女王蜂8
あたしのディが、けったくそ悪い寺院を無茶苦茶にぶっ壊した。
大司教は街角に首を晒され、胸糞聖女はドタマが吹き飛んでくたばった。
その一部始終をあたしに報告したディは、自らの所感も含め、全てを説明してくれた。
まず、聖女エリシャ・カルバートは天然痘の感染爆発を知りながら、その状況を放置していた事。
「知らんのも悪いが、知っていて知らん顔をするのは尚悪い。あれには何の罪悪感もないように見えた」
いくら、聖女がガキでも許されない。ディは口に出す事こそなかったけど、気分が悪そうだった。
続いて、大司教コルネリウス・ジャッジが『焼き付け』の邪法を使い、人工的に聖女を作り出した事。
「『焼き付け』? なんだい、それ……」
ディは終始難しい表情だった。
「……薬物によって強制的に『刷り込み』を長引かせるそうだが、詳しい事は分からん。帝国に探らせているが……」
現在、崩壊した寺院は帝国が厳重に管理しているけど、それはディの本意じゃないみたいだ。
「……もっと派手に暴れて、全て吹き飛ばしてしまうんだったな……」
もし聖女を作成可能な邪法が発見されれば、帝国がその邪法を悪用する可能性はゼロじゃない。ディの懸念はそこにある。
「大丈夫だろう? そんな特大の秘密を形にして残しておく程の馬鹿じゃないさ」
「だといいがな……」
ディは強力な神官だけど、一人しか居ない。寺院の捜索は帝国に任せるしかなかったというのが実状だ。
ディは全部を話してくれた。あたしが知っても仕方ない事まで全部。
秘密を持たない。
お互いの信頼を守る上では必要な事だ。でも、実際にそうされるとあたしは少し怖くなる。
ヤクザなんてやってるあたしに、そんな価値があるんだろうか……?
ディは疲れたように溜め息を吐き、あたしの肩に頭を凭れ掛けた。
「……アビー……俺は疲れた。疲れたよ……少し殺し過ぎた……」
「うん……」
あたしは……ディと二人きりの時間が嫌いじゃない。
本当のディは強くない。無関心に人を殺せる程、強くない。あたしもだ。アダ婆を殺した時の感覚が、今もこの手に残ってる。『殺し』には強い忌避感と不快感がある。あたしとディの気持ちは、その辺が一致してる。
「……命っつうのは、割と重いもんだね……」
「そうだな……」
誰も、弱いディを知らない。あたしだけだ。ディは、あたしだけに弱い素顔を見せる。
「……アビー……本当は……お前がアダ婆を殺した時、いつか逃げてやるって、そう思ってたんだ……」
「……」
でも、今は違う。ディはあたし以上に血に汚れた。それがディの考え方を変えた。
「疲れたよ……本当に疲れた……」
それきり、ディは眠ってしまった。
あたしとディは同じだ。必死で突っ張って生きている。そう思うと、胸が締め付けられる思いだった。
◇◇
青ざめた顔で眠るディを抱いて、そっとベッドに寝かせる。
ディは軽かった。
それがあたしを困惑させる。頼り甲斐があって、頼りない。そんな気持ちは初めてだった。
認める。
あたしは骨抜きだ。ディに参ってる。ガキの癖に大人の雰囲気がある。その癖、あたしにだけ弱い顔を見せるディに参ってる。
あぁ……畜生……仕事が残ってる。
本当は、ディと一緒に寝ちまいたいけど、あたしにはパルマでやらなきゃいけない事がごまんとある。
ディがやったんだ。あたしもやらなきゃいけない。
あたしはスイを呼びつけた。
「スイ。あたしは仕事がある。ディと一緒に寝てやりな」
「は、はい……」
「赤石を幾ら使ってもいい。部屋の温度管理は、しっかりするんだよ」
スイは、あのドワーフのチビみたいに余計な事はしない。頭はあんまり良くないけど、それだけにあたしに従順だ。
それで……ディは、スイに弱い。
スイが八歳のガキだからってのもあるけど、従順である事以外に取り柄がないスイに、ディは苦手意識がある。
これは『勘』だけど、ディは、明らかに自分より弱い存在には強く出られない。
「いいかい。全部、あたしに報告するんだ。ディが何を言ったか、何を食ったか、何をやったか、全部だ……!」
ディの事は、何でも知っていたい。あたしのお宝。日に日に重要性が増している。
「ディの事……嫌いかい?」
「そんなこと……ない、です……」
まだ貧乏長屋に居た頃、臥せっていたディの面倒を一手に引き受けていたのはスイだ。文句も言わず、本当によくやった。
「また任せるよ、いいかい?」
「はい……!」
強く頷いたスイを見て、あたしも頷いた。
スイも……本当はディが強くない事を知ってる。今は幼くて弱いスイだけど、『リザードマン』には優秀な戦士の資質がある。スイには未知の伸び代がある。
「あんたにゃ期待してるんだ。しっかりやりな」
「は、はい……!」
あたしはクソみたいに忙しい。でも自分で選んだ道だ。ディは、やるべき事をした。あたしもやらなきゃいけない。
あたしは女王蜂。
働き蜂のガキ共を従えて、このパルマに君臨するんだ。
ディは言った。
今は使えないガキ共だけど、あと数年もすれば使い物になる。いずれ恐ろしい事になる。『人』を押さえれば、金は自然と集まるように出来てる。あたしは、このパルマの絶対的支配者になる。
でも、あたしには弱点がある。
「アビー。俺が帝国の連中なら、パルマから出た瞬間、どんな手を使ってでもお前を殺す。お前の力が及ぶのは、巣の中だけだ」
あたしは女王蜂。この巣の外には出られない。
◇◇
『ヤクザ』って一言で言っても色々ある。
あたしは『博徒』。主なシノギは賭博に用心棒。喧嘩が強い事が最低条件。金貸しもやる。
ディは言った。
「金貸しか……やるのはいいが、担保を取るんだな。だが、やり過ぎるな。必要のない恨みは買うな。返せそうにないヤツには仕事を回してやれ。上手く使うんだ」
あたしの巣は、今、爆発的に人口が増えている。まだ増える。仕事はクソほどある。金貸しは悪くないシノギだった。
「金貸しの理想は相手を潰す事じゃない。その辺は弁えろ。だが……ナメてるヤツは、きっちり潰せ」
殺しも脅しもやらない。でも、時にヤクザはヤクザらしく、だ。ナメられなきゃ、金は楽に回収できる。
あたしの右腕は頭がいい。ディは幾つもの提案をして、あたしはそれを吟味して採用する。
エヴァは『的屋』。
「あいつは真面目だからな。博打打ちより商売人に向いてる」
何の為に『縄張り』を広げた? この為だ。手始めに、貧乏通りでエヴァに幾つかの露店を出させて経営させる。そこでの儲けは全部エヴァにくれてやる。
でも『場所代』は払わせる。
ケツモチはあたしだ。エヴァの手に負えない事は、あたしがケリを着ける。勿論、タダじゃない。全て問題ない。ガキ共が立派な働き蜂に成長した時、パルマの全ては自然な形であたしのものになるだろう。
あたしの巣に、金と人が唸る。エヴァは喧嘩もするけど、あたしと違って、殆ど堅気の連中と変わりない。本人も納得している。
そんでもって、エヴァのヤツは、あたしに隠れて、こそこそディに相談してる。
金回りが良くなって、エヴァにも取り巻きができた。人を使う事に慣れてないエヴァは悩みも増えたようで、ディに会う度に質問責めにしてるみたいだ。
まぁ……全部スイから聞いてる。
普通に話す分には問題ない。でもエヴァは、ちょこちょこディに差し入れして機嫌を取るようになった。
ディは笑っていた。
「アビー、聞け。エヴァが一つ店を潰しそうだ」
「……って、あんた、そりゃ笑い事じゃないだろう……」
「ははは、初めから何でも上手く行くか。それも経験だ。指でも詰めさせるか」
ディの冗談は笑えない。ご機嫌伺いをするエヴァが気の毒だった。
聖女と大司教がくたばって、教会は次々と帝国に帰順して行く。以前とは体制が変わる。寺院が完全に潰れるのは時間の問題でしかない。
あたしのディがやったんだ。
『アスクラピアの子』が付いてる限り、あたしは何処までもデカくなる。でも、しみったれた女神はその代償としてあたしを巣に縛り付けた。
女王蜂。
それが、あたしの運命だ。
さて、女王蜂に縛りが入りました。
明日は休みます。