


 なんて事なさそうに言うロビンだが、アイヴィの動きは使徒たる俺をして俊敏だった。フラニーやジナよりも早く、真っ先に突っ掛けたのがその証拠。


 ロビンは拳骨一つでそのアイヴィを黙らせた。殺してはいない。殺意を持ったアイヴィにあえて手加減して力の差を示した。


 俺はまた頭を抱えた。

 レネ・ロビン・シュナイダーは優生種。狼の獣人。これ程の差があるとは思わなかった。『騎士』にはあまり適性のない『格闘』ですら、アイヴィでは及ばない。

 ロビンは楽しそうに言った。


「さて……フランキー。それと……出来の悪いペット。少し遊んであげましょう。二人掛かりで来てもいいですよ」


 俺は、アイヴィの不甲斐なさでなく、類い稀なロビンの『強さ』に、ずきずきと痛む眉間を揉んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「やかましい、この物狂いが。そもそも、俺の顔など見たくないと言ったのは誰だ?」 (中略) 「……私が馬鹿だったからです……申し訳ありません……」 彷徨うなかでロビンは一体何回暗夜に言っ…
[一言] ジナにだけ悪辣なのは愚かさ故に主人を裏切った者としての同族嫌悪ですかね。
[良い点] なんかロビン前より無茶苦茶強くなってる? やっぱ狂う前は精神的なもので枷かなんかあったんかな
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