悪魔祓いの少女1
邸の周囲が、完全武装の教会騎士の一団に包囲された。
日々、悪魔祓いを目指して修練に励むゾイは知っている。
教会騎士は強い。彼らの歴史は長く、その戦術には『対神官』のものもある。先の寺院での決戦に於いて、教会騎士がディに後れを取ったのは、あくまでも先制攻撃によるアドバンテージが大きい。
高位神官とはいえ、十歳の子供から襲撃を受ける等と、誰が予想出来る。教会騎士はその衝撃と信仰故にディに敗れた。
だが、こうして先手を取る以上、ディに勝目はないというのがルシールの判断だ。その判断にはゾイも同意見だった。
◇◇
寺院との決戦前、ディは言った。
『愛する者の欠点を美徳と思えない程の者は、その者を愛しているとは言えない』
分かっている。
寺院との決戦には、ゾイも決死の覚悟があった。その覚悟はドワーフであるゾイの長所でもあるが、同時に頑固さにも繋がる短所でもある。ディはそれを愛すればこそ、ゾイを伴わなかった。
(先生は連れて行った癖に……!)
その嫉妬が、ここ暫くのゾイを素直じゃない少女にしている。
ルシール・フェアバンクスは、日々、若返っている。恋に夢中なのだ。時を追って、ディに釣り合う年齢まで若返るだろう。
ルシールは尊敬できる修道女だが、ゾイの心境は複雑だった。
(本当、最低……!)
わざとではない。だが、ディートハルト・ベッカーがやったのだ。ルシール・フェアバンクスという妖精族の女を恋に落とした。
恋には駆引きが必要だ。特に負けられない恋には……
ここ暫くディとは話してないが、ゾイがディを嫌悪した事は一度もない。
◇◇
愛が楔の役目を果たさなかったなら、それは全て破滅の道へと繋がる。
《アスクラピア》の言葉より。
◇◇
愛あればこそ、裏切りを以て守った。理知的なゾイをして、『愛』は複雑怪奇な感情だ。
逆の立場なら、ゾイも同じ事をした。だから、本当は怒ってない。寧ろ、そのディの心根を愛おしく思う。
だからこそだ。
教会騎士の残党が、レネ・ロビン・シュナイダーの身柄を欲するというのなら、差し出してやればいい。ディは許さないだろうが、そのディを守る為だ。時間は掛かるだろうが、いずれ分かる日が来る。だから――
ゾイは、ルシールの指示に従って、ディの背中にメイスを振り落とした。
上手く行っていれば、その後の災厄からは逃れる事が出来た筈だ。だが、ハイエナ種のフランキーの手によって、それは妨害されてしまった。
「ゾ、イ……?」
なんとかそう呻いたディの顔には、驚きしかなかった。
『いつも変わらぬ事が本当の愛だ。たとえ、全てを与えられようと……たとえ、全てを拒まれようと……』
ゾイもそう思う。だからこそ、ルシールの指示に従った。一時の裏切りなど取るに足らない。思いやればこそだ。この想いとディの想いとの間に、どのような違いもない。それがゾイの気持ちだった。
手酷い裏切りを受け、ディは酷く悲しそうに言った。
「……母は、人間の人間らしい過ちを深く愛された……」
そうだ。ゾイの行動も、その過ちの一つに過ぎない。アスクラピアの言葉通りだ。
「……ロビンを差し出して、この場をやり過ごすというのが、お前たち全員の出した結論という事で間違いないのだな……」
そして……ここから全てが狂い始める。
「戦乙女、この愚か者共を拘束しろ。抵抗するなら、手足をへし折れ」
特殊召喚兵『戦乙女』。その強さは術者の神力に比例して高まる。ディの召喚した戦乙女は恐るべき剛力で、ルシールやゾイを含めた修道女たちを苦もなく拘束した。
恥じるような事はしていない。
ゾイは顔を上げ、堂々とディを見つめる。
「ディは分かってない。やって来たのは、シュナイダーの仲間だよ。シュナイダーは行かなきゃいけない」
「なんだと? あの教会騎士共が、ロビンに何をするか、分かっていてそう言っているのか?」
「シュナイダーは死ぬよ。アスクラピアに呼ばれたって事は、それだけの事をしたって意味だよ」
ディは甘過ぎる。その甘さは、いずれディを殺す。だからこそ、ゾイは一歩も下がらず睨み合う。
「ディは優しい。優し過ぎるよ。甘過ぎるんだよ。アスクラピアは間違ってない」
「……つまり、お前はロビンに死ねと言っている訳だな……?」
「そうだよ」
そう答えた瞬間、凄まじい衝撃が突き抜け、ゾイの意識は暗転した。
毒犬……殺しておくんだった。
意識を失う刹那、垣間見たディの表情は……嘲笑っていた。
(何故……どうして……)
神はディの不公平を赦し、ゾイの裏切りは赦さないのか。その問いに答える者はなく……
◇◇
「人間でない者に用はない。唯々諾々と神の言う事を聞くだけの者は、俺とは違う道を行け」
――ディートハルト・ベッカー――
◇◇
別れはあまりにも唐突で、残酷な嘲りの笑顔で訪れる。
「す、すみません、ゾイさん。奥歯が一本見当たりませんでした……」
「いいよ。ディは?」
ゾイがグレタとカレンの治癒によって再び意識を取り戻した時、既にディは、シュナイダーの手で連れ去られた後だった。
ドワーフは鋼鉄の意思を持っている。『神官殺し』で刺されたというディの経緯を聞く間、ゾイは動揺する事なく、眉間に深い皺を寄せていた。
「……刺された? 誰に? マクシミリアン・ファーガソン? 知らない名前だね……」
腹が立つのは、それを聞いても愉快になれない事だ。
ゾイとルシールは正しく、ディは過ちを犯した。分かっていた結果だった。
「それで、シュナイダーとディは?」
「し、死の砂漠です。先生の話では、シュナイダー卿は白蛇の下へ向かったそうです……」
「白蛇……ああ、夜の傭兵団の……でも、なんで……」
首を傾げ、考え込むゾイの目の前では、ルシールが声を枯らして修道女に指示を飛ばしている。
「早く準備なさい! 私たちも死の砂漠に入ります!!」
「……そうだね。それしかないね……」
ドワーフは鋼鉄の意思を持っている。ゾイは何の根拠もなく、頑なにディの生存を疑わなかった。
狂ったレネ・ロビン・シュナイダーを見るまでは……
◇◇
過酷な死の砂漠に入り、三日に渡る死の行軍の先で合流した夜の傭兵団で待っていたのは、ゾイに負けないぐらい小柄な女だった。
「やあ、ボクはアキラ。アキラ・キサラギだ」
身体付きこそ小さいが、年の頃は二四~五という所か。かなり『混ざっている』。少なくとも三種類以上の種族の血が混ざっている。
(こいつ……モザイクだ……)
誰が始めにそう呼んだかは分からないが、節操なく三種類以上の種族の血を引く人種の蔑称だ。『モザイク体』とも呼ばれる。
アキラ・キサラギは笑顔で言った。
「レオが寝てる間は静かにしろ。レオの天幕に入ったら殺す。周りで騒いでも殺す。弟くんなら好きにしろ。ボクからは以上だ」
血が重なれば重なるほど個としての力は強まるが、種族としての繁殖力は弱まる。『人』の枠組みを超えてしまう為だ。
見た目は少女のそれだが、キサラギの身体能力は人を超えている。
焦り、柳眉を逆立てるルシールだったが、目の前のモザイクに強い警戒心を持ったのだろう。ぐっと息を飲むようにして、言葉を堪えた。
キサラギは笑顔のまま言った。
「へぇ……キミらは賢いな。まぁ……夜まで待ちなよ。彼が起きたら呼んだげる」
キサラギは不親切な女だ。『弟くん』というのも分からないが、ディの元へは案内してくれなかった。
鉄の辛抱、石の忍耐。ドワーフにはそういう格言がある。
そして夜になり、ゾイは白蛇に会う事になる。白髪痩身の優男。『人間』。今はもう珍しい純血の人間だ。
白蛇は右手で聖印を切った。
「……弟の為に来てくれたのか。ありがとう……」
ゾイはギクリとした。
今、白蛇は右手で聖印を切った。帯剣しており、見た目は騎士か剣士のそれだが、聖印を切ったのが利き手なら、それは『神官』だという事になるからだ。白蛇は腰の左に剣を差している。つまり右利きの可能性が極めて高い。
そして、白蛇には面影があった。目を隠す包帯のせいで分かりづらいが、ディートハルト・ベッカーの面影がある。それがゾイを動揺させた。
「俺は……レオンハルト・ベッカーだ。一応、ディ……あいつの兄貴って事になる。妖精族の女、奇妙な部屋で会って以来だな……」
ゾイには分からない内容の話だが、ルシールには白蛇と面識があるようだ。
ルシールが泣きそうな声で言った。
「ディート! ディートは何処ですか!? 貴方なら……!」
白蛇に詰め寄るルシールの前に、ふらりとキサラギが進み出て、ゾイは慌ててルシールを引き留めた。
(こいつ……!)
アシタは気付いてないようだが、戦士としての資質に恵まれたゾイは理解した。
キサラギは、ルシールを殺すつもりだった。あと一歩でも前に出ていればそうなっただろう。
ゾイの額に冷たい汗が浮かぶ。
『レオンハルト・ベッカー』と『アキラ・キサラギ』。ゾイの目には、二人共、とんでもない怪物のように見えた。




