22 死神『暗夜』3
闇から生まれた戦士たちが犇めく闘技場で、満身創痍になりながらも、ザームエルはまだ生きていた。
巨大な熊を思わせる風貌。白髪を振り乱し、無限に湧き出る地獄からの使者と戦っている。
「……」
俺は咥え煙草のまま、横目の視界にザームエルの姿を捉えながら、まだ生きていたのかと考える。
ザームエルと共に戦っていた戦士たちは、既に物言わぬ骸になって砂の地面に転がっていた。
ザームエルは闘気で白く輝く豪腕で悪霊共をぶちのめし、地獄の使者を打ち砕くが、そんな事に意味はない。『彼ら』は無限に湧いて出る。
ザームエルの血走った目が、ギョロリと動いて俺の姿を捕まえた。
「天使! 天使ぃいぃいぃい!」
当たり前だが、ザームエルは激怒していた。突如現れた俺に優秀な戦士たちが殺され、己の聖域が無惨に焼き払われている。それも現在進行形の話でだ。
ザームエルは懐に隠し持っていた一振りの短刀を取り出した。
純鉄の短刀『神官殺し』。
「……まぁ、持ってるだろうな……」
この死の砂漠を身一つの女連れで現れた神官。普通の神官である筈がない。最悪のケースを考えるのは、ある意味、当然の事だ。
アリーナに燃え広がった青白い焔は、既にムセイオン全体に及んでいる。だが、まだ終わってない。このザームエルが健在なら、施設はまた造り直せばいい。失った戦士たちもまた育て上げればいい。
この地獄の焔と地獄の戦士を消す方法は二つある。
一つは、術者たる俺が俺の意思で消してしまう事。
もう一つは、術者たる俺を殺してしまう事だ。
ザームエルは、迷わず後者を選択したようだった。悪霊、死霊の別を構わず豪腕で吹き飛ばし、雄叫びを上げながら突っ込んで来る。
凄まじい戦士だ。味方に付ける事が出来たなら、必ずや勇者との戦いでも役に立っただろう。
「……」
紫煙を吐きながら、ぼんやりと考える俺は、懐に手を突っ込んで『それ』を取り出し、ザームエルに照準を合わせて引き金を弾いた。
――直後。
だん、という衝撃音と同時に撃ち出された真銀の弾丸は、狙いを過たずザームエルの眉間に命中し、その頭に詰まった脳漿と脳味噌をアリーナに撒き散らした。
「……」
俺は戦いを好む。一人の『戦う者』だ。だが戦士ではない。近接戦闘では、ザームエルに及ぶべくもない。俺は相手の土俵で相手に合わせて戦う程の馬鹿ではない。
ムセイオン施設長、ザームエルは呆気なく死んだ。
「ふむ……使えるな……」
ザームエルを殺したこの『回転式拳銃』は、新しい『部屋』の中にあった削除不能のオブジェクトの銃の玩具に興味を示したマリエールが作ったものだ。
分解して構造を理解した後は、下界で使えるよう、素材も全てマリエールが用意して作り出した。勿論、玩具じゃない。真銀の銃身に真銀の弾丸。弾丸は俺の神力を込める事で飛躍的に破壊力と貫通力を増す。それでも、ザームエルが『銃』の性能と脅威を知っていれば対応可能だったろう。無傷とまでは行かぬまでも、身体強化で防げた筈だ。
「……」
俺は何も言わない。ザームエルの死に思う事は何もない。ザームエルは自ら定めたムセイオンの法に則り、無常に殺された。それだけの事だった。
燃え盛る青白い焔の中で地獄の戦士がおぞましい歓声を上げ、ザームエルの遺骸を八つ裂きにして撒き散らした。
俺は、恨みを晴らした戦士たちを消さずにおいた。その呪いが晴れるまでムセイオンに留まり、訪れる者を殺し続ける。
焔も消さない。これは呪詛の焔だ。無念の内に死んだ戦士たちの呪いが消えるまで燃え続けるだろう。
全てどうでもいい。だが……
「ザームエルの首は貰って行くぞ」
地獄の戦士たちは俺に敬意を払い、後頭部に大穴の空いたザームエルの首を差し出して来る。
俺は言った。
「ザームエル、真銀の弾丸の味はどうだ。ドタマがすっきりしただろう」
「……」
ザームエルは答えない。文句の一言も口にせず、驚いたように目を見開いた間抜けな表情で延々と死に続けた。考える脳みそもないから無理もない。
俺は、開いたままの吐き出し口からムセイオンの外に出た。
「……」
ムセイオンの前では、生き残った戦士たちが跪き、頭を垂れた姿勢で俺を待っていた。
ムセイオンでは力が全てを決める。戦士たちは力を示した者に従う。その意思は明白だ。
俺は、行き場をなくした哀れな戦士たちにザームエルの首を突き付けた。
「……ザームエルは御覧の有り様だ。お前たちは自由だ。各々、好きなように生きるといい……」
ムセイオンの戦士たちにとって、力が全てだ。彼らは力によって生き、力によって死ぬ。
「俺は人間じゃない。お前たちに与えられるものは何もない」
だが、この死の砂漠に身一つで放り出すほどの人情なしでもない。
「『夜の傭兵団』を知っているか? 団長の白蛇は、俺の兄弟分だ。そこに送ってやる。戦士としての待遇が受けられるだろう」
白蛇なら、戦士たちを無下に扱ったりはすまい。その思いから出た言葉だったが、戦士たちは答えない。
三百人を超える一流の戦士たち。育成過程の者もいるだろうが、全ての戦士たちが示し合わせたように誰一人として顔を上げない。
俺に付き従うつもりなのだ。
空っぽの頭だけになったザームエルのように、戦士たちが傲慢な存在であれば良かったのにと思う。
俺は人間じゃない。アスクラピアの定めた『使徒』だ。彼らの『祈り』に逆らえない。その愚直さを愛おしくすら思ってしまう。
「俺には何もない。俺に従えば、多くの者が戦いの内に死ぬだろう。俺には、お前たちに与える名誉も富も何もない。自由に生きてほしい」
「……」
困り果てた俺の前で、戦士たちは頭を垂れたまま答えない。そして、使徒『暗夜』はこの『祈り』に似た懇願を断る術を持たない。
「なぁ……頼むよ。俺は、そんなにいいヤツじゃないんだよ……」
今回、俺は多くの者を無差別に殺した。中には罪なき者も居ただろう。俺は完璧な存在ではない。そして、残った戦士たちは、もう十分に傷付いている。過酷な訓練で四肢に不具合を持つ者もいる。仲間を失った者もいるだろう。この後は、せめて自由に生きて幸せを掴み取ってもらいたい。それが俺の心境だ。
「……人間には、誰しも幸せになる権利がある。幸せを目指す資格がある。お前たちには、その力がある。あえて過酷な道を選ぶ必要はないだろう……」
俺は優秀な戦士を求めてやって来た。だから、俺自身が矛盾した事を言っているのは理解している。だが、全ての物事は思った通りにはならない。俺自身の心すら。
「……」
俺は天を見上げて嘆息した。
先にフラニーを含めた戦士たちを『部屋』に送っている。ここに居る戦士たちを含めれば、勇者とも戦えるだろう。分かっている。分かっているが……俺はそこまで単純ではない。我ながら、この矛盾を含む自らの性質に呆れてしまう。
そこで――
「ん……?」
超高速で迫る三つの気配があった。
『使徒』のものだ。
三人の使徒がここにやって来る。幾つもの奇妙な部屋を渡り、隕石のように高速で落下して――
――だんっ!
という轟音と共に砂煙を撒き散らし、先ず、その場にやって来たのは白蛇だ。
◇◇
『夜の傭兵団』団長『白蛇』。時刻は昼だ。肉体は眠っている筈だ。つまり、今のこいつは『使徒』として活動しているという事になる。
白髪。顔半分に包帯を巻いた盲の男。
白蛇は散歩中に出会ったかのように、気軽に片手を上げた。
「ようっ、兄弟」
「ああ……」
俺はザームエルを殺し、ムセイオンを焼いた。徹底的に滅ぼした。使徒による下界への必要以上の干渉は誉められたものではない。それを咎められるかと思ったが……
白蛇は、上機嫌で笑った。
「派手にやったな、兄弟。俺も誘ってくれれば良かったのに」
「……怒らないのか?」
「何故? 俺たちの自由は母に保証されている。何をしようと俺たちの勝手だ」
気が合う事は知っている。
だが、この破天荒ぶりをどう思えばいいか分からず、俺としては言葉に迷う。
白蛇は嬉しそうに言った。
「お前がやらなきゃ、俺がやってたよ」
「……」
殺人施設とも呼ばれるムセイオンを嫌う者は多い。白蛇もこのムセイオンを嫌っているようだ。
現れた二人目の使徒に、ムセイオンの生き残った戦士たちは、ただただ驚いている。
白蛇は快活に笑った。
「まぁ、俺を混ぜてくれなかった事には不満があるが……やったな!」
「あ、ああ……」
元来、白蛇は明るく悪戯好きな男だ。俺は、この男が嫌いではない。
「よし、兄弟。俺は兄として誇らしい。誉めてやる。男らしく握手でもするか? それとも抱き締めて欲しいか?」
「……なんの冗談だ?」
どうにも……白蛇には頭の具合がよろしくない所がある。冗談を言ってるのは分かるが……
俺は、少し考えて言った。
「……それじゃあ、握手でもするか……」
男に抱き着かれるのは、あまりいい気がしない。気持ち悪い。
「そうか! お前ならそう言うと思ったよ!」
白蛇は、ムセイオンが滅んだ事がこの上なく嬉しい事のようだった。
「…………」
俺と白蛇は男らしくぎこちない握手を交わす。だが……
「冗談だ! 来いよ、兄弟!」
俺は、白蛇に思い切り抱き締められ、背中をバンバンと強く叩かれた。
「…………」
何をどう反応していいか分からない。だが、戦士たちを預かってもらえそうだ。
背中を強くどやしつけられながら、やはり『白蛇』は信用できると確信したのはこの時だ。
そして――
流星のように青白い輝きを放つ二人の使徒が新たに降臨する。
一人は全身を魔法銀の装備に身を固めた『聖エミーリア』。伝説の修道女。戦闘態勢。
もう一人は聖女。聖衣を身に纏い、肩に銀色のストールを掛けていて、俺を睨み付ける視線は何処までも冷たく厳しいものだった。母と似た形の蛇杖を持っている。こちらも戦闘態勢。
二人が俺を咎めるつもりなのは、火を見るより明らかだ。
さて……面倒な事になった。
俺は、また天を仰いで嘆息した。
『ムセイオン』設定。
獣人の戦士を養成する殺人施設。その殆どが元は拾われて来た孤児たち。完成された戦士たちの出荷だけでなく、時に興行も行う。興行内容は戦士たちの決闘、及び魔物との集団戦闘。一年で死者は千人を超え、魔物の殺害数はその三倍になる。
描き貯めに入ります。なるはやで描きますので、ご了承下さいませ。




