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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第四部 青年期『使徒』編(前半)
217/309

20 死神『暗夜』1

 俺は……癒しと復讐の女神『アスクラピア』の子。

 しかし……そんな事とは関係なく、アスクラピアを母と呼び信仰している。何故か?


「聞け、ザームエル。我が母は、使徒たる俺に善を行えとも悪を為せとも言わん。何故か分かるか?」


 溢れ出した神力で髪が舞い上がり青白い星が舞うが、ザームエルは余裕の笑みを崩さない。

 嗄れた声で楽しそうに言った。


「……天使どののご高説……興味深い……是非ともお伺いしたいものだ……」


 俺は鼻を鳴らした。


「そのどちらかを命じた時点で、俺は自由ではなくなるからだ」


 それは俺のような『使徒』に限った事ではない。母は人間らしい行いの全てを愛した。そこに綺麗も汚いもない。善も悪もその存在を許した。俺の自由を奪った時点で、母の神性は消え失せる。


「お前がそうであるように、俺のハートは俺だけが持っている。自由でない心から生まれた行動に意味はない」


 この『ムセイオン』は穢れている。凄まじい怨念の渦巻く呪われた地だ。無念を飲み、絶望の内に死んで行った者のなんと多い事か。

 マリエールが、俺の耳元で囁いた。


「……先生ドク、怒らないで……」


「無理だ」


 ムセイオン施設長ザームエルは特別だ。特別な『戦士』だ。おそらく、闘技場アリーナに集う戦士たちが束になって掛かっても敵わんだろう。

 このザームエルの存在こそが『ムセイオン』だ。

 母の考えは知らん。だが、運命が俺をこの地に導いた。


 俺の行いに、善も悪もない。母はその自由な俺の行いを見守っている。いつだって見つめている。その『アスクラピアの子』第十七使徒『暗夜』はこう答える。


「何事にも程度はある。弁えろよ、ニンゲン」


 そうだ。因果は巡る。

 鍛え上げ、強い戦士を作り上げる。なるほど素晴らしい事だが、人が人としてある為にやっていい事には限度がある。ムセイオンを取り巻く怨念は、俺が許せる限度を遥かに超えている。


「少し遊んでやろう」


 クズを相手に手を汚すのは真っ平だ。因果は巡る。その業の深さが『ムセイオン』を焼くだろう。

 ここでなら使える。


美術館ミュージアム


 俺の『夜の眼』に、このムセイオンはそう映る。数多の戦士たちが無念と怨念を残して息絶えたこの地は、怨霊の美術館ミュージアム。今回はそれを使う。


◇◇


 記憶は消えてしまってもよい。今、その瞬間の判断を誤らなければ。


《アスクラピア》の言葉より。


◇◇


 使徒詠唱。


「彼らに存在は与えられていない。

 彼らは流れに過ぎない。

 彼らは喜んであらゆる場に現れる」


 母の手は二本ある。だが、それは単純に『奪う』事と『癒す』事だけが全てではない。多を一のように感じろ。一の中に多を見出だせ。そこに全ての始まりと終わりがあるだろう。


「土の中に朽ちる定めを解く。追憶の夢が朝の夢に触れる」


 空に暗雲が垂れ込め、闘技場アリーナに無数の逆印が現れる。

 俺は居並ぶ闘技場アリーナの訓練生たちに向けて言った。


「戦士たちよ。どうか、どうか動かないでいてほしい。今から現れる者は、お前たちの敵ではない」


 代価を払うのは、この怨念渦巻くムセイオンの施設長ザームエルと、その理念に賛同する者だ。


 俺は、永きに渡り奇妙な部屋(ストレンジ・ルーム)で遊んでいた訳ではない。永き時を経て、俺は新たな『個性オリジナル』を身に付けた。それがこの術だ。

 斯くして俺は、地獄より『彼ら』を喚び出す。


「開け――暗夜ヨルとびら――」


「……!」


 そこでザームエルの余裕の笑みが崩れた。


 闘技場に浮かんだ無数の逆印から、おどろおどろしい闇が吹き出して、やはり無数の影を結ぶ。地獄よりの使者。地獄より来た戦士たち。

 俺は、のんびりと言った。


「神聖術は使えるかね」


 これは死霊術の領域だ。通常の神官には扱えない術だが、生憎、俺は通常の神官ではない。


「泣いて喜べ。このムセイオンに集った死の戦士たち(デス・ウォーリア)だ」


 俺は神官服リアサの裾を翻す。


「ザームエル。生きていたら、今度は直に遊んでやろう」


 名付けるなら『裏召喚』というべきか。通常の召喚兵とは違う。限られた環境でしか使う事は出来ないが、こいつらは恐ろしく強力だ。この『ムセイオン』に渦巻く怨念がそうさせる。永年の時を経て生まれた業がそうさせる。


 闘技場アリーナの戦士たちは動かない。皆、この光景に恐怖して動けない。状況を見守っている。


 雲霞の如く現れた闇色の戦士たちがザームエルに襲い掛かった。


 死の戦士たち(デス・ウォーリア)は死なない。既に死んでいるのだから当然だ。闘争は無限に続く。或いは、このムセイオンの業が尽きるまで続く。


「うおあああああッ!!」


 ザームエルは雄叫びを上げ、複数の護衛と共に応戦するが、それもいつまで持つだろう。

 俺は嘲笑った。

 ザームエルもそうだが、共に交戦する護衛の戦士たちも獣人だ。『超能力』での対抗は難しい。単純な腕力は役に立たない。神官か悪魔祓い(エクソシスト)の領分だ。


「アイヴィ、地下施設だ。地下施設に案内しろ」


「……は、はぃ……」


 幼いアイヴィは震えていた。

 ザームエルは自らが先頭に立ち、護衛の戦士と共に果敢に応戦するが、死の戦士たち(デス・ウォーリア)は無限に湧いて出る。


「この状況を説明してみる事だ。そうすれば、己のした事の意味が理解できる」


 俺は煙草を咥えて火を点けたが、それを忽ちマリエールが取り上げ、澄ました顔で投げ捨てた。

 喫煙者は肩身が狭いのが問題だ。


「うおおおおおおッ! 戦士たち、力を貸せッ!!」


 背後で焦ったザームエルが何やら吠えているが、知ったこっちゃない。闘技場アリーナの戦士たちもそう思うのか、振り返る事すらせず、我先にと吐き出し口(ウォミトーリア)から飛び出して行く。出口に向かうのだろう。


 宙に浮き、相変わらず俺の首に抱き着いたままのマリエールが、溜め息混じりに呟いた。


「歴史的大問題」


 俺は笑って請け合った。


「誠に結構だ」


 覚束ない足取りで歩き始めたアイヴィの後に付いて闘技場アリーナを出て、トンネル型の通路を行く。


「こ、こちらです。天使さま……」


「アイヴィ、天使はよせ。暗夜ヨルだ。俺はそんな大したヤツじゃない」


 このアイヴィとは、便宜上、主従の関係を結んだが、俺は戦闘奴隷が欲しい訳じゃない。望むならこの場で解放しても構わない。


 俺が欲しいのは、強い『戦士』だ。そういう意味ではザームエルの存在は惜しいが、俺にも好き嫌いはある。人を人とも思わないようなクズは論外だ。そんなヤツを連れていれば、俺自身の品性を疑われる。


 マリエールは胡座をかいた姿勢で宙に浮かんで付いて来る。

 不意に言った。


「……先生ドク。ここ、燃やしちゃおうか……?」


 『大魔術師』のマリエールなら、このムセイオンを灰塵に帰す事も可能だろう。だが……


「いや、訓練を積む戦士たちに罪はない」


「……でも、仕返しに来られても厄介だし……」


「捨て置け。その時はその時だ」


 人間にはニンゲンの。俺には使徒としての感性がある。見逃しているものを、敢えて向かってくるというのなら、文句がないように扱うだけだ。


 トンネルのような細い通路をアイヴィの先導で進む。


 闘技場アリーナでの異変を感じ取ったのだろう。途中、ムセイオンの警備に当たっている戦士たちの襲撃を受けたが、それらはマリエールが強烈な風の魔法で殺してしまった。


「共犯」


 そのマリエールの言葉に、俺は笑った。


「ははは、なら俺は主犯だな」


 A級冒険者、大魔術師グレートマジシャンにして純血のエルダーエルフ。『マリエール・グランデ』の力は伊達じゃない。


 『魔術』による鋭い鎌鼬かまいたちが発生し、出会い頭で不意を突かれた戦士たちの首が飛ぶ。何人かは死に損ね、四肢をばら撒き悶え苦しむ羽目になったが、それを無視して進む。


 先を行くアイヴィの足取りは覚束ず、恐怖からか、レギンスは股間の部分が濡れている。やがて細い通路の向こうに階段が見えて来た。地下施設に続く階段だ。


「……弟子、か……」


 生前に結んだ縁だ。記憶を失くした今の俺が、その弟子にどう映るかは分からない。或いは他の戦士と同じく俺に立ち向かうかもしれない。


 闘技場アリーナからは、まだザームエルの咆哮と戦士たちの雄叫びが聞こえる。


 階段に近付くに連れて、死臭が鼻に衝くようになって来た。


「ん……」


 ずきん、と頭が痛み、俺は眉間を揉んだ。既視感がある。いつだったか、俺は似たような場所に行ったような気がする。


先生ドク……?」


「……いや、何でもない。大丈夫だ……」


 俺の記憶は大きく失われている。それでも覚えている事があるとするなら、それは蛇が嫌う不味い記憶だ。


「少し……急ごうか……」


 その俺の言葉に、マリエールが険しい表情で頷いた。

 細く長い階段を駆け降りて行く。突き当たりに鉄製の扉があって、俺は僅かに顔をしかめた。『純鉄』ではないが、『鉄』は神官の俺にとって鬼門だ。


 錆び付いた鉄の扉。

 鉄のかんぬきが掛かっていて、中からは開けられないようになっている。中に居る連中は閉じ込められているという事だ。


「アイヴィ、開けろ」


 俺は鉄を苦手にしているし、エルフのマリエールに至っては非力だ。このアイヴィを買った事は無駄じゃなかった。


「は、はい……」


 扉が開く。地獄の扉。俺は……いつだったか、似たような地獄の扉を開けた覚えがある。


 僅かに揺らぐ記憶の底で稲光のように閃いて消えたのは、悲しそうに俺を見る狐人の少女。


 ――女王蜂クイーン・ビー


 そして――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 暗夜の暗夜らしいところが見られて本当に嬉しい。 失いながらも苛烈に進み続ける姿はどんなに眩いものか。 ただ次の展開で暗夜がどうなるかが心配ではありますね、、、 弟子たちが無惨な姿でないこと…
[一言] この先がこわいよ
[一言] >記憶は消えてしまってもよい。今、その瞬間の判断を誤らなければ。 暗夜として目覚めてから、記憶を喰われた為に誤った判断ばかりしてたような… そういうとこホントしみったれてる。
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