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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第四部 青年期『使徒』編(前半)
214/308

17 何処までも暗い夜の中より、『暗夜』1

「オーバーディメンション……パラレルパターン。サイコパターン。アストラルパターン……聖エミーリア、聖エルナの解析を終了した。lock level3(強い)に設定。緊急時を除き、使徒暗夜、及び『部屋』への接続を許可しない」


 俺は謹慎する。ゾイとの件は別にして、整理したい情報が山ほどある。


 コンソール画面を呼び出し、『部屋』の接続設定を書き換えると同時に『門番ゲートキーパー』としてのマリエールの権限を拡大させる。


 虚無の闇に巨大なディスプレイが出現し、幾つもの情報を可視化できる形で表示した。


「……」


 二つの『部屋』の情報を確認する俺は、腰の後ろで手を組み、高速で流れる情報をつらつらと斜め読みに確認している。


先生ドク……それ、なに……?」


 『魔術師』マリエール・グランデは俺が選んだ仲間だ。未だ病身であるし、下界の者だから配慮が必要だが、『使徒』とは無関係なのがいい。


「使徒暗夜は、使徒全員に対して新しい部屋への接続を拒絶する。lock level5(永続的)に設定。完全拒否。ただし、『白蛇』『聖ギュスターブ』、この二名の干渉は、これを例外とする」


 遊びは終わりだ。

 体よく邪魔者二人が出て行った所で、そろそろ、俺は俺の当為ソルレンを探す為に必要な事をしようと思った。まずは……


「マリエール、本だ。本を出してくれ。なるべく多く。俺は圧倒的に知識が不足している」


「え、あ、うん……」


 マリエールには既に『権限』の一部を貸与してある。長命種であるエルフの知識の蓄積は無視できない。


「俺は暫く『書斎』に籠って読書する。その間、部屋の管理はお前に一任するが、いいか」


「わ、分かった」


 現在、使徒暗夜……俺は二つの『部屋』を管理下に置いている。


 一つは元いた部屋。

 時間軸は安定しており、『現在』へと繋がる。そこを完全委任の形でマリエールに管理させる。


 もう一つの部屋は、母より授かった『新しい部屋』。ディートハルトを軸としており安定しない。過去に存在する扱いの難しい『部屋』だ。俺はそこに籠って、時間が許す限り知識の集積に励む。ディートハルト・ベッカーの変化にもよるが、実際の時間にすれば六~七年という所か。

 俺は鼻を鳴らした。


「少し短いな……」


 ディートハルト・ベッカーの存在は既に解析済みだ。パラレルパターンの疑似体を創り出し、そいつを軸として固定する事で、新しい部屋は永遠に過去に留め置ける。


「行くぞ、マリエール。お前は助手だ」


「うん、分かった……」


 長く引き籠る事になる。マリエールの病気は、その間に完治させる。知識を集積し、これまでに得た情報を整理する。必ず、当為ソルレンに至る道が見付かる。


 俺は、俺の新しい『パーソナリティ』を獲得する。『書斎』から出た時……その時が、第十七使徒『暗夜』の行動の時。


「では、部屋の状態を更新アップデートする」


 俺は指を鳴らした。


◇◇


 長い時間を過ごした。

 マリエールの用意したあらゆる本を読み、それに飽きれば他の使徒やアスクラピアの存在について考える。


 途中、ディートハルトの髪色が銀色に変化した所で、部屋の軸を疑似体に変更した。

 lock level5――ここより、永遠とわ

 マリエールは四苦八苦しながらも、高い知性を発揮して部屋の管理を習得した。病気の完治には、結局、二年の時間を必要とした。


 『新しい部屋』は、管理者たる俺を軸としない事で永遠に近い時間を確保できるが、デメリットも大きい。


 新しい部屋に留まる間、俺の存在もまた過去のものになる。元が子供の『ディートハルト』を軸とする以上、幾らセキュリティのレベルを上げても不測の事態は発生する。


 『書斎』に引き籠っている間、何度も不測の来訪者があった。


 一人は白蛇。

 現れた瞬間から不機嫌で、のっけから罵られた。


「お前は馬鹿だ」


「……うん? 誰かと思ったら白蛇か。いきなりのご挨拶だな……」


 十七名の使徒の中でも、『白蛇』は特別な存在だ。未だ存命中である為、自らの『部屋』を持たない。だが、アスクラピアに直接仕える白蛇は権限も大きい。そもそも俺自身が白蛇を拒否設定しなかった事もあるが、直接『書斎』に現れたのには驚いた。


 話して気付いた事だが、面白い事に、現れたこの白蛇は過去の白蛇だった。存命中である為だろう。使徒でありながら、半ば人のことわりの中にある。


 冗談で煙に巻いたが、白蛇は俺の異変に気付いているようだった。


「じゃあな、暗夜。もう会う事もないだろう」


「ああ、さらばだ。白蛇」


 外套マントを翻し、姿を消した白蛇を見送って、俺は申し訳ない気持ちになった。


「すまんな、兄弟」


 俺は、この叩き上げの男が嫌いではない。まるで身内のように俺を気遣うこの男を嫌いになれない。


「俺は、お前の厚意を忘れない」


 ヤツの厚意に返すものがあればいいと思う。だが、どのような事情があれ、過去に干渉する事は禁止されている。


 また読書に戻る。

 マリエールの用意した本の種類は多岐に渡り、膨大な知識を得る事ができた。中には『奇書』と呼ばれるものもあり、使徒たる俺をして解読不能なものもあった程だ。


 そして、再びあの女が現れる。


 レネ・ロビン・シュナイダー。


 余程、変えたい過去があるのだろう。何度も繰り返し干渉し、過去の自分を『書斎』に送り付けて来る。


 そこで俺は一つの実験をした。知識的な興味に逆らえなかったというべきか。


「……世界の多層化を信じるか……?」


「たそうか?」


 この過去のロビンに情報を与える事で、『未来』に干渉するとどうなるか。


 マリエールのいい所は、俺と同じく探究心のたがが外れている事だ。もし、未来を変える事が出来れば、その要因となった俺たちは間違いなく消滅ロストするが、その危険を説明して尚、マリエールは面白そうだと笑っていた。

 だが……


「例えば、このページを俺たちの世界だとする。もう一枚ページを捲る。そこは同じ世界だが、ほんの少し俺たちの世界とは違う」


「す、すみません。分かりません……」


「本当に馬鹿だな、お前は……」


 ロビンは、幾ら説明しようと理解できなかった。具体的な話をしてやりたいとも思うが、ディートハルトとしての記憶がない俺には無理だ。説明はどうしても難解なものになる。


 結局、過去のロビンとの会話は、他愛ない悩み相談が殆どだった。


 時は子を大人にする。

 俺とマリエールが『書斎』に入り、十年の月日が経過した。俺は俺でしかなく、俺として成長している。失った物は取り戻せない。だが、別の物を嵌め込めばいい。


 俺は『俺』としての個性を完成させつつある。第十七使徒『暗夜』として完成しつつある。


 ロビンとの会話は退屈だ。酷く気に障る場合すらある。


「……暗夜。もう、私を呼び出すのはやめてくれませんか。今の私は、問答するような気分じゃないんですよ……」


 物狂いになった未来のロビンが聞けば、血涙を流して憤慨するだろう。


「俺が、お前を呼び出した事は、一度もない。お前が勝手に来るんだよ」


 俺は、ここでロビンに対する干渉を諦めた。あの物狂いを哀れに思えばこその行動だったが、理解及ばずというなら是非もなし。


「……確か、お前の洗礼名は『ロビン』だったな……」


「それが何か……」


「『ロビン』という名には、二つの意味がある。一つは『コマドリ』。小鳥だな。可愛いもの、愛らしいものを指す」


「……洗礼を受けた時、まだ十一歳だったので……」


 俺は嘲りの意味を込めて優しく笑う。


「もう一つの意味を教えてやろうか?」


「はあ……どちらでもいいですが、貴方はそれを言いたそうですね……」


 興味なさそうに答えるロビンに向けて、俺は首を振る。


 レネ・ロビン・シュナイダー。


 洗礼名『ロビン』の意味は『コマドリ』。そして――


 ――夜の愛し子。


「いや、言わずにおこう。知らないままで居てほしい」


 過去は変わらない。ある種の強制力が働いているのか。それとも、この俺の言動すら因果の内の出来事か。どちらにしても、同じ事だ。


 俺は、ロビンとの会話を打ち切った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロビン断章での話とリンクしてますね。 未来暗夜から見たらあの先がどう見えるのか楽しみ。
[一言] 自作の精神と時の部屋で読書しまくったってこと? 他の使徒は過去ディートの素材がない上に謎プログラミングとかしなさそうだからかなりイレギュラーな技術なのでは…… パーソナリティーを失って自分で…
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