青い狼の女2
第五、第四階梯の神官の『説教』は、ロビンには退屈でお話にならない。母の言葉をそのまま使っているだけだ。
――つまらない。
まともな話が出来るのは第三階梯の神官からだが、そこからは『高位神官』に分類される。そもそも数が少なく、会話する機会は滅多にない。機会があったとしても、執拗に問答を繰り返すロビンは煙たがられた。
一人の教会騎士としてザールランド内の教会を転々とするロビンには教会法違反を摘発する義務がある。そんな日々を送る内に、一つの偏見を得るに至る。
――修道女……癒者はゴミだ。
五戒に縛られず、隠れてやりたい事をする。荒れた生活を送る内に母に見放され、力を失ってしまう者も少なくない。神官のなり損ない。能力と信仰が釣り合わない不完全な紛い物。
その中でも、不正蓄財に張り切るルシール・フェアバンクスは最低の部類に入る。だが……
あの不出来な聖女の事を思うと、ルシールの不正を見過ごす事に罪悪感を持たないロビンがいる。
一つ所に留まらず、『本物』を探す日々が続く。気が付くと、三年の月日が経っていた。
狼人は種族の特性として執拗で執念深い。三年の遊歴という空白期間を経て尚、ロビンは本物の『アスクラピアの子』の存在が居る事を信じて疑わずに居る。
帝国内の教会を転々とする日々が続く。終わる事のない巡礼。金が無くなればダンジョンで稼いだ。
冒険者としての階級をBランクに留めたのは、帝国の干渉を避ける為だ。一応、寺院に所属するロビンが徴税される事はないが、Aランクの冒険者に昇格すると、ギルドや帝国の干渉が始まる。
教会騎士を辞めて、本格的に冒険者になる事を考えない事もなかったが、そうすると厚待遇と引き換えに徴兵される可能性がある。それは教会騎士で居ても変わらないが、どうせ同じなら、神官に近い教会騎士で居たかった。
なんの自慢にもならないが、金には不自由していない。寺院所属の教会騎士は、帝国の徴税権外だ。ダンジョンは危険だが、それに見合う報酬を得られる。そして、魔素が存在を強化する。
趣味のようなものはない。ロビンが興味を持つのは、鍛練と本物の『アスクラピアの子』の捜索だけだ。諦めずに居れば、必ず会える日が来ると信じていた。
そんなある日、ロビンは冒険者ギルドで一つの噂を耳にする。
あのA級クラン『オリュンポス』 のクランマスター『アレクサンドラ・ギルブレス』がダンジョンの深層でしくじって、両手を失ったというのがそれだったが……
アレクサンドラ・ギルブレスに関してはどうでもいい。問題は、その後の経緯だ。
命からがらダンジョンを脱出したアレクサンドラ・ギルブレスであるが、両手が腐り落ちる程の強烈な呪詛に侵されており、最早、命運尽きたと思われた所を『呪詛返し』で助けた子供……
呪詛を祓ったとすれば、その正体は『魔術師』か『神官』のどちらかだが、事が『呪詛返し』となれば、それは優秀な神官の仕事だ。最低でも第三階梯。いや、四肢が腐り落ちる程の呪詛を『返す』とすれば第二階梯以上。或いは自らの命を削ったか……
各地の教会を転々とするロビンだが、高位神官の子供の話は噂にも聞いた事がない。
(まさか……野良神官……?)
呼び方は良くないが、実際、寺院の権力や教会での義務を嫌い、野に下って活動する神官は確かに存在する。
そういった神官ほど金や場所に縛られず、各地を放浪する悪癖があり、大抵が早死にするが、ロビンたち教会騎士にとっては尊敬すべき存在だ。
そういう神官の為にこそ、『教会騎士』は存在するのだ。
高位神官。しかもまだ『子供』だとするならば、それは早急に保護する必要がある。
レネ・ロビン・シュナイダーは『超能力者』である。
ムセイオンでの訓練過程に於いて、その超能力の修得は壊滅的だったが、並外れた超感覚がある。
……スラム街。
子供とはいえ、高位神官が身を隠せる場所はそこしかない。ロビンはそう当たりを付け……
見事に狙いを釣り上げる。
初めてその子供に出会った時、ロビンはその微笑ましさに吹き出しそうになった。
酷い方向音痴で、見るからに慌てている。そして、歩けば歩く程にスラム街の奥地へと入り込んで行く。何やら毒づき、肩掛け鞄を漁って途方に暮れている。
……『人間』の『男の子』だ。
『擬態』は得意ではないが、尻尾と耳を隠す事ぐらいは出来る。完璧に修得すれば、顔形は勿論、性別すら誤魔化す事が出来るが、ロビンにはそれが精一杯だ。
よくよく見ると、色褪せた五階梯の神官服を着ている。嘆かわしい。早速連れ去って監禁……もとい、保護して然るべく待遇をせねばならない。
胸が高鳴る。冒険者の噂が本当なら、あの男の子は『本物』の可能性がある。
このレネ・ロビン・シュナイダーが一番乗りだ!
ロビンは叫び出したい気分だったが、それは尾首にも出さず、しかし軽い足取りで馬を進める。
「……」
男の子は、どこかしら目を輝かせてロビンを見つめている。純粋なスラム街の住人なら、教会騎士を見た瞬間、形振り構わず逃げ出す筈だ。つまり、教会騎士を無害と思う神官か、何も知らない世間知らずかのどちらかになる。
馬を止め、兜を取る。
「どうされました? アスクラピアの方」
こうして、レネ・ロビン・シュナイダーとディートハルト・ベッカーは運命的な出会いを果たした。
◇◇
その出会いは、ロビンにとって正に運命だった。
明るい日射しの下で見る男の子の髪は、一部が無惨に白化していた。それは、命を削って強い術を行使した証拠に他ならない。
優秀な神官ほどそうだ。自らの命を顧みず、強い術を使って他者に尽くす。自己犠牲。母が最も好む人間の資質の一つがそれだ。
年齢からして、酷く身体を痛めた筈だ。長く床に伏した筈だ。男の子は気に掛ける素振りもないのが、却って胸が痛む。
そして幼い口で一端に『戦士の死』について語る。
「……それは戦う者の話だな。『俺が居なければ駄目だ』『仲間の為に戻らなければならない』死に瀕した戦士たちは決まってそう言う。だが、そんな事はない。残された者は、それでもなんとかやって行く。滅ぶにせよ、生き延びるにせよ、生き残った者の事は生き残った者が決める事だ。それに口出しするのは侮りが過ぎる。傲りが過ぎる。残された者は言うべきなのだ。『お前はよくやった。後は任せろ』と。そうすれば、戦士は納得して去る。母の手に抱かれて去る。戦士の死と運命とは斯くも見事に調合されている…………」
生意気なクソ餓鬼だ。そうも思うが、『戦争』を知っているロビンは言葉に詰まる。
教会騎士は仲間を大切にする。
そんな仲間たちが死に瀕して何を言ったか。
……俺が居なければ……
……仲間の為に戻らなければ……
聖女の愚かな指揮の下、散って行った仲間たちは、確かにそう言った。
ロビンの腕の中で死んで行った仲間も居る。あの時、どう答えるべきだったのか。
答えがそこにあった。
その言葉で戦士の矜持は保たれる。その言葉で戦士は安心して去れる。
ロビンは、確かに『本物』を見つけ出したのだ。
そこからは驚きの連続だった。
外法を使う事すら厭わず、アレクサンドラ・ギルブレスの失われた手を繋ぎ、一心に祈りを捧げるその姿は、正しく『アスクラピアの子』の姿に他ならない。
立ち塞がる困難に立ち向かい、あらゆる暴力に逆らって自己を守り、決して屈する事なく力強く振る舞えば、アスクラピアの子は神の手を引き寄せる。
しかし……
とロビンは考える。
このように苛烈に過ぎる感性が、子供のものであっていい筈がない。聖女のように遊びで力を使うなら、命を削る事まではしない。
聖女と違いすぎる。あまりにも歪だ。
聖エルナ教会に場所を移し、ベッドで深く眠るディートは、夜が明けるほど一層深く眠り込む。今、正に『刷り込み』の最中にある。
未だ成長の途上。
母は、困難を克服した者に新しい力を与える事があるが、ロビンをして実際に目の前で見るのは初めての経験だ。
「……」
ロビンは無造作に口移しでディートの口に水を注ぎ込む。
「…………」
小さい喉が、ごくりと鳴って水を飲み込む。その行為を飽きるほど繰り返し……ロビンは思った。
この存在は、恐ろしいほどに、愛おしい。