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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第四部 青年期『使徒』編(前半)
202/309

5 砂の国にて2

 俺とエミーリアは、エルナに従って、アクアディの街の一角にある寂れた食堂に入った。

 エルナは、ずっと厳しい表情だった。


「……私も裕福という訳ではないですが、ここは奢りです……」


「やったあ!」


 等と叫んではしゃぐぽんこつに、俺は強い肘鉄を入れて黙らせた。

 一同、テーブルの席に着いた所で俺は両手を上げた。


「……なんです、それは……」


 訝しむような視線を向けるエルナに、俺は言った。


「降参だ。参った。なんでも貴女の言う事に従おう。それで勘弁してくれ」


 エミーリアが、にこにこ笑った。


「お、暗夜。殊勝だね。いい心掛けだよ」


 駄目だこいつ。早くなんとかしないと……


 エルナは、当然と言わんばかりに強く鼻を鳴らした。

 片方の眉を持ち上げ、言った。


「……案外、パルマで捕まった方が良かったかもしれませんね……」


「嫌味か、聖エルナ」


 溜め息混じりに首を振る俺に、エルナは嘲るような笑みを浮かべて見せた。


「別に……女王蜂は、お前に骨抜きですし……どうにでもなると思っただけですよ」


「うん? なんの話だ?」


「こちらの話です。しかし……何でも言う事を聞くというのはいい話です」


「ああ、何でも言ってくれ」


 それでこの件はチャラだ。それで、俺はもうザールランドには寄り付かん。

 エルナは言った。


「即刻、ザールランドを去りなさい」


「分かった」


 躊躇いなく頷くと、何故かエルナは目を剥いた。


「う、嘘ですよ! 冗談! 貴方、えにしを感じて来たんですよね? 馬鹿なんですか!?」


「……出て行けと言ったのは貴女だろう。それに従って、何故、俺が非難されるんだ。聖エルナ、貴女こそ、なんなんだ」


「…………」


 エルナは、テーブルに突き伏すようにして頭を抱えた。


「……それで、貴方の感じた縁とは、なんですか……?」


「……死にかけている。俺の治癒しか受け入れない。理由は分からんが、頑なな患者だ……」


 エルナは疲れた顔を上げ、呆れたように俺を見た。


「……その患者を、お前は見捨てるのですか……?」


「契約は、時に命より重要だ。痛みを伴う事もある。やむを得ない」


「……」


 エルナは眉間に皺を寄せ、何度も首を振った。


「……冗談を言ったのは謝ります。その患者の所に行ってあげて下さい……」


「……」


「その縁とは、女王蜂ですか?」


「違う。頭はいいが、性格に問題のあるエルフだ」


 そこでエルナは押し黙り、エミーリアとお互いの『瞳』を見合わせた。

 エルナは再び俺に向き直った。


「……暗夜。貴方のザールランドでの行動を許可します。その代わり……とりあえず、私の『出禁』を解いてもらいましょうか……」


 エルナが言ったのは、俺の『部屋』に対する『出禁』設定の事だ。


「分かった」


 俺は指を鳴らして、エルナの出禁を解いた。これで、使徒『聖エルナ』は、俺の『部屋』に自由に出入りできる。


「……まずは、すべき事をなさい。後で貴方の『部屋』で会いましょう……」


「分かった。『使徒』暗夜は約束を受け入れる」


 これでチャラだ。エルフを診に行って、ザールランドとはおさらばする。聖エルナには関わりたくない。


 その後は淡々と食事を摂った。喜んでいたのはエミーリアだけだ。俺とエルナは、お互いに無言だった。


◇◇


「今の貴方は、ルシールには強すぎる。こちらで何か考えておきます」


 それだけ言い残して、エルナは去った。

 俺は首を傾げた。


「……ルシールって誰だ……?」


「知らないよ。でも、貴方に縁のある人だろうね」


 聖エルナの言葉からは厄介事の匂いしかしない。それが、俺の作った縁だったとしても、あまりザールランドには長居したくないというのが本音だ。とりあえず……


「少々遊びが過ぎた。急ぎ、マリエールの元に向かおう。特別な病だ。俺でなくては……」


「……」


 エミーリアは、にこにこ笑って俺を『観察』している。


「何がおかしい。聖エミーリア」


「うふふ、別に? ただ、貴方を見ていて退屈しないだけだよ」


 俺は鼻を鳴らした。

 観察対象として、エミーリアの興味を満たしてやるつもりはない。


 アクアディの街を歩き、石畳の道を行く。下界は千年振りだというエミーリアは、まるで『おのぼりさん』で、珍しそうにあちこち視線をさ迷わせている。暫く歩き……


「暗夜、ここ、さっき通った所だよ?」


「うん? そうか? では、次は別の道を曲がってみよう」


 更に俺はアクアディの街を歩き……暫くして、エミーリアの冷たい視線を浴びる羽目になった。


「……ひょっとしなくても、迷ってるよね……」


「う……いや、そんな事は……すぐそこなんだ。迷う筈が……」


 ない。と言いたかったが、俺は迷っていた。行けども行けども、行き止まり。まるでこの街は迷路だ。ダンジョンだ……!

 そこで、俺は立ち止まった。


「……ダンジョン? はて……」


「ちょっとちょっと、早くしないと陽が暮れちゃうよ?」


「うん、そうだな……」


 俺は……『ダンジョン』に、何か大切なものを忘れて来たような気がする。

 いずれ、それを取りに戻る日もあるだろう。

 今は、まだその時ではない。


「……」


 何も考えず進んだのが功を奏したのか、再び視線を上げたその時、俺は目的地に到着していた。


「ここだな、間違いない」


 エミーリアは、珍しくもなさそうに言った。


「ふぅん……冒険者の寄り合い家だね。こういうのは、今も昔も変わらないんだ……」


「今は『クランハウス』だ。『寄り合い家』はよせ。実際の年齢が知れるぞ」


 『実際の年齢』と言われ、エミーリアは傷付いたように目尻を下げた。


 そして、俺は失われた記憶の扉を叩く。


 空には世界の半分を支配する太陽がギラギラと輝いていた。


 クランハウス『オリュンポス』の扉が開かれる。


「う……!」


 その瞬間、鼻に衝いたのは強いアルコールの匂いだ。僅かな死臭に混ざり、酒のムカつく匂い。俺の中の『蛇』がざわめく。


 中から顔を出したのは小人ハーフリングの使用人だ。明るく人懐こいこの種族は、愛嬌がある。少年のようにも見えるが、小人ハーフリングの年齢は判りづらい。実際はいい歳の男であったとしてもおかしくない。


 だが、人懐こく明るい筈の小人の使用人は怯えていた。俺にではない。すぐ分かった。このクランハウスの主に強く怯えている。


「すまない。俺は暗夜ヨル。神官だ。このクランハウスの主に会いたい。呼び出してくれないか?」


 小人ハーフリングの使用人は、たちまち視線を泳がせて額に汗を浮かべた。


「あ、アレックスさまをですか? 今はお止めになられた方がよろしい。アレックスさまは、強かに酔っ払っておいでになられまする」


 何処となく言葉遣いがおかしいが、これも小人ハーフリングの特徴だ。愛嬌があり、人を落ち着かせる。


 俺は地面に膝を着き、目の前の小人ハーフリングと視線を合わせて告げた。


「大丈夫、何も心配はいらない。全ていいようになる。主を呼んでほしい」


「まあ……!」


 エミーリアは、にこにこ笑って俺を観察している。

 体格に恵まれない小人ハーフリングは、子供と似たような背格好をしておりナメられやすい。その小人ハーフリング相手に膝を着き、視線を合わせて話す俺を珍しそうに見ている。


「あいや、神官どの。お止め下さい! 神官服リアサが汚れてしまいまする!」


 そこで暫く、言い合いとは呼べない、お互いを思いやった不毛な押し問答が続いた。


 小人ハーフリングの使用人の話では、鬼人オーガの主は数年前から酒浸りで、来訪客に対してもしばしば狼藉を働くのだという。今は仲間が危篤状態にあり、平時よりかなり荒れているとも。


「……鬼人オーガか……!」


「そういう事です。神官どの。やんごとなきお方。今の主には会わぬ方がよろしい」


 だがそこで、鼻を衝くアルコールの臭気が強くなる。俺の記憶の奥深くを刺激する『嫌な匂い』。


「……あぁ、っせえな……あんだぁ? 誰が来ても追っ払えって言ってあっただろうがよぉ……!」


 低い女の声がして、ひょいと顔を上げると、小人ハーフリングの使用人越しに、酩酊して足元の覚束ない鬼人オーガの女の姿が見えた。


「…………」


 俺は眉間に皺を寄せ、厳しい表情で立ち上がる。

 なんという体たらく。酒に溺れてだらしない。これが、この姿が、俺の認めたあの……


 なんだ? よく分からない。


 ふらふらとやって来たのは、ゴツい体つきの鬼人オーガの女だ。豪奢な赤い外套マントを羽織っており、強かに酔っ払っている。


 俺は、この鬼人オーガの女のだらしなさに怒りを覚えた。


「おい、筋肉ダルマ。酒臭いぞ。俺の親父は飲んだくれでな……俺は酒と呑兵衛のんべが死ぬほど嫌いなんだ……!」


 こうして、俺はアレクサンドラ・ギルブレスとの再会を果たした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほんまおもろい
[一言] もう全部だいすき
[一言] 嫌いなやつとダブったのと認めたはずのやつが落ちぶれた姿を見た相乗効果なのか…
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