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女王蜂10

 厄介事ってもんは、次から次に湧いて出て来る。そんな風に出来てるもんだ。


「……人工勇者か。どうなるんだい……? 聖女もあと二人居るんだろう?」


 今、この世界の何処かに『勇者』がいる。

 ――勇者。

 スラム育ちのあたしらでも知ってる『伝説』上の存在だ。

 『聖剣』を持ち、あらゆるスキル、武技スキルを使う。『対魔王』用の人間兵器。『世界』の危機に現れる。


 あたしはいつだって忙しい。でも、時間が取れた時は、目一杯ディと話し込む。

 時刻は夜更け。ディは裾の長い夜着ナイトローブを着ていて、両手で持った伽羅水入りのグラスの中を覗き込んでいる。


「……どうにもならんな。一対一を三度なら、或いは……いや、不可能だな。俺は殺される」


「……」


 あたしのディは強い。寺院をぶっ潰したディは、このパルマを切り取った頭脳もそうだけど、『戦力』の一つとしても帝国に強く警戒されている。


「……神さん(アスクラピア)は、何も言って来ないのかい……?」


「今はまだ、な。あれの考える事は分からん。時が満ちれば、何か言って来るだろう」


「あんたの考えは?」


「…………」


 そこでディは伽羅水を一口飲み、小さい溜め息を吐いて深く考える。

 長い沈黙の後、ディは言った。


「……よく分からないんだ。勇者が善なる者なのか、はたまた悪に属する者なのか。男か女か。今、何処に居て何をしているのか、俺には何も分からない。だが……」


 天窓から射し込む冷たい月明かりが、ディの物憂い表情を照らしている。


「俺は狙われている。勇者は必ずこの地に現れる」


「あんたは聖女エリシャを殺ったからね……」


 聖女エリシャの死は、ディが手を下した訳じゃない。でも、そんな言い訳は通用しない。ディと戦って、エリシャはくたばった。それが全てだ。


「ああ、勇者にとっては仲間だろう。今、勇者が何処に居て何をしているのかは知らん。だが、いずれ現れて俺を殺しに来る」


 神官の予想は、良くないものほどよく当たる。だとすれば、勇者はこのパルマにも現れる可能性がある。

 ディは言った。


「俺たちは、備えなければならない。邪悪な母(アスクラピア)も、きっと備えているだろう」


 そうだ。ディはアスクラピアの導きで聖女エリシャと戦った。しみったれた女神さまは、筋を通さない外道じゃない。


「次は、神さん(アスクラピア)の後ろ盾付きかい。そいつは豪儀だ」


「……」


 そこでまたディは沈黙を選ぶ。

 神の描いた深慮遠謀。そんなものが人間に分かる筈がない。


 やけに月明かりが眩しい夜だった。


 ディは全てを話し出す。


「……アビー。お前に言わなければならない事が山ほどある。聞いてくれるか……?」


「ああ、あんたの言うことなら、何だって……」


 そこで全ては語られる。全ての秘密が明らかになる。

 とても長い夜だった。


「……暗夜ヨル……?」


「うん……俺の名だ。アスクラピアがそう名付けた。本当の名は……もう思い出せない……蛇に喰われた……」


 あたしのディの正体は『暗夜』。稀人の男。しみったれた女神に導かれてやって来た。


 信じられない。でも、心の何処かで納得しているあたしもいる。


「……ルシールは、もう知っている事だ。普通のガキというには、俺は少々異常だからな……」


「……っ!」


 あたしの頭の中はグシャグシャで……でも、あたしが『一番』最初じゃないって事が腹立たしい。


「ディ……あんたは……!」


 あたしが髪を掻き回してムカついて居ると、ディは悲しそうに笑って立ち上がった。


「……そうだな。信じられないよな。忘れてくれ……」


「違う、待ちな! そうじゃない!!」


 この時は、まだちゃんと働いてたあたしの『直感』が、ディの言った事が本当だって教えてくれた。


 でも……暗夜ヨル。あんたは、一番、大事な事を言わなかったね。そうする事であたしを守ろうとしたね。本当にムカつく男さ。最高に愛しい男だ。


 あんたが死ぬって分かってれば、あたしは何だってしただろうに。たとえどぶを啜ったって、あんたを死なせる事はしなかっただろうに。


 全部、嘘なら良かったのに。


 暗夜ヨル

 あんたは、あたしに大事な事を言わなかった。


◇◇


「スイ! スイ!!」


 そして運命の日がやって来る。

 知らせを受けたあたしが、すっ飛んでやしきに帰った時、ディは、もうあの教会騎士に連れ去られた後だった。


 やしきにはもう誰も居ない。ルシール姐さんも、ゾイもアシタも出てった後だった。


 このあたしが、一番のスカタンを引かされたんだ。でも、一番ムカつくのはあたし自身だ。自慢の『直感』が働かなかった。


「スイ! 出て来な!!」


 やしきに残っていたのは、全員、あたしの手のヤツらだ。ディの徒党は、ルシール姐さんを筆頭に全員が教会騎士を追って死の砂漠に入った。


 一部始終を報告したスイは泣きじゃくり、あたしの剣幕を怖がって土下座するみたいに床に這いつくばっている。


「馬を持って来な! あたしも死の砂漠に入る!!」


 それだけは止めて下さいって、手下共が言うけど、こればっかりはそうも行かない。

 ディが刺された。

 やったのは教会騎士の残党。


 教会騎士……! アスクラピアの神官大好きな究極のイカれポンチ共! 思い余ってディを刺しやがった!


 やしきの前は血の海だった。そこかしこに教会騎士の死体が転がっている。全員、八つ裂きにされている。やったのは、同じ教会騎士のシュナイダーだ。腑抜けていて、何の役にも立ちそうもないあの女がやった。


 ムカつく……! あたしは、肝心な時にディの側に居なかった。


 スイに命じて準備させていると、そこに泡食ったエヴァが仲間を引き連れてやって来た。


「ビー!」


「あぁ、エヴァ。あたしも砂漠に行くよ。留守はあんたに任せるけど、いいね……」


「駄目だ、ビー! ディだって言ってただろう! あんたはパルマから出ちゃいけない!!」


「やかましい!!」


 あたしは叫んだ。


「ディは家族ファミリーだ。あんたもそう言ってただろう! あたしが! 親分やってるあたしが家族ファミリーの危機に駆け付けないでどうすんだ! ええ!?」


「……っ!」


 あたしの言葉に、エヴァは険しい表情で黙り込む。

 でも、躊躇いは一瞬。

 エヴァは、あたしの目を睨み付けて言った。


「……分かった。でも、あたしも行くよ。あいつには、色々と貸してんだ。それを取り立てるまでは、逃がす訳には行かない……!」


 あたしは鼻を鳴らした。


「……いい根性だ。来な……!」


 何もかも知った事か。

 あたしとエヴァは馬を並べてパルマの街をアクアディ目掛けて走った。


 そして、溜め息橋を渡り切ったそのとき――


 八方から、矢が雨あられになってあたしとエヴァに降り注いだ。



『アビー。俺が帝国の連中なら、パルマから出た瞬間、どんな手を使ってでもお前を殺す。お前の力が及ぶのは、パルマの中だけだ』



 分かっていたんだ。

 こうなる事は分かっていて、ディは警告していた。


 全身に矢が突き立ったエヴァは、針鼠みたいになって落馬して転がった。


 あたしも似たようなもんだ。全身に矢を受けて、やっぱり針鼠みたいになって落馬した。


 視界がやけに暗くなった。右目に矢が突き立ってる。地面を這いながら残った左目で辺りを見回すと、ぴくりともしないエヴァの姿が見えた。


「……」


 口の中から、ごぼごぼと血が溢れて砂の地面を濡らす。文句なしの致命傷だった。


 ――あたしは死ぬ。助からない。


「…………」


 見上げると、煉瓦造りの建物のそこかしこから、あたしを狙う帝国の射手が見えた。


 『契約』の力が及ぶのはパルマの中だけだ。


 女王蜂クイーン・ビーは、パルマの中から、動けない。

 万事休す、だ。

 あたしとエヴァが死んで、パルマの全ては瓦解する。あたしが築いた全てが滅ぶ。


「エヴァ……ごめんよ……」


 この性悪猫。最期は腹を括ったねえ……


「ディ……」


 ――暗夜。


 一目でいい。最期に、あんたに会いたかったよ……


 だって、間抜けじゃないか。


 好きな男の顔も知らずにくたばるなんて、とんだ間抜けじゃないか。


 倒れ伏すあたしとエヴァに、銀の甲冑を纏う帝国の騎士が抜剣してじりじりと近付いて来て――


「ふッ――ふッ――!」


 あたしは死力を尽くして立ち上がる。


 覚悟を決めな、女王蜂クイーン・ビー


 誰もあたしを無視できない。死んだってナメられる訳には行かない。全員、道連れだ!


「来な! このクソ共!!」


 そう叫んだ刹那。


 世界が足元から崩れ去る。


 あたしとエヴァは、迫り来る帝国の騎士もろとも優しい暗闇に飲み込まれ――


 『奇妙な部屋(ストレンジ・ルーム)』に入った。

次回、女王蜂編終話。

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― 新着の感想 ―
ほんと言わせてくれ。 ルシールが如何に暗夜の好みの外見と言えど…… 暗夜のパートナーはアビーだったと思うんよ私ゃ
[良い点] おおっと!? 壁の中でなく、奇妙な部屋にいる [一言] アスクラピアだけでなく、他にも神様はいて しかも人工的にも作れるという 凄く複雑な世界です。 いろんな思惑が絡み合って下界は大変そ…
[良い点] 稀人として招かれた主人公の名前が出てこないのは途中で本物のディートハルトと入れ替わるからか、と思っていたのですがまさか蛇に食われていたとは、、、 白蛇の件で伏線はあったはずなのに気づけなか…
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