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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第一部 少年期スラム編
19/309

18 リアサ

 俺が正体不明でいた時間は短い。時間にすれば三十分ぐらいの事だと思う。


 神力の事に関してだけ言えば、今の俺は、バテやすいが回復も早い。この辺りの矛盾が『俺』と『ディートハルト・ベッカー』との大きな違いだ。俺たちの完全な一致には、まだ時間が必要だ。


 鬼娘のアシタに背負われた俺は、今度こそパルマの貧乏長屋を後にした。


◇◇


 薄暗い路地を行く。

 どの道を見回しても薄汚れた浮浪者が路傍に座り込んでいて、恨めしそうに俺たちを見上げるが、それも一瞬だけの事だ。

 俺とゾイは冴えないチビで、その俺を背負うアシタの服はゲロで汚れている。何をどう考えたって、進んで関わり合いになりたいと思うような手合じゃない。


 神力の回復を図る為、俺は静かに瞑想する。


 祝詞を捧げ、皮肉の利いたアスクラピアの冗談を笑う。


 アスクラピアの二本の手。


 一つは癒し、一つは奪う。


 そうだ。アスクラピアの手は二本ある。『神官』の力は癒しだけに限られない。この力には先がある。上がある。未だちっぽけな俺だが、大いに成長の余地があるという事だ。


 幾つもの貧乏長屋が建ち並ぶ路地を行く。その街並みは迷路のように入り組んでいて複雑だ。方向音痴の俺一人じゃ、アビーの居る長屋には帰れそうにない。


 やがて長屋の並ぶ街並みを抜け、今度は石畳の道へ出た所で、俺は大変な事に気付いた。


「アシタ、ゾイ。どっちでもいい。金はあるか?」


 すると、二人はお互いを見合せ、小さく頷いた。


「後で必ず返す。貸してくれ」


「ああ、いいよ」


 気分良く答えてくれたのはアシタだ。

 アシタは、一旦、俺を下ろし、襟首にある隠しポケットから銀貨二枚を取り出した。


「……!」


 それを見て、一瞬目を見開いたゾイは身体のあちこちをまさぐり、悔しそうに銅貨を二枚差し出した。


「すまんな、二人共。後で必ず返すから、とりあえず、この金で服を買いに行くぞ」


「……服?」


 アシタとゾイは揃って首を傾げたが、これは当然の事だ。

 俺は溜め息混じりに首を振った。


「あのな、お前たち。俺は仕事に行くんだ。分かるか? 俺に付いてるお前たちもそうだ。アレックス……筋肉ダルマのクランハウスに行くんだぞ? 本当に分かってるのか?」


 今の俺たちは、そこらの浮浪者に混じって路傍に座り込んでいたって違和感のないような薄汚れたガキだ。アシタに至っては俺のゲロを被っていて、最早見るに堪えない格好をしている。衣服を新調するのは当然の事だ。


「……で、アシタ。お前は何処まで俺に付いてくるつもりだ?」


 俺としては当然の問いだったが、それを聞いたアシタは露骨に険しい表情になった。


「あたいはあんたの護衛なんだ。アビーがそう言って、あんたも頷いたろう。何処までだって付いて行くさ」


「俺が頷いただと?」


 焦ってゾイを見ると、ゾイは苦笑しながら頷いた。


 悪いのは全部マジックドランカーだ。だが……ここまでの道のりを鑑みるに、俺とゾイの二人組では危ない。腐るほどいる浮浪者たちが牙を向けてきたらと思うとゾッとする。


 ちなみに、鬼人オーガの血を引くアシタはデカい。まだガキだが、身長で言えば既に170㎝は超えていて、細身だが筋肉質な身体をしている。額の角のお陰で鬼人オーガである事は一目瞭然だし、そこらの浮浪者程度なら、視線一つで追っ払うぐらいの迫力はある。アビーが俺にアシタを付けたのは当然の判断だ。


「む、う……そうだな。頼む」


「ああ、分かりゃいいよ……」


 そう、ぶっきらぼうに返すアシタに連れられて向かったのは、少し離れた路地裏に入ってすぐの場所にある古着屋だった。


 ……まあ、何事にも順序というものがある。新しい服と言いたいが手持ちが寂しいし、浮浪者に毛の生えたような存在の俺たちが衣服を求める場所としては妥当だ。

 その場所で衣服を新調する。

 アシタとゾイは傷みの少ない服を選んだ。デザイン的には今着ているものと大した違いはないが、幾分清潔感が出て、少しは見れるものになった。

 問題になったのは俺が選んだ服だ。

 立て襟の服で裾が足元まであり、ボタンが十二個もある。おまけに革製のベルトが付いていて格好いい。縫製もしっかりしているし、値段も手頃だ。

 アシタが険しい表情で俺を睨んだ。


「……それ、『リアサ』だよな? わざとか?」


「リアサ? なんだ、それは?」


「……」


 何故か、ゾイも頭が痛そうにこめかみの辺りを揉んでいる。

 アシタは厳しい表情で言った。


「それは、アスクラピアの神官が着る服だ」


「そうか。駄目なのか?」


 凄く気に入ったんだが……

 俺が顔に出して渋ると、アシタは目尻を下げて困った表情になった。


「あ、あたいは駄目とは言わないよ。でも、そんな服を着て伽羅きゃらの匂いをぷんぷんさせてたら……」


 この『リアサ』を着て、伽羅の匂いをぷんぷんさせてたら、なんなのだろう。

 アシタは思い直したように首を振った。


「大体、あんたは伽羅臭いんだよ! それだけでも相当危ない。その上、リアサを着たなんてビーが知ったら大事になっちまう!」


「アビーが? 何故?」


 質問を重ねる俺に、アシタは益々困ったように目尻を下げたかと思うと、チラチラ周囲を見回し、聞き取れない程の小声で呟いた。


「……教会騎士の目に付いちまう……」


「うん? すまん、もうちょっとデカい声で言ってくれ」


「……」


 アシタは首を振った。もう一度答えるつもりはなさそうだ。


 誰かに聞かれたら凄く不味い事を言ったというのだけは分かる。それだけに残念だ。


「……駄目か。そうか……駄目なのか……」


 よくよく見れば、夢の中で見たディートハルト・ベッカーが着ていた服にそっくりだ。

 あの服、格好良かったよな……


「……」


 これしかない、と思って選んだ服なだけに残念でならない。落ち込んでいると、慌てたようにアシタが言った。


「言っとくけど、あたいは駄目だなんて言ってないからな! ただ、それを着て外を歩くのは反対なだけで……!」


 それはつまり、妥協の余地があるという事だろうか。


「……仕事中にしか着ない。それで、どうだろう。駄目か?」


 そこで、何故かアシタは泣きそうな顔で首を振った。


「だから! あたいは駄目なんて言ってない!! そんな目であたいを見るな!」


「……」


 今の俺は、そんなに哀れを誘う顔をしているのだろうか。


 ゾイを見ると、こちらは酷く申し訳なさそうに視線を逸らしている。


「…………」


 しかし名残惜しい。この『リアサ』は古着故に少し色が煤けてしまっているのが難点だが、それ以外は満点をやってもいい。ビッとしていて見ているだけで気合いが入る。仕事着にもぴったりだと思ったのだが……

 残念でならない。

 尚も名残惜しんでいると、アシタが頭を掻き毟って吠えた。


「分かった! 分かったよ!! でも本当に仕事中だけだ! それと、あんたの口からビーに説明しろ!!」


「本当か!?」


 やったぜ! 俺は内心でガッツポーズを決めた。


 斯くして俺は『リアサ』を手に入れた。


 素晴らしい。これ以上、俺に合うユニフォームはないと断言出来る。早く袖を通してみたい。身体中から神力が沸き立つような感じすらする。


 そして、アレックス……筋肉ダルマのクランハウスが見えて来た。

 俺は待ちきれずに言った。


「そこの物陰で着るが、いいか?」


 アシタは心底呆れたように首を振った。


「……好きにしなよ。ビーには、なるべくあんたの意思を優先させるように言われてるんだ……」


「そうか! なら問題ないな!!」


「……問題しかないよ……」


 そう言って、アシタはニヒルな笑みを浮かべた。

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― 新着の感想 ―
この話を見て、混ざっているということの本当の意味がわかった こいつ、大人としての面もあれば子供としての面もあるんだよな……
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