23 使徒失格1
頭まで、すっぽりと覆う魔法銀の兜。全身を守るプレートメイルは神力で青白く輝いている。
エミーリア騎士団の紋章であるリンドウの刺繍が刻まれたトーガを纏い。
第一の使徒『聖エミーリア』。
千年以上前に創立されたエミーリア騎士団の初代団長。聖エミーリアが本気で怒る時、全てが厳しく裁かれる。『第一の使徒』は伊達じゃない。
「……」
エミーリアは喋らない。油断なく大盾を構え、姿勢を低くして連接棍を手ににじり寄って来る。
その背後に控える聖エルナが俺を見る目も、やはり厳しい。蛇杖の先を俺に突き付けるようにして身構えている。
「……」
白蛇は無言の内に外套を翻し、こちらも姿勢を低くして身構える。外からは見えないが、外套の中で剣の柄に手を掛けているのだろう。
俺は、溜め息混じりに言った。
「……何をしに来た。役立たず共……」
その言葉に白蛇が失笑し、聖エルナの眉間に険しい皺が寄る。言った。
「……暗夜、お前は、何をしたのです……」
今さらそんな事を言う聖エルナの足元に、俺はザームエルの中身空っぽの頭を投げ捨てた。
「見て分からないか? それとも言葉にした方がいいか?」
エルナとエミーリアの怒りは理解しているつもりだ。
ムセイオンの存在は罪深いが、これは人の業が作ったものだ。『使徒』が手を下す案件ではない。俺が殺した者の中には、罪なき者もいただろう。これは下界への過度の干渉に当たる。
ムセイオンが滅ぶなら、それはあくまで人の手によってでなければならない。それが『使徒』としての二人の考えだろう。これを為したのが、未だ人の理の内にある白蛇であれば、二人は黙っていた筈だ。
エルナは厳しく言った。
「暗夜。お前は、自分が何をしたか理解しているのですか?」
「ああ、手に負えん邪悪を滅ぼした。それだけだが?」
「この人殺し!」
「仰せの通りだ」
俺は完璧な存在ではない。母もまたそうだ。そもそも全知全能の者など存在しない。何故、母があんなに物憂い表情をしているか、考えた事があるのだろうか。
馬鹿馬鹿しい、というのが俺の答えだ。
「俺は、罪と死を糧に進む。それだけだ」
「……」
エルナは厳しく俺を睨み付けていたが、不意に訝しむように眉をひそめた。
「……変わりましたか?」
「お前には関係ない」
俺が奇妙な部屋に留まった時間は……七十年といった所だ。だが、それをこの二人に一々語って聞かせるほど暇じゃない。
俺は言った。
「聖エルナ。聖エミーリア。母はお前たちの無能にお怒りだ。弁明せよ」
勿論、こんなものは嘘の皮だが、効果は覿面だった。
「……!?」
そこでエミーリアの動きが止まったのを見て、白蛇がまた失笑した。
続ける。
「無能め。当為はどうした。まさか、俺を誅しに来た等と寝言を言うつもりじゃないだろうな」
母は邪悪を討てと言っただけだ。細かい事は何も命じていない。裁量は俺たち自身にあるという事だ。無論、その理屈で言うならば、二人が俺を邪悪と見なし処断しても問題ない訳ではあるが……そんな事より先に、俺たち使徒には優先せねばならない事がある。
白蛇が嘲るように言った。
「何か勇者について得た情報は?」
そうだ。仲間割れなどやっている場合ではない。そんな事はいつでも出来る。勇者の危険性に比べれば、俺の犯した罪など取るに足らん。
「両名、暇なように見えるが、如何」
白蛇は母に侍る騎士だ。エルナはやりづらそうに眉間に寄せた皺を深くした。
「……今は……まだ探っている途中です……」
白蛇は鼻を鳴らした。
「まず、そこが違う。ここまで馬鹿だと手に負えんな……」
白蛇の言葉に、俺は同意だった。
『勇者』は強力な存在だ。問題の人工勇者を発見したとしても、それを討ち取る算段がなければ返り討ちに遭う可能性がある。俺が優秀な戦士を求める理由もそこに起因する。
「自信満々だな。少々、自惚れが過ぎる。それにしても……」
白蛇は続けて言った。
「何故、勇者は見付からん」
この白蛇の疑問は全く正しい。
母は何も語らない。だが、俺たち使徒を使う理由はそこにある。これは少し考えれば分かる事だ。
人工勇者と二名の人工聖女。神の目を以てして、未だ見付からない理由は何故か。可能性は色々とあるが、最も有力な可能性に絞って考えれば、理由は三つ。
「勇者を匿っている者がいる」
正しくそうだ。白蛇の解答は正しいものの一つだ。そして、母の目から逃れる事の出来る方法……或いは、それが出来る存在は限られる。
あくまでも可能性の一つだが……
「我々、使徒の中に背信の徒がいる……」
白蛇は、俺の言葉に深く頷いた。
「然り。正しくそうだ」
「……そんな、馬鹿な……!」
エルナは驚愕して目を見開いているが、これも可能性の一つとして十分以上にある事だ。『部屋』を持つ『使徒』には、それだけの力がある。
白蛇は厳しく言った。
「その可能性を踏まえた上で、両名に問う。お前たちは……兄弟……いや、暗夜を二人掛かりで誅しに来たのか?」
確実に母を裏切ってないと断言できる使徒は二名。『成り立て』の俺と、直接母に仕える白蛇だ。
エミーリアとエルナの本当の思惑は分からない。興味もない。だが、現状、使徒に手を出す、しかも二人掛かりでそれを行うという事は裏切りの嫌疑を掛けられても文句は言えない。
俺はこの馬鹿二人の相手が面倒臭くなり……
未だ武装を解かないエミーリアに、五発立て続けに発砲した。
勿論、二人には謎の攻撃だ。
二発外したが、エミーリアの魔法銀の兜に三発の銃弾が命中して青白い火花を散らした。
「なっ――」
初めて見る『回転式拳銃』の攻撃に、ぎょっとするエルナの前で、兜越しにとはいえ頭部に三発の銃弾を受けたエミーリアは、小さく悲鳴を上げてその場に踞った。
「ふん、流石に貫けんか……」
マリエールが作った回転式拳銃は便利だが、その強力さ故に装弾数が少なく、有効射程が短いのが欠点だ。
神力を纏った魔法銀は固い。こちらも神力を込めた真銀弾を使っているが、その防御を貫くには至らない。
だが衝撃は伝わる。
至近距離で被弾したエミーリアは頭部に強烈な衝撃を受け跪いた。それでも大盾を構えるのは流石だが……
「……」
俺は銃のシリンダーのロックを解き、空になった薬莢を捨て去ると同時に、スピードローダーで素早く次弾を装填する。
使徒専用『純鉄弾』。
この至近距離からぶち込めば、たとえバリアを張られても貫通して聖女と修道女の使徒は殺せる筈だ。
「確かに俺はムセイオンを滅ぼした。だから、俺がお前たちに制裁を受けなければならないのか?」
俺は不快だった。
二人掛かりで俺をどうにかしようと思っていたエミーリアとエルナの存在が、この上なく不快だった。
「聖エミーリア、そのまま動くな。動けば、聖エルナに純鉄の弾丸を撃ち込む」
「……!」
エルナは俺の言葉に刮目し、エミーリアは跪いた姿勢で動けない。動かない。
「…………」
白蛇は黙って成り行きを見つめている。エルナとエミーリアの二人が戦意剥き出しで駆け付け、俺を殺す可能性があった事を鑑みれば当然だった。
俺はリボルバーの銃口をエルナに突き付けた。
「聖エルナ。よく考えて答えろ。お前たちは、何をしに来たんだ」
「…………」
額に、びっしりと汗を浮かべたエルナは答えない。
俺を誅するつもりだったと言えば、当然、殺す。嘘を吐けば勿論殺す。口論するつもりはない。俺は、この考えなしの二人を殺すつもりだった。
母は報復を是とする。エミーリアとエルナがそうしたように、俺も暴力で遇しているだけだ。そもそも、母は、喧嘩を売られても黙ってなさいと言うような甘ちゃんじゃない。それは相手が使徒でも変わらない。
「三」
俺は撃鉄を起こす。確実に外さない距離だ。問題は確実に殺せるかだ。
「二」
そこで、死のカウントダウンに気付いたエルナは、驚いたように仰け反った。
「え? う、撃つんですか?」
空っぽの頭ならいらんだろう。俺は嗤って言った。
「一」
使徒に純鉄の弾丸を撃ち込めばどうなるか。これは得難い情報だ。エルナが死ねば、問題なくエミーリアも殺せるという事になる。
最早、一刻の猶予もない。俺の『本気』を感じ取ったエルナは激しく狼狽し――
「わ、私たちは貴方の事が心配で――」
「嘘だな」
第三使徒『聖エルナ』の最期の言葉が命乞いの虚言とは、全く残念でならない。カウントダウンは止まらない。
「さよならだ。聖エルナ」
そして――
俺が引き金を弾く、正にその瞬間、黒い影を引いて投げ込まれた何かがエルナの胸にぶつかって転がった。
エルナの纏う聖衣を、べっとりとどす黒い血で汚して死の砂漠に転がったのは、中身空っぽのザームエルの首だった。
「…………」
俺はカウントダウンを止めた。
驚きに半ば放心したエルナは、ゆっくりとザームエルの首が投げ込まれた方向に視線を向けた。
そこに居たのは、白蛇と同じくこの成り行きを見守っていたムセイオンの戦士たちだ。
戦士の誰かが言った。
「こいつら……本当に天使か……?」
他の誰かが続けて言った。
「我々はザームエル施設長の無法から解き放たれた。それを咎めるのか……」
戦士たちの口から放たれるのは痛烈な非難の言葉という弾丸だった。
「……」
かつて魔王を打ち破り、世界に平和をもたらした伝説の聖女エルナには、真銀の弾丸で撃たれるより堪えるだろう。
「……天使にも色々いるのだな……」
「……我らの命など興味がないのか……?」
「……あんな者が天使の筈がない……」
そこかしこから放たれる面罵の言葉の数々に、エルナはみるみる内に項垂れ、悲しそうに口を閉ざした。
善も悪も、全て主観による物だ。場合によって答えは変わる。今回は、これが答えだ。
二人の天使は思い知り、守るべき対象の者たちから非難されている。
◇◇
大きな必然は良心を高め、小さな必然は良心を低くする。
好きなように世界を見るがいい。
世界は常に昼と夜の顔を持って、お前たちの浅慮を嘲笑う。
《アスクラピア》の言葉より。
◇◇
どのような問題であれ、答えは常に一つとは限らない。愚か者は、何も知らない時にだけ、居丈高に知っていると言う。僅かでも真理を志す者は常に迷い躊躇う。
――殺す価値もない。
俺は、間抜けな天使に侮蔑の言葉を投げ掛ける。
「お前たちの行動は味も素気もなく、唾棄すべきものだ。消えろ。顔も見たくない」
灼熱の太陽が照り付ける死の砂漠に、乾いた風が吹き抜けて行った。




